20.身バレ
シェーラの正体に気づいたアメリアが詰め寄る。
「えっ? い、いや、そんなことはないんじゃないかしら?」
シェーラもようやく事態に気がついたらしい。慌てて言い繕う。
が、認識魔法は認識を変えるだけなので、正体に気づかれると魔法が解けてしまう。
シェーラの下手な嘘では、一度解けてしまった魔法を元に戻すことはできなかったようだ。
「お姉さま、ああやはりお姉さまなのですね!」
アメリアが感極まって抱きつく。
シェーラも観念したのか、アメリアの腕をふりほどこうとはしなかった。
シェーラの胸の中で感激していたアメリアが、ふと気づいたように顔を上げる。
「でも、どうして今まで気づかなかったんでしょう……。わたくしがお姉さまに気がつかないはずなんて……」
自分でいって自分ですぐに気がつく。
「まさか、ずっと魔法でわたくしをだましていたんですか!?」
「いやー、ははは、あたしが戻ったら騒ぎになっちゃうかなーって思ってね」
ごまかすように乾いた笑い声を上げる。
アメリアがいきなりシェーラの頬をむにっと引っ張った。
「どうして……どうして今まで何も言ってくれなかったんですか!?」
「ふぉんなこといったってふぉっちにも事情がひゃるのよ!」
シェーラも負けじと妹の頬を引っ張り返す。
高レベル冒険者であるシェーラにかなうはずはないのだが、アメリアは一歩も引くことなくシェーラから手を離さなかった。
「お姉ちゃんはいっつもそう! わたしの気持ちなんか考えもしないで、自分のしたいことばっかり!」
「だってしかたないでしょ! 王女王女って毎日うるさいのよ! あたしだって自由に生きる権利くらいあるわ!」
「そうだとしても、一言くらいなにか言ってくれてもいいじゃない! いきなりいなくなって寂しかったし、もしかして悪い人に……なんて思ったら、ずっと、ずっと怖くて……っ」
可憐な瞳からボロボロと涙があふれ出す。
そのままシェーラに強くしがみついた。
「よかった! よかったよ! 生きててよかったよお姉ちゃあああああああああん!!!!」
号泣するアメリアを前にして、シェーラは優しく腕を回した。
「そうね。ごめんねアメリア。心配させちゃったわよね」
「ほんとうだよバカお姉ちゃん! いっぱい探してたのにどこにもいないし、お父さんもしまいにはあきらめろなんて言うし……」
「アメリアもバカじゃない。あたしのことなんて気にしなければよかったのに」
「できるわけないよ! お姉ちゃん大好きだもん! 大好きなお姉ちゃんのことあきらめるなんて、できるわけないもん!!」
「もう、それがバカだって言ってるのよ! アメリアはアメリアなんだから、自分の生きたいように生きればいいじゃない!」
「なにそれひどい! わたしだってお姉ちゃんみたいになりたくてがんばってたんだから!」
ケンカしてるのかイチャついてるのかわからない言い争いをはじめる。
途中までは感動的な気がしてたんだけどな。
大喧嘩をはじめる二人を、隊長さんがほろりと涙を流しながら見ていた。
「まさかこの光景をもう一度見られる日が来るとは……」
昔からこうだったのか。
やっぱシェーラの性格は遺伝なんだな。
感慨深げにうなずく横で、ダインが興味深そうに二人を見ていた。
「あの王女様、なかなかやるな」
「そういやあのシェーラに対抗してるもんな」
俺なんて軽くひねられただけで動けなくなるのに。
「王家は生まれたときから王族っていう職業に就いてるからな。王女様ならプリンセスか。通常はまずなることのできない上級職だ。そこいらの冒険者よりもはるかにステータスは高いぞ」
一応俺はアメリアの護衛として雇われた形になってるんだけど、この分だと必要ないんじゃないか。
護衛対象よりも弱い護衛とはいったい。
辛い。
アメリアと合流した俺たちは、さっそく冥府の谷へと向かうことにした。
しばらくは草原のような過ごしやすい道が続く。
景色もいいし、広い草原は子供たちが遊ぶにはちょうどいいだろう。それでも俺たち以外に人がいないのにはもちろん訳がある。
そもそも、人どころか動物もいない。空を飛ぶ鳥もいないし、虫の一匹も見あたらない。
完全な静寂の中に、俺たちの足音と風の音だけが響く。
やがて雲があるわけでもないのに周囲は薄暗くなりはじめ、口では言い表しにくい濃密な負の気配が漂いはじめる。
ここまでくれば目的地はもう目の前だ。
やがて、いきなり草原の一部が消えてなくなった場所にでる。
近づけば、それが切り取ったかのように垂直な深い谷のせいだとわかった。
「ここが、冥府の谷……」
切り立ったような、という表現がぴったりな深い谷を見下ろしながらアヤメがつぶやく。
存在は小説で知っていたはずだが、やはり本物を目の前にすると勝手が違うらしい。かすかにふるえる手で俺の服をつかんでいた。
俺だって目の前の谷に目を奪われたまま動けないでいるくらいだからな。
足を滑らせて転落しようものなら、まず助からないだろう。
それほどまでに深く、そしていやな予感を漂わせる谷だった。
「久しぶりに来たけど、何度来てもここの空気は好きになれないわね」
「魔力耐性の低い人だと、長くいるだけで気を失ってしまうといいますから」
「なかなか楽しそうな場所じゃねえか」
心配するシェーラとアメリアの横をダインがさっさと谷を降りる道を歩いていく。
言葉通りその表情は好戦的な笑みを浮かべていた。
まあ、ここで立ち止まってても仕方ないしな。
こういうときダインみたいなキャラがいると助かる。
俺たちは後を追うように、深い谷のわきに刻まれた細い道を下っていった。
下り道は二人も並べばいっぱいになるほど幅は狭く、もちろん柵なんてものもない。
折れ曲がりながら下っていく道は傾斜も急で、足を踏み外せばあっという間に谷底まで真っ逆様だろう。
こんなところでモンスターに襲われればひとたまりもない。
なんていうフラグを小説内でも立てたくらいなんだから、もちろんモンスターは襲ってくる。
「あ、あれは……!」
いち早く気づいたアメリアが声を上げる。
空中に魔法陣が現れ、そこから三匹のワイバーンが現れた。
「召還陣!? どういうこと!?」
シェーラが驚きの声を上げながらも剣を抜く。
「何者かはわかりませんが、どうやら歓迎されているようですな」
レインフォール隊長もアメリアの前にたって槍を構える。
ダインはすでに剣を構えていた。
俺たちの迎撃体勢をみて、ワイバーンが方向をとどろかせる。
三匹の声が谷中に響きわたった。
ワイバーンは竜の一種だが、知能は低く、獰猛なモンスターだ。
巨大な爪と牙による直接攻撃と、口から吐く炎のブレスで攻撃してくる。ラグナのような理不尽な超火力や魔法攻撃はないため、ドラゴンの中では下級に位置する。
とはいっても、翼を広げれば五メートルほどにもなる大型のモンスターだ。
加えてこの狭い足場。相手は空を飛んでいることもあって、小説でも主人公たちは苦戦を強いられた。
が、もちろん攻略法はある。
「みなさん、この魔法を!」
アヤメが詠唱していた魔法を俺たちにかける。
薄い光に包まれ、わずかに体の軽くなる感覚があった。
「これは?」
「『レビテーション』です。体が軽くなりますので、道から落ちても平気になります」
「さすがアヤメだな。気が利いてるじゃねえか!」
ダインが歓喜の声と共に、さっそく谷を飛び降りた。
「……っておおい! なにやってんだ!」
レビテーションは、万が一足を滑らせても平気なようにかけた魔法であって、けっして自ら飛び降りるためのものではない。
が、ダインは空中に浮いたままゆっくりと降下していくところだった。よく見れば周囲に風のようなものが渦巻いている。
「オレの専門は竜退治だぜ。空中戦は得意中の得意だ」
笑みを浮かべるダインに向かって、ワイバーンの一匹がさっそく襲いかかってきた。
ダインは慌てることなく空中で巨大な「竜殺し」を構える。
「いいねえこの緊張感。やっぱ戦うなら竜が一番だよな」
渦巻く風の力が、構えた「竜殺し」に収束していく。
「一撃で死んでくれるなよ! 吹っ飛べ! 『ストームブリンガー』!」
虚空で振り下ろした剣の先に風の刃が生まれる。
刃はそのまま真っ直ぐに突き進み、襲いかかろうとしていたワイバーンを切り裂いた。
ワイバーンが苦悶の声を上げる。
「はっはー! ちゃんと耐えてくれるとはわかってるじゃねえか! 次々いくからドンドン食らいな!!」
そのまま連続で刃をふるう。その姿はもはや空中砲台だ。
レビテーションはそういう使い方をするための魔法じゃないんだけどな。
無数に放たれる風の刃で切り刻まれたワイバーンは、ついには悲鳴を上げる力もなくして落下していった。