15.嘘
ユリウスとの会話を終えて部屋を出ようとした俺だが、思い出したことがあって足を止めた。
「そうだ、もうひとつ伝えるのを忘れてた。今回の件では、誰も死なせないようにしてくれ」
ユリウスがあきれた目を向けてくる。
「なんだそれは? 偽善者ごっこでもしてるのか?」
「ごっこじゃない。世界平和を目指してるんだよ、俺は」
「……はっ、まあいい。善処しよう。とはいえ約束はできない。向こうが抵抗してくれば、こっちも応戦するしかないからな」
それはそうだよな。
とはいえちゃんと善処してくれないと困る。
「もし犠牲者を誰一人ださなければ、もうひとつ面白い情報を教えてやる」
「ほう、この上まだ俺の知らない情報があると?」
「行方不明の第一王女の行方、知りたくないか?」
「────!」
ユリウスの態度が目に見えて変わった。
「知ってるのか!? いや、生きておられるのか!?」
俺は強くうなずいてやる。
「心配ない。ピンピンしてるよ」
元気すぎるくらいだからな、とは心の中にとどめておく。
「そうか、よかった……」
ユリウスは本気で安堵の表情を見せる。
「今の情報だけで十分だ。敵も味方も、誰一人犠牲者を出さないようにする」
今までで一番力強くうなずいた。
夜遅く宿に戻ると、シェーラが心配そうに玄関で待っていた。
「どこいってたのよ?」
「待っててくれたのか?」
「部屋に行ったらユーマがいないんだもの。また無茶でもしてるのかと思ったじゃない」
う……。信用ないな。
けど実際当たってるので、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。
「俺たちを王女様に教えたフォーエンタール家に挨拶にいってきただけだよ」
「へえ、あの人がね……」
なつかしそうな目で夜の虚空を、フォーエンタール家のある方角を見つめる。
「それで、どんな話をしてたの?」
「第一王女様が行方不明で心配してるっていってたぞ」
びくーんとシェーラの肩が跳ね上がった。
「ふ、ふーん。そうなんだー。行方不明なんだー」
俺と視線を合わせないまま棒読みの口調でつぶやく。
王女様が行方不明とかめちゃくちゃ大事件なのに、知らないわけないだろう。
そのまま下手な演技を続けていたが、やがて横目で俺を見た。
「……もしかして、ユーマは知ってるの?」
「シェーラがその第一王女様ってことをか?」
ビクッと再び肩が震え、やがて深々とため息をついた。
「はあ、やっぱりバレちゃってたのね……」
「そりゃそんな姫騎士みたいな格好をしてるし、王家にしか伝わっていないはずの禁呪を極めてるし、それに一番最初に俺と出会ったときに自分で名乗ってたじゃないか」
シェーラ=ユークリウス。それがシェーラの名前。
代々王都を治めるユークリウス王家の名前を受け継ぐ、由緒あるお姫様だ。
「そうよねー。あのときはまさかユーマと一緒に王都に行くなんて思わなかったから、油断してたわ」
失敗したなーと愚痴をこぼす。うかつではあったけど、それがなくなって俺は最初から知ってたんだけどな。
それにその辺のうかつさは全部俺が小説内に伏線として書いたものだからな。
しょうがないよな。そういうところもかわいいと思うけど。
「いまさら大丈夫だと思うけど、あまり人に言いふらさないでね」
「その心配はいらないが、アヤメはもう知ってるぞ」
「え!?」
なにしろ俺の小説の読者だからな。
「ダインのほうはちょっとわからないけどな。でもまあ、気づいててもおかしくないか。貴族に求婚されたこともあるっていってたし、内情もある程度は知ってるだろう」
「知ってたのに、黙っててくれたんだ……」
「シェーラがどういう思いで王宮を飛び出したのか知ってるからじゃないか」
王宮に閉じこもってても、あちこちで起こっている魔物との戦いがなくなるわけじゃない。
それを見過ごせなくて飛び出したんだ。
「ところで、ひょっとして王様と謁見する際に認識魔法を使ってたか?」
「う……。まあね。でないとバレちゃうし」
やっぱりか。それで俺の取得スキルにも認識魔法があったんだな。
だいたい行方不明の第一王女が父と妹である王様と第二王女と謁見して、気づかれないほうがどうかしてるもんな。
小説を書いてるときはまったくスルーだったけど、どうやらそういうことになったらしい。
「ところで、俺の部屋に何か用でもあったのか?」
「えっ!? べ、別に、用ってほどのこともないわ。少し話しでもと思っただけっていうか、今までずっと同じ部屋だったから、一人なのはなんか落ち着かなかったっていうか……」
こ、この反応は、いけるのか? ひょっとしていけちゃうのか!?
俺は神妙な態度を作って、慎重に切り出した。
「実は、俺もなんだ。ずっとシェーラのことを考えてた」
「えっ……?」
シェーラの頬に赤みが差す。
「シェーラがいなくて寂しかった。シェーラの温もりがなくて寒かった。今こうしてシェーラと話せているだけでも、すごくうれしいんだ」
「そ、そんなこと、いきなりいあわれおああうあ……」
もじもじと腕を組んだり離したりしながらよくわからない言葉をもらしている。
この反応は間違いない、あと一押しだ!
「だから、シェーラさえよければ、今夜だけでもいいから、俺と一緒にいてくれないか」
「………………う、うん」
「そして、もう一度おっぱいを揉ませ……」
すごい勢いで剣が突きつけられた。
「あたしが第一王女だと知った上でまだこの身に触れたいというわけ?」
「はい嘘ですごめんなさい! 調子乗りました!!」
両手をあげて降参のポーズを取る。
「まったくもう……」
シェーラがため息と共に剣を納める。
呆れを通り越して軽蔑した視線が突き刺さってきた。
だってさぁ、いけると思うじゃんかよー。男はみんなおっぱいが好きなんだよー。どうしておっぱいが好きなのかって? それは、そこにおっぱいがるからだよ。きりっ。
「……まだなにかヘンなこと考えてるでしょ?」
「いいえなにも!?」
やっべえ、認識魔法だけじゃなくて、読心魔法まで使えるのかよ。
シェーラが顔を赤くして冷え切った目を向けながら、ブツブツとなにかつぶやいてる。
「……そんないきなりじゃなくて、ちゃんとしてくれれば、あたしだって、別に……」
「ん? なにかいったか?」
「~~~~~~~~ッ!! 別に!? なにも!? ユーマのバーカ!!」
すげえ怒られた。
目に涙を浮かべて顔を真っ赤にするほどだ。
そんに怒らなくてもいいじゃんかよー、俺だって健全な男子高校生なんだからさー。
もうちょっとは気を使ってくれてもいいと思わない?
中途半端におっぱいの感触を味わってしまったせいで、もっと先を想像しちゃうっていうかさ。
せめてこっちの世界でも画像検索ができればなー。そうすればおかずには困らないのに。
なんで小説を書いてたときの俺は、この世界をスマホが使える世界にしなかったんだ。そうすればこんな悩みをしなくてもすんだのに。
あーグチだけでも吐き出したい。
けど、ぶちあける相手がいない。
アヤメにこんなこといえるわけなんてもちろんないし、ダインもダメだ。考えてみれば俺の周り──というか、主人公のまわりに出てくるキャラクターはみんな女の子だ。
それはもちろん俺がそう書いたからなんだけどな。
俺は今まで小説に男なんていらないと思ってた。
だって男ならみんな、かわいい女の子とイチャイチャしたいと思うことはあっても、男とイチャイチャしたいなんて思わないだろ?
いや一部の特殊な性癖の人は知らないけどさ、普通はそうだろ。
だから親友キャラなんかも必要ないと思ってたけど、同じ主人公の立場になってよくわかる。
「あー新しい男ができないかな──────!」
「ええっ!?」
俺の叫びを聞いて、シェーラがものすごく驚いた顔をしていた。