17.朝
朝起きると頭がめちゃくちゃ痛かった。
そうか。これが噂の二日酔いってやつか。
アインスの街で大宴会を開いたときは、こんな風にはならなかったんだけどな。やけ酒がよくなかったのかもしれない。
ふらふらの足取りで階段を降りたら、俺の様子を見て心配してくれた宿屋のイリアお姉さんが水をくれた。
イリアお姉さんは、笑顔が明るくてかわいい宿屋の看板娘だ。
ちなみに水は無料だ。だって小説内でも水なんてしょっちゅうただで飲んでたからな。
でもよく考えてみたら、異世界の水って普通は高いもんじゃないのか。
不思議に思ってイリアお姉さんに聞いてみたら、昔は水も有料だったらしいんだけど、水魔法の発明によっていくらでも出せるようになったらしい。
ほらね、なんていって指先から小さいホースのように水を噴きだしてコップに入れてくれた。
冒険者カードを確認すると、ちゃんと 冒険者カードを確認すると、ちゃんと【水魔法 クリエイトウォーターLV.1】が追加されている。
うーん。便利なのは良いことだけど、人の指先から出てきた水をそのまま飲むのは少し抵抗があるというか、なにかすこしイケナイことをしてる気がするというか。
慣れの問題なんだろうか。
これがシェーラの水だったらきっと優しくて甘い味がするはずなのに。
なんて話をしていたら、なんとジュースも出せるらしい。
指先から出てきた紫色の液体がコップに注がれる。飲んでみるとブドウジュースの味がした。
おお、ほんとにジュースだ。なんて俺が驚いていると、イリアお姉さんがニコリと笑った。
「じゃあ60ゴールドね」
「お金取るの!?」
「もちろんよ。水は無料でサービスするけど、それ以外は有料だってちゃんとメニューにも書いてあるでしょ」
渡されたメニュー表には確かにそう書いてあった。
「世知辛い……。せっかくイリアお姉さんの優しさに感動してたのに……」
「王都に来たばかりの人は結構この手の魔法を知らないからね。みんな珍しがって見てくれるんだ。お兄さんもきっとそうなんだろうなって思ったから、ちょっと稼がせてもらっちゃった」
イタズラっ娘のように小さく舌を出してほほえむ。
この商売上手め!
でもかわいい! 許す!
せっかくなので、他にもいろいろ見せてもらう。
オレンジジュースとか、パイナップルジュースとか、マンゴージュースとか。
種類が南国系に偏ってるのは俺の知識が偏ってるからだろう。俺がジュースといえばこの辺かな、と想像するものが次々と出てくる。
冒険者カードのスキル一覧表にもしっかりと追加されていた。
【料理魔法 クリエイトジュース「グレープ」 LV.1】
【料理魔法 クリエイトジュース「オレンジ」 LV.1】
【料理魔法 クリエイトジュース「パイン」 LV.1】
【料理魔法 クリエイトジュース「マンゴー」 LV.1】
レベルが上がりまくったおかげでスキルポイントには困ってない。
さっそく全部覚えることにする。
うむ、こんだけあれば飲み物には困らないだろう。便利。
俺は他になにかないかとメニューを見ていて、あることに気がついた。
どうやらイリアお姉さんは、あのことを知らないらしい。
くくく、ここは反撃のチャンスだ。
やられっぱなしでは男が廃るからな。ここらで俺のすごさを見せつけてやろう。
俺は手を広げると、今覚えたばかりの魔法を発動した。
「えっ!?」
イリアお姉さんが驚きの声を上げる。
「今見ただけでもう使えちゃうの!?」
驚きのためか口調が素になっている。
ふふふ。けど驚くのはまだ早い。本題はここからだ。
俺が広げた手の指からは、それぞれ別のジュースが出ている。
それはひとつのコップの中に注がれていた。
「えっ、混ぜちゃうんですか……?」
「これぞ俺の国の伝統料理。その名もミックスジュース!」
なんて大げさにいうほどのものでもないんだけどな。
でも、混ぜるという発想はイリアお姉さんの中にはなかったらしい。メニューにも載ってなかったしな。
さっそく飲んでみたお姉さんが、目を見開く。
「美味しい! これすごい美味しいよ!」
ふはははは。そうだろう、そうだろう。俺もミックスジュース大好きだからな。
「これうちのお店でも出していいかな?」
「じゃあ、60ゴールドで」
「えっ、お金取るの!?」
「もちろんですよ。秘伝のレシピですからね」
「ぐぬぬ……。この商売上手! でも美味しいから許す!」
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「それにしても、お兄さんおもしろいのを知ってるね。魔法も一回見ただけで覚えちゃうし。やっぱり王様に呼ばれるような人は違うんだね」
感心したようにため息をつく。
昨日あれだけ派手な馬車を玄関前に呼びつけただけあって、さすがに顔を覚えられていたらしい。
なんて思っていたら、じいっと俺の顔を見つめてくる。
「顔も、よく見れば悪くないほうな気もしないではないかもしれないし……」
なにその微妙な評価。ほめるならもっとちゃんとほめてくれよ。
「ふふっ、ごめんね。やっぱりお姉ちゃんが気に入るだけのことはあるなあって思ってね」
「お姉ちゃん?」
「ああ、こっちの話だから気にしないで」
そういうと、顔を近づけると声をひそめてささやいた。
「お姉ちゃんのお気に入りを私が取ったってバレたらまずいでしょ?」
声が吐息となって吹きかかる。
思わずビクンと体が反応してしまった。
イリアお姉さんがクスッと妖しい笑みを浮かべる。
「ねえ、お兄さんは、年上ってアリだと思う?」
「え、えっと、それってどういう……」
思わず声がどもってしまう俺に、イリアお姉さんが一転して大声で笑い出した。
「あはははは! ごめんごめん、冗談だから気にしないで!」
朗らかな笑い声が響く。
な、なんだ。冗談か。
まだ心臓がバクバクいってるよ。
「ふふっ、ごめんね。お兄さんおもしろいから、ついからかいたくなっちゃった」
「ついでからかわないでくださいよ……」
「男の人って好きな子についイタズラしたくなっちゃうんでしょ? それと同じ感じかなあ」
そんなことを俺の目を見つめながらいってくる。
またドキドキさせるようなことを!
もうだまされないからな。
俺にはシェーラという心に決めた女の子がいるんだ。
だから大丈夫。浮気なんてしない。心も揺らがないし、ドキッとなんてしない。たぶん。きっと。……たまにならしょうがないよね?
「それにお姉ちゃん怒ると怖いしね」
なんか前にも聞いたなそのフレーズ。
ミリアさんも怒らせるとヤバいらしいしな。
さすが都会は恐ろしい。
「それじゃ俺はそろそろ行きますね。イリアお姉さんと話せてだいぶ楽になったみたいです」
フラフラだった頭もだいぶすっきりしている。
水を飲んだこともあっただろうが、イリアお姉さんと話していいリラックスになったことも大きいだろう。
「どういたしまして。あ、それと。私のことはイリアでいいよ。いつまでもそんな長い呼び方は大変でしょ」
「大変ではないですけど……、それじゃ、いってきますイリア」
自分で言っといてなんだが、なんだか……いいなこれ。
家族みたいというか、すごく落ち着く感じがしてついホームシックになりかけてしまった。
別に家に未練なんてないが、さすがに俺がいなくなれば少しくらいは心配を……いや、いかんいかん。忘れよう。
振り切るようにイリアに背中を向けて、出口に向かう。
その背にイリアの声がかけられる。
「うん、いってらっしゃい。ユーマ」
あまりにも不意打ちすぎて反射的に足が止まってしまった。
なんというかこう、新婚夫婦みたいな甘い響きだ。
驚いて振り返ると、イリアもまた少し照れたように微笑んだ。
「ふふっ、こうやってお客さんと仲良くなれば、また来てもらえるでしょ?」
この商売上手め!