21.連戦
いきなり仲間がやられたためか、残った二匹のワイバーンがそれぞれ甲高い声を上げながら空中を勢いよく旋回する。
あれでは攻撃を当てるのは難しそうだ。
なんて思っていたら、いきなり口を開けて炎のブレスを放ってきた。
危険とはいってもワイバーンは所詮下級のモンスターだ。今後の戦いに向けてのかませ犬でしかない、なんて余裕ぶっていた俺が間違っていた。
放たれた炎のブレスが視界いっぱいに広がる。
たとえ道が十分に広かったとしても逃げ場なんて無かっただろう。
鉄さえ溶かす業火の炎だ。反射的にそばにいたアヤメの前に立ちふさがる。
が、炎のブレスが俺たちに届くことはなかった。
直前で動きを変え、シェーラの手の中に吸い込まれていく。
「このあたしに炎で攻撃するなんて、いい度胸じゃない」
吸い取られた炎が手の中で渦を巻き、形を変えて長い槍になる。
「せっかくだけど返すわよ。貫け! 『フレアランス』!」
シェーラの放った炎の槍がワイバーンを貫く。
一声悲鳴を上げるとそのまま炎に包まれ、真っ黒な消し炭となって谷底に落ちていった。
「さすがお姉ちゃん!」
アメリアがうれしそうに声を上げる。
「別に、これくらい普通でしょ。それより──」
シェーラが空を見上げる。
残ったワイバーンが警戒するように上空を旋回し、俺たちに狙いを付けている。
やがて俺たちに向けて急降下してきた。
体長5メートルにもなる大型モンスターの突撃だ。
まともに受けられるものじゃない。
ダインですら崖を蹴って攻撃をかわす中、その場に踏みとどまったのはレインフォール隊長だった。
急降下の一撃が構えた盾を直撃する。
砲弾のような音を響かせて盾が震える。しかし、必殺の一撃は隊長の体をわずかに押しやっただけだった。
「さすがは竜の一撃。なかなかにしびれますな!」
そのまま盾を押し出すと、逆にワイバーンのほうが数メートルも吹っ飛ばされた。
なにこの人、竜を腕力だけで押し返したんですけど。
ダインですら「竜殺し」を使うんだよ? それを盾のみ? この人本当に人間なの?
俺が驚きを通り越して呆れているあいだに、ワイバーンの体が風の刃で切り裂かれ、炎の槍に貫かれて燃え尽きた。
終わってみればワイバーン3匹が瞬殺。
俺はまったく出番がなかった。
いや、いいんだけどな。それだけみんなが強いってことだし。別に戦いを楽しむとかそういうダインみたいなのもないし。
「ご無事ですかアメリア様?」
「ええ、平気です。ありがとうレインフォール。みなさんもお強いので安心でした」
「はっは。さすがはシェーラ様にダイン殿でしたな。とはいえ、やはりこの足場で戦うのは不安がありますな」
隊長の言葉にシェーラもうなずく。
「そうね。またあいつ等が来ないとも限らないし、さっさと先に行きましょ」
シェーラがそう告げる。
それには俺も賛成だな、といおうと思った次の瞬間、シェーラが地面を蹴って谷底へと飛び降りていった。
「……って、うおおおおおおおおい! なにしてんのシェーラ!?」
俺の叫びが響くあいだにもシェーラの姿は小さくなり、やがてあっという間に見えなくなった。
しかも、どうやら驚いていたのは俺だけだったらしい。
ダインやレインフォールも続いていき、アメリアまでも「それではお先に失礼します」などと礼儀正しく告げて谷底へ飛び降りていった。
ええええ……。マジで……?
残されたのは俺とアヤメだけ。
俺とアヤメは思わず顔を見合わせ、恐る恐る谷底をのぞき込んだ。
下は真っ暗でなにも見えなかった。
高さなんてわからない。たぶん100メートルとか200メートルとか、そういうレベルだろう。
いくらレビテーションの魔法があるからといっても、この高さから飛び降りるのはちょっと。
そもそもレビテーションはうっかり落ちても大丈夫にするための魔法であって、高いところから飛び降りるための魔法ではない。
小説でだってみんなそんなこと考えずに、手を取り合って慎重に降りていったんだぞ。
なんてことを思っていたら、アヤメの手が俺の腕をつかんできた。
「ゆ、ユーマくん……」
震えた声が響く。
てっきりこの高さを飛び降りるのが怖いのかと思ったら、その目は上を向いていた。
イヤな予感を覚えて俺も上を見る。
空一面を覆う巨大な魔法陣から、数十匹のワイバーンが一斉に姿を現した。
「……うおおおおおこんなん勝てるかああああああああああ!!」
アヤメを抱きかかえ、そのまま谷底へとダイブした。
魔法で落下速度が制限されてるとはいえ、怖いものは怖い。
強くしがみついてくるアヤメを落とさないように力を込めながら、必死に谷底を目指した。
やがて薄暗い地面が見えてきた。
シェーラたちがいるのを確認して、その近くに落ちるように調整する。
落下速度が落ちてるとはいえ、何百メートルも落下すればさすがにそれなりの早さだ。
崖の岩肌がものすごい早さで通り過ぎていくし、耳元で風切り音がごうごうとうなっている。
……というか、これ早すぎじゃない?
もはやレビテーションの恩恵なんてまったく感じられない。
本能が直感した。
ここまま落ちたら俺死ぬわ。
なんて冷静に分析してる場合じゃない!
アヤメは目を強くつむってしがみついてきている。
俺一人死ぬだけでも問題だが、アヤメも一緒になんて許されるわけがない。
焦るあいだにも地面はどんどん近づいてくる。
思い出せ。確か前にもこんなことはあったはずだ。
あれはアンデッドドラゴンと戦ったとき。
山頂が崩れて中の空洞へと落下したんだ。
そして……
「思い出したああああああ! スキル発動! 『身体狂化』!」
全身に力がみなぎるのを感じる。
使うの久しぶりだったから忘れてたけど、そういえばこんなスキル持ってたな!
前の時は落下する瓦礫を使って勢いを殺したけど、今回はそんな便利なものはないし、そんな余裕もない。
スキルを使った次の瞬間にはもう地面は目の前だった。
後はアヤメの魔法を信じるしかない!
……ドンッ!
「………………~~~~~~ッッッ!!」
着地の衝撃がすべて足に伝わってくる。
痺れる足にどうにか悲鳴をこらえた。
腕の中のアヤメがおずおずと目を開く。
「あ、あの、ユーマくん、大丈夫……?」
「お、おう。あたりまえだろ。こここれくらい余裕だし」
シェーラやダインはともかく、アメリアまで平然としてるのに俺だけが弱いところを見せるなんてカッコ悪いからな。
「この程度の高さでビビるなんて鍛え方が足りねえからだ」
ダインと一緒にしないでくれよ。
こっちはどんなにレベルを上げてもステータスが100でカンストするただの冒険者なんだぞ。
鍛え方なんて文字通り違うんだよ。
「……って、そんなこといってる場合じゃなかった!」
ちょうど俺の言葉を遮るように、あたりが急に暗くなる。
空を見上げるまでもなく、降下してきた数十匹のワイバーンで谷が埋め尽くされていた。
「な、なにこの数! どうなってるのよこの谷は!」
「わたくしもこんなの聞いたことありません……。魔物が出るといわれてますが、ワイバーンが出るなんて聞いたこともありませんし、ましてや誰かが召還するなんて……」
「魔族がここを守ってるからな。侵入者がくると自動で召還される仕組みになってるんだよ」
俺は足の痺れからようやく立ち直り、空を見上げた。
大量のワイバーンで埋め尽くされた光景はまさに壮観だ。
この大群に襲いかかられたら、どんなに強いパーティーでも一瞬で全滅だろう。
しかしここは深い谷の底。
谷幅は決して広いとはいえない。
ワイバーンたちが未だ襲ってこないのもそれが理由だろう。
「まあここは俺に任せとけ。俺の新必殺技を見せてやるよ」
自由に飛び回れたさっきまでとは違い、ワイバーンたちは狭い場所に密集している。
俺はその群に向けて手を伸ばした。
その動きに気づいたシェーラが声を上げる。
「ユーマ、まさかまた……!」
「心配すんな、こんどはちゃんと抑えるさ」
俺だって何度も倒れたくないからな。
手のひらに力を込めて俺は叫んだ。
「スキル発動! 『ディケイドロアーLV.0.01』!」
あふれ出した光の奔流がワイバーンたちを飲む込む。
光が消えると、あれほど密集していたワイバーンたちの姿は一匹もいなくなっていた。
「ふっ、まあこんなもんかな」
カッコつけてポーズを決めていると、急に両側から腕を捕まれた。
「やっぱりその技じゃないの! もう使わないって約束したでしょ!」
「ユーマくん、大丈夫なの!?」
シェーラとアヤメが同時に声を上げる。
俺はもちろん大丈夫だ。
それがわかったのか、二人とも安堵のため息をついた。
なにしろ本来の威力の40万分の1だからな。
体力もほとんど消費しない。
それでもワイバーンを殲滅するだけの威力はあるんだから、やっぱチート過ぎだなこのスキル。
安心していたところに、今度は谷底にいる俺たちを囲むように次々と魔法陣があらわれた。
数は……ちょっと数える気にならないな。
世の中知らない方が幸せなこともある。
「なんなのよ! まだくるってわけ!」
忘れてたけど、ワイバーンはあくまでも前哨戦。
本番は谷底に降りてからだったわ。
現れたのは巨大なドラゴン族だけでなく、四本腕のキングオーガや金属さえも溶かす毒を持つダークコブラなど、危険な魔物が大量だ。
中には、王都までの旅の中で遭遇するはずだった強敵なんかもいたりして、小説では「あのときのヤバい魔物がまた出てきた! しかも今度は大量に!」と盛り上がるのだが、テレポートしてきた俺たちには感慨もなにもない。
ただただ普通に強敵なだけだ。
シェーラやレインフォール隊長たちが無言で武器を構える。
これからはじまる激戦を予想してか、さっきまでの軽口もなく、その目つきは鋭く魔物の群を見つめている。
ただ一人竜殺しを構えるダインだけが楽しそうに吠えた。
「いいねえ。ユーマに美味しいところを持ってかれて物足りなくなってたところだ。簡単にくたばったら承知しねえぞ!」