16.愚痴
「と、いうわけでお前を呼んだんだ」
「ただのノロケ話かよ!」
夜遅くの酒場で、俺が呼んだライバルキャラのランサーが席を立って怒鳴り散らした。
「大事な話が急いで来いとかいうから、てっきり決闘でもするのかと思ったら!」
「大事な話だよ! 俺だって男なんだ、いろいろため込んでるものくらいあるわ!」
シェーラが思わせぶりな態度をとってくるから悶々とした思いを抱えていることや、俺のまわりが女の子ばかりなせいでこの思いを吐き出す相手がいないことを切々と語ったら、なぜかランサーは怒り出してしまったんだ。
なんでなんだろうな。ぜんぜんわからん。
むしろ男なら俺の悩みに共感して当然だろう。
だというのに、ライダーはそんな俺に対して苦々しい表情を向けている。
「話すにしてもなんで俺なんだよ。俺たちはライバルなんだぞ。こうして馴れ合うのは……」
「ライバルって言っても、冒険者としてだろ。冒険者として競い合ってはいるが、街に戻ればこうしてお互いの悩みを打ち明けられる関係ってのも悪くはないと思わないか」
「まあ、悩みを聞くくらいなら、確かにかまわないが……」
お、なんだこいつ。話せば意外とわかるやつじゃないか。
確かに俺だってランサーに話すのはどうかと思ったよ。でも他にいないんだからしかたないだろ。
それに、せっかくライバルキャラがいるんだ。親友キャラの代わりにしたっていいだろ。
「まあ、ぶっちゃけ男なら誰でもよかったんだけどな」
「えっ」
なぜかランサーが身の危険を感じたようにイスごと後ろに下がる。
なんだよ。お前まで俺のこと嫌うのかよ。
俺はやけになってテーブルにあったジョッキをつかむと、一気に半分ほど飲み込んだ。
飲み込んだ瞬間、のどを熱いものが流れていった。
「お、おい。それは俺が頼んだ……」
ランサーが何かいっている。
どうやら間違えてランサーのジョッキを飲んでしまったらしい。
ぶどうジュースみたいに甘いんだけど、その中に苦みというか、熱いものが含まれている。
そうか。これがアルコールって奴か。
そういやなんか頭がふわーっとして、なんかいい気持ちになってきた。
法律? 知らん知らん。
ここは俺が作った世界なんだ。
つまり世界は俺を中心に回ってるってこと。俺が、俺こそが法律なんだ!
ジョッキに残っていた残り半分も一気に飲み干す。
あー、最初は苦いのはちょっといまいちかなと思ってたけど、慣れてくるとこの味が病みつきになるな。
空になったジョッキをテーブルに叩きつけるように置く。
「すみませーん! 同じのもう一杯!」
「お、おい。お前大丈夫なのか。すでに顔真っ赤だぞ」
ランサーが心配するような表情になる。
「なんだよー、なんだかんだいって俺のこと心配してくれるのかよ。ランサーはいいやつだなー。イケメンだしさー」
「お前、酔うと面倒くさいな……」
本当に面倒くさそうな声が返ってくる。
そうか?
自分じゃよくわからんけどな。
あーでもそういえば前にクエストクリアの宴会をしたときも、酔った勢いで大金使い果たしたんだっけ。
酔っぱらうと後先考えなくなるのかもしれないな。
「はあぁー。ランサーはいいよな。イケメンでさ、性格も意外と良いやつでさ、しかもあんなにかわいい彼女までいるなんて」
「いや、サラは仲間であって、別に彼女とかじゃ……」
急にうろたえるランサー。
ん? なんだ。
そうか、わかったぞ。さてはこいつ、イケメンのくせに童貞だな。
なんでわかるかって? 俺も同じだからだよ。
童貞は臭いでわかる。きりりっ。
「それに、サラは幼なじみだから一緒に旅をしてるだけで、別に俺のことなんか……」
んん?
なにいってるんだこいつは。
「サラはランサーのこと好きに決まってるだろ」
「……えっ!」
本気で驚いた声を上げる。
どうやら本当に気づいていなかったらしいな。
……まあ小説でもそういう設定だったけど。
「イケメンの高レベル冒険者で優しくてそれでいながら男らしいところもあって、それでモテないわけがないのに鈍感とか、ほんと罪作りなやつめ。今までいったい何人の女の子を泣かせてきたんだ。イケメンのくせに」
「女の子を泣かせことなんてないが……。それに俺はイケメンではないと思うんだが……」
心ここにあらずといった感じで答える。
まだサラとのことに驚いているようだ。
まったく、こいつはなにもわかってないな。
「教えてやるよランサー。好きでもない奴と一緒に旅なんかするか? いいや、しないね」
きっぱりと言い切ってやった。
「だいたいさー、いくら面倒見がいいからって、旅は危険なんだ。下手をすれば死ぬことだってある。しかもお金がないときは同じ部屋に泊まってるんだろ」
「な、なんでそんなことまで……」
なぜって、外伝でそう書いたからだよ。
書いてるときは楽しかったけど、本人を目の前にすると感想はひとつしかない。
爆発しろ。
「好きだからずっと一緒にいてくれるんじゃないか。世話好きっていうかさ、放っておけないっていうかさ。そういう『私がいないとこの人はダメなんだ。仕方ないなあ』っていうのが嬉しいっていうかさ」
「そ、そうなのか……?」
ランサーの目は俺、ではなく、その少し後ろを見ていた。
なんとなくイヤな予感がして振り返る。
そこでは、ショートカットの女の子が顔を真っ赤にして震えていた。
「……そ、そんなわけあるかアホー!」
「ぶべっ!?」
意外に鋭い右ストレートが俺の頬を直撃する。
高レベル冒険者の相棒なんだから、そりゃ同じくらいレベルも上がってるか。
「な、なんでここに……」
驚くランサーに、サラがわたわたと腕を振る。
「ウチは、ランサーの帰りが遅いから、心配で迎えに来ただけで、もしかして浮気なんてしてへんよなとか、うまく会えたらそのまま夜の街を一緒に歩けたらええなとか……そんなこと考えてへんわアホー!!」
目に涙をいっぱい浮かべると、そのまま夜の闇へと走り去っていった。
「っておい、夜道で一人は危ないだろ!」
あわててランサーが追いかける。
一人取り残された俺は、運ばれてきたぶどう酒をちびちび飲むことにした。
泣きそうなのは、殴られた頬が痛いからじゃない。俺の心が叫びたがってるんだ。
やがて店も閉店の時間になったため、ウェイトレスさんが会計にやってきた。
「3200ゴールドになります」
財布を取り出した俺は、ふと気がついた。
「あいつ食い逃げしやがった!」