18.フラグ回避
アメリアの護衛のために出発するのは三日後となっている。
王女様は公務だとかで忙しいから、こっそり抜け出すにもそれだけの準備期間か必要なんだそうだ。
俺はその前々日、つまり二日前に、とある準備のために出かけていた。
ラグナに頼んでおいたことを確認するためだったのだが、そもそもどうやって連絡を取ったらいいのかわからない。
ラグナにはかつて命を救ってもらったときに、とあることを頼んでおいてある。
そのさい、呼べばいつでも現れる、なんていっていたが、そもそもラグナが今どこにいるのかもわからないのだから呼びようがない。
とりあえず冒険者ギルドの酒場に入って考えをまとめることにする。
もしかしたらなにかの情報も聞けるかもしれないしな。
注文を取りに来たウェイトレスさんに飲み物と軽い食べ物を頼みながら、ついでに情報を聞いてみた。
「ラグナって女の子を知りませんか?」
「我のことを呼んだかの?」
「うおおっ!?」
いきなり目の前から声がしたのですげー驚いた。
正面のイスに金髪の女の子が座っていた。
ウェイトレスさんも目を丸くして固まっている。
そりゃそうだ。ほんのついさっきまで、そこには誰もいなかったんだから。
「ラグナ! いつからそこに!?」
金髪の小さな女の子が愉快そうに笑う。
「くっくっく。呼べばいつでも駆けつけるというたじゃろう。我は嘘は言わぬ」
だからって、普通そういうのは比喩的な表現であって、まさか本当に「いつでも」だとは思わないだろう。
ラグナは、驚き固まるウェイトレスさんに向けて、平然とオレンジジュースを注文した。
我に返ったウェイトレスさんがあわてて厨房に向かう。
歩きながら首を傾げていた。
きっと自分の見まちがいかな、とか思ってるんだろう。
大丈夫ですよ、見まちがいじゃないです。この子は本当いきなり現れましたから。
「我は魔力そのものじゃからな。お主に魔力を返したときに、我の魔力も少なからず混ざったからの。我はいつでもお主と共にある」
そんなフォースみたいなこといわれても。
……ん? 待って。今いつでもっていった?
「もしかして常に俺のこと見てるってこと?」
「我の一部が常にお主の中にあるからの。見てるというより、一心同体という方が近い」
「てことは……俺が隠れて何かしても全部バレてるってこと? ……いや、待って。やっぱ答えなくていい。うん。知らない方がいい気がする」
「夜中にベッドで一人なにやらゴソゴソしておることかの」
「だから答えなくていいっていったのに!」
知られてるってわかるとすごい恥ずかしいだろ!
ああ、次からどうすればいいんだ……。
やがて料理とドリンクが運ばれてくると、ラグナはオレンジジュースを美味しそうに飲みはじめた。
「ラグナでもそういうのは飲むんだな」
「我に栄養は必要ないが、人を模して『味覚』というものを作ってみたのじゃよ。これがなかなか面白くての。特にこの『甘い』という感覚は今までにない新鮮な感覚じゃ」
そういって無邪気な笑顔でジュースを飲む。
ちなみに今のラグナは、前の時のような裸ではなく、ちゃんと服を着ていた。
なので、周りから見れば今のラグナは、美味しそうにジュースを飲む普通の女の子にしか見えないだろう。
「人間は布を巻き付けて肌を隠す習性があるようじゃからの」
習性というか、恥ずかしいから服を着るんだけど。
ラグナも恥ずかしいから服を着てるんじゃないのか。
「人の営みにあわせておるだけじゃ。我の姿は自在じゃからの。服を着ているのではなく、服を着ている姿に形を変えておるだけ。何一つ身につけていないという点では、裸となにも変わらん」
そういわれればそうなのかもしれないが。
とはいえ今のラグナはどこにでもいそうな女の子の格好をしている。
これなら悪目立ちはしないだろう。
いや、ラグナは正体こそ巨大なエンシェントドラゴンだが、今の姿は透き通るような金髪にめちゃくちゃかわいい顔立ちをした女の子だ。
これはこれですげー人目を集めそうだ。
ラグナもうなずく。
「うむ。裸の時もジロジロと見られたが、今の姿になってからも主に人間の雄からジロジロ見られるの」
……男の視線は女の子にはバレバレだって言うけど、ラグナにまで見抜かれるってことは本当にバレバレなんだなあ。
気をつけよう。うん。
「服を着ても着なくても変わらぬのに、人はみな我に服を着ろとうるさくての。ほんに変わった生き物よの」
そういうもんなんだよ、人間って。
「ふふ。じゃから楽しいのじゃ。お主も含めての。しばらくは退屈せずにすみそうじゃ」
ま、ラグナが楽しいのならよかったよ。
人間の生活にも馴染んでるようだしな。
「………………ちょっと待て。普通に会話してるけど、そういえばさっきから俺一言もしゃべってないぞ?」
なのに何で普通に答えられるの?
「なにを驚いておる。我らは一心同体というたじゃろう。見ていることも、感じていることも、考えてることも、すべてわかるということじゃ」
考えてることも、だと……?
「じゃあ、心の中まで読めちゃうってこと……?」
「無論じゃ。たとえば……」
突然ラグナの服が消えて全裸になった。
驚きつつも視線は正直にラグナの大切な部分を凝視してしまう。
ああ、視線には気をつけようってさっき誓ったばかりなのに。
でも反射的に見てしまうのは仕方ないだろ。
男の生存本能なんだ。あらがえるものじゃない。
というわけで俺の瞳は、金髪幼女であるラグナの肢体をしっかりと目に焼き付けた。
しかし、長い金髪の一部が体の正面に回り込むことで、実にさりげなくごく一部だけを隠している。
「今、残念と思うたな?」
ぎくっ。
「しかも興奮したフリをして鼻息を荒くすれば髪が動いて我の乳首が見えるかもしれないと……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさあああああああああああああい!!!!!!!!!」
床に頭を打ち付ける勢いで思いっきり土下座した。
だって思っちゃったんだもん!
しょうがないじゃん!
男はみんなおっぱいが好きなんだよ!
誰だって、目の前でいきなり剣を振り下ろされたら、反射的によけるだろ?
それと同じ。
目の前におっぱいがあったら誰だって「あ、おっぱいだ。好き」ってなるんだよ。これはもう遺伝子レベルの本能。しかたない。
「ふふ、謝らずともよい。主がそういうものであることはよく知っておるからの」
「そんなことをよく知られているというだけで十分死に値する恥ずかしさなんだが……」
ふと気がつくと、周囲が妙にざわついていた。
そりゃいきなりものすごい勢いで土下座をし始めたら誰だって驚くよな、と思ったが、その割には妙に視線が冷たい。
ひそひそと噂する声が聞こえてきた。
「あの子、さっきまで普通に服着てたよな……」
「そういえば聞いたことがあるぞ。とある国には、女性の服を脱がせるためだけの魔法が存在するらしい」
「あいつって確かあれだろ、レベル上限を超えた噂の勇者とかってやつ……」
「そういえば俺も聞いたぞ。なんでも他人のスキルを一度見ただけで覚え、千の魔法を使う男、と呼ばれてるらしい」
「てことはやっぱりあいつが脱がせたのか。しかもこんな人の多い中で……鬼畜すぎるだろ……」
「そうして裸にした幼女相手に土下座してヤラせてくださいと頼んで回ってるらしい……」
「ちょっと通報してくる」
「なんか風評被害がすごいことになってる!」
完全にただの変質者じゃねえか!
「やはりこの姿は人目を引いてしまうようじゃの」
そういうと、再び服を着た姿に戻った。
それを見た周囲が再びひそひそと小声を交わしはじめる。
とりあえず裸じゃなくなったんだ。これで俺の評判も元に戻るだろ。
「おい、今いきなり服が……」
「ああ、これでまちがいないな。やっぱり例の服を脱がす魔法を使ってたんだ」
「見ろよあの子の笑顔。騙されてることに気づいてないんだ」
「あんな小さな子供相手に……許せないな……」
「ちょっと暗殺者ギルドに依頼してきた」
「よりひどくなってる!?」
「やはり人間の生活は面白いの。
ちなみに今の我の姿は本体ではない。お主の中に残っておった魔力を使っただけのいわば幻影のようなものじゃ。裸だ何だと気にせずともよい」
いや、気にしてるのはそういうことじゃないんだが……。
「ところで、今の姿が本体じゃないって、どういう意味だ?」
そもそも、魔力そのものであるらしいラグナにとって、本体って何なのって話でもあるんだが。
「お主の頼みごとのおかげで、今は少々行き来が難しい場所におってな。主の中にある魔力の残滓だけを使って姿を作っておるのじゃよ」
「ああ、ちょうどよかった。その頼みごとで確認したいことがあったんだよ」
前にラグナに助けてもらったとき、ラグナに「とある頼みごと」をしていた。
さすがのラグナにも難しいと言われたものの、それでもやってくれるとのことだった。
「結構無理なことを頼んじまったからな。順調かどうか確認したくてな」
「なんじゃ。用とはそのことか。確かに途方もないことを頼まれたが、他ならぬ主の頼みじゃ。何とか目処はつけておるよ」
「そうなのか。すごいな」
「くっくっく、かような場所に来るのも普段はないからの。やはり主と共におるのはおもしろいわ」
「ところで、それはどんな場所なんだ」
たずねると、ラグナは思案するように顎に手を当てた。
「ふむ。言葉で説明するのは難しいの。主の言葉で一番近いのを選ぶのなら『時空の狭間』になるかのう」
時空の狭間ねえ。
そんなのは俺の小説にも出てこなかったが、またよくわからん設定が追加されたのか。
「お主の言葉に一番近いもの、というたじゃろう。正確に表現する言葉は存在せぬ。そもそもここは存在しない場所じゃからな。理解できぬのも当然じゃよ」
なるほど。わからん。
存在しないのに存在しているとはこれいかに。
そういう難しいことはもうラグナに丸投げしよう。
「とにかく順調ってことだな」
「うむ、そうじゃの。ここまでくれば後は時間の問題じゃ」
「実はそのことで頼みがあってな、本来なら半年後の予定だったんだが、少し早まっちまってな。明日までに何とかならないか」
俺の突然の申し出に対し、ラグナは目を丸くし、大声で笑いはじめた。
「すでに十分な無理難題を突きつけておきながら、まだ要求するとは。人使いが荒いのう。本当にお主とおると退屈せんわい」
「それで、できそうか?」
できないと困るのだが。
ラグナがニッと口の端をつり上げた。
「なるべく穏便に済ませるつもりじゃったが、明日までとなると少々手荒になってしまう。それでもよいか?」
ラグナの「少々手荒」は世界崩壊レベルだからなあ。
「なるべく穏便に頼むよ」
「くっく。了解した。なるべく善処しよう」
ラグナが愉快そうに笑う。
その表情だけなら無邪気な女の子なんだがな。
心配だが、こればっかりは信じるしかないだろう。