19.フライング
ラグナに会った翌日。
つまりアメリアとの約束の前日に、俺とシェーラ、それにダインとアヤメという、いつものメンバーで王都の外へと向かっていた。
向かうのはとある山小屋だ。
その山小屋で、明日城を抜けてきたアメリアと合流し、冥府の谷へ向かうことになっている。
今日はその下見、ではない。
俺はふとあることに気がついたんだ。
アメリアとのイベントは必須イベントだ。
この後の展開のためにも、冥府の谷で影狼族に会う必要がある。
それに最終的には魔王を倒さないといけないのだから、俺も魔界に行かないといけない。
かといってもちろん結界を解くわけにはいかない。
魔界に行くためにはこのイベントをこなす必要がある。
が、別に王女様いなくてもいいよね?
むしろ来たら命を落とす危険がある。
だったら置いていこう。
どうしてもアメリアがいなければならないというのなら、今日のうちに危険を排除して、明日改めてまた向かえばいい。
というわけでアメリアと会う前日に集合して、イベントを終わらせてしまうことにしたんだ。
シェーラもすぐに賛成してくれた。
「確かにその方がいいわね。あの子はすぐムチャするし」
「うん、そうだよ!」
アヤメも強くうなずいている。
小説でアメリア王女様が命を落とすシーンはすごく悲しかったらしくて、次の日は真っ赤に腫れた目で恨みがましく睨まれたくらいだからな。
実際今もちょっと非難するような目を俺に向けている。
うん。ごめんな。あのころは、思い入れのあるキャラが死ぬほど感動的、なんて思いながら書いてたんだよ。
その法則は物語としては今も間違ってるとは思わないが、それは相手がキャラクターだからだ。命を持った人間となれば話は別だ。
悲劇よりもハッピーエンドのほうが感動するに決まっている。
どうせ流すなら、悲しい涙よりもうれしい涙のほうがいいもんな。
「ところでその影狼族ってのは強いんだろうな?」
小屋へと向かう道を歩きながら、ダインが好戦的な笑みを浮かべている。
まあダインが一番気にするのはそこだよな。
俺は苦笑しながら答える。
「強いことは強いが、ダインが求める強さじゃないかもな」
「あ? どういう意味だ?」
「負けない強さ、とでもいおうか。そもそも影狼族ってのは──」
説明しながら歩くうちに目的の小屋が見えてきた。
小屋自体はごく普通の建物だ。
丸太で組まれていて、十人も入れば身動きがとれなくなりそうな程度の大きさしかない。
もともと登山客用の休憩小屋だからな。
雨風をしのぐために建てられたものだが、周囲に危険な魔物がでるとわかってからは誰も利用しなくなった。
無人の扉を開けると、中から聞き覚えのある声がした。
「あらみなさま、ずいぶんお早いですわね」
かわいらしくも力強い声が響く。
無人のはずの小屋には先客がいた。
意志の強い瞳を鋭くつり上げて、アメリア王女様が待ちかまえていた。このあいだのドレス姿ではなく、普通の街娘のような服装の上に軽鎧を身につけている。
傍らには近衛隊隊長のレインフォールも控えていた。
「さすがはアメリア王女様。ご慧眼通り現れましたな」
「え? なんで?」
敬語も忘れて思わず素で驚いてしまう。
約束の日は明日だったはずなのに。
アメリアが悠然と微笑む。
「ユーマ様はわたくしを置いて先に依頼を果たすおつもりですね?」
「なぜそれを……」
俺ですら昨日不意に思いついたばかりなのに。
「お話ししていませんでしたが、わたくしには未来が見えるのです」
「えっなにそのチート設定。俺知らないんだけど」
未来が見えるとか最強の一角じゃん。
「ちーと? というのはよくわかりませんが……この力のおかげで、半年後に結界が破壊されることも知っていますし、その後この国がどういう未来を迎えるのかも知っています」
あー、なるほどなー。そりゃそうだよねー。
結界が弱まっている理由もわかっていない段階じゃ、いつ解けるのかなんて予測できるわけない。
未来が見えでもしないと、今すぐ魔界に行かなければこの国が危ない、なんてわかるわけないもんなー。
また世界がよけいな設定を追加しやがったなちくしょう!
「この国の行方は常に視ていますから、ユーマ様のことにも気がつけたんです」
「それにしても、未来を見る能力なんてどこで手に入れたんだ?」
「王家に代々伝わる禁呪のひとつです。王家には代々、国を守るための強力な秘術が継承されております。『未来視』もまたその一つです」
シェーラの禁呪設定がこんなところで使われるとは。
とはいえバレてしまったものは仕方ない。
「黙って先にきたのは謝る。でも、この先は本当に危険なんだ。アメリアはここで待っててくれ」
「拒否します。わたくしも同行させてください」
絶対そういうと思ったよ。
でなきゃ軽鎧なんて身につけてこんなところで待ち伏せないもんな。
……いや、まてよ。
「ひょっとして、その未来が視える力で、この先のことも知ってるのか?」
だとしたら話が早い。
アメリアの力で自分が無事だとわかっているのなら、連れて行っても大丈夫なことになるが。
しかしアメリアは首を振った。
「そこまではわかっていません。未来は膨大で、とてもすべてを見通すことはできないのです。それに不確定ではっきりとしない地点も多いので。ユーマ様が約束の日より早く小屋に向かう未来は視えましたので、こうして駆けつけることができたのですが」
さすがにそこまで便利じゃないか。
「それにわたくしも王族の端くれ。多少は武術の心得ならあります。ユーマ様には及ばないかもしれませんが、魔物ごときに後れをとるわたくしではありません」
「アメリア王女様の実力は私も保証しよう」
レインフォールが自慢げに話す。
「もちろん私がいるためアメリア王女様に手を汚させるつもりはないが、いざとなればご自分の身を守れるくらいの実力は身につけている」
「隊長がそういうなら、そうなんでしょうね……」
アメリアを守るのが使命の近衛隊隊長が平気だといってるんだから、たぶん実力は相当なものなんだろう。
こりゃ説得して引き下がりそうもないか。
「……わかったよ。一緒に行こう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「そのかわりアメリアの命が最優先なのは変わらないからな。危なくなったらすぐ引き返す。それでいいな」
「もちろんです。頼りにしていますね」
そういってアメリアが微笑む。
年相応の可憐な笑顔に、思わず見とれてしまった。
シェーラの妹なだけあってもちろんかわいいし、どことなく面影があるんだよな。そして姉妹ゆずりの大きい胸。
少し幼くなってかわいいロリ巨乳なシェーラって感じか。
なんだそれ最強か。
「ちょっとユーマ?」
怒ったようなシェーラの声が響く。
「ユーマは相手がちょっとかわいいと、すぐ俺が守るとかいっちゃうわけ?」
「い、いや、相手は王女様なんだから守るのは当然だろ?」
なんの非もない完璧な理論だと思ったのだが、シェーラの冷たい目は変わらないままだった。
「ふうーん? そのわりには胸ばっかりみてたみたいだけど?」
バレてたー!
アメリアは気づいていなかったようで、少し顔を赤くしている。
「さっきから顔もデレデレしっぱなしだし、いやらしい」
「痛い痛い痛い! なにかあったらすぐ俺の頬をつねる癖を治さないといつか本当にちぎれるって!」
抗議するがもちろん聞いてくれるわけがない。
アヤメも助けてくれるどころか、すねたような視線を向けるだけだった。
ときおり自分の胸に目を落としてるから、アメリアとの大きさの違いを気にしてるんだろう。
大丈夫だってアヤメ。
それはそれで需要があるから。
なんて思ってるあいだにも頬をひねるシェーラの攻撃はゆるまない。
俺が悲鳴を上げていると、やがてクスクスと笑い声が聞こえてみた。
みれば、アメリアが小さく笑みをこぼしている。
えええ、俺が痛がる光景を見て笑うなんて、アメリアひょっとしてドSだった設定なの?
視線に気づいたのか、アメリアが恥ずかしそうに咳払いをしてごまかす。
「いえ、申し訳ありません。お姉さまも昔はよくそのように私の頬をつねっていたものでして、昔を思い出してつい」
妹にもかよ。さすがシェーラ容赦ない。
非難の目をお姉ちゃんに向けるが、すぐにそらされた。
「ユーマ様とのやりとりをみていますと、まるで本当に……お姉、さまみたい……?」
あ、なんかヤバい流れ。
アメリアがシェーラに駆け寄り、その顔を間近から見つめる。
「お姉さま? ひょっとして、本当にお姉さまなのですか……?」