12.訓練
アメリアの護衛を引き受けた俺たちは、再び訓練場へとやってきた。
それともいうのも、力を持て余したダインが近衛隊隊長のレインフォールと戦いたいと言い出したためだ。
仮にも相手は王宮近衛隊の隊長だ。
いきなり戦いを挑むなんて失礼すぎるし、向こうも受けるはずがない、と思っていたのだが、隊長は隊長で「あの『竜殺し』と手合わせできるとは光栄の至り」とか言い出してしまった。
やっぱ体育会系冒険者たちは思考が似てるんだな。
「そういいながら、ユーマもしっかり来てるじゃねえか」
「男に生まれたからには武に憧れるのは当然ですからな」
レインフォールが豪快に笑う。
ちがいますよ。ダインが大暴れしないように監視が必要だからですよ。
それに、俺としてもやりたいことがあったんでな。
ちなみにシェーラとアヤメはいない。
なにやらアメリアと話があるらしく、どこかへと行ってしまった。
まあ訓練場なんて本来女の子の来るところじゃないしな。
当然のようになじんでるダインが異常なんだ。
まず初めに、ダインと隊長が戦うことになった。
さっきまでと違って、今は一般の訓練兵も訓練している。
中央でダインと隊長が対峙すると、自然と訓練する手を止め、周囲を遠巻きに囲みはじめた。
「隊長が立ち会うなんて久しぶりだな」
「相手は誰だ? えらく美人だが」
「なんでもあの『竜殺し』らしい」
「あれが……? あんな細い腕で、あんなバカでかい剣が振れるのか?」
ひそひそと噂声が聞こえる。
やっぱダインは有名なようだな。
やがて両者が武器を構えると、周囲は息を呑むように静まりかえった。
立会人はいないため、開始の合図もない。
動き出すのは二人の呼吸があったとき。
ダインと隊長が、同時に地面を蹴った。
雄牛の突進を思わせる重装備の突撃に対し、ダインは両手で握りしめた鉄塊「竜殺し」を真正面から叩きつけた。
鋼が鋼を打つ甲高い金属音が響く。
空気を震わせる残響が耳に響き、二人の戦士が同時に笑った。
「くふっ、あはははははははははははは!」
「なるほどなるほど、さすがですな!」
なにがおかしくてなにがさすがなのか、もちろん俺にはさっぱりわからない。
しかしどうやら二人の中では意気投合したらしい。
そこから先の攻防は、俺にはほとんど見えなかった。
ダインのバカでかい大剣が軽々と乱打される。
小型のハリケーンが発生したのかと思うほどの暴力的な剣撃の嵐を、隊長の盾がことごとく防いでみせた。
攻撃し続けるほうが化け物なら、防ぎ続けるほうも化け物だ。
おそらくはほんの数秒でしかなかった攻防のあと、ダインが後ろに飛んで距離をとった。
その光景に俺は衝撃を受ける。
「ダインが、自ら後ろに下がった……!?」
あの戦闘バカのダインが敵から遠ざかるなんて、かつて一度でもあっただろうか。
「ははっ、さすがは近衛隊隊長ってか。思った通りやるじゃねえか」
「そちらこそさすが、竜を殺すといわれるだけはある。苛烈な攻めだった。しかし、まだ本気ではないようだな?」
その言葉に周囲がざわめく。
あれでもまだ本気じゃないってのか……?
ダインがニヤリと笑う。
「悪いな。新技を試す相手を探してたんだが、こいつを使っても平気かどうか確かめといたんだよ。心配すんな。こっから先は殺す気でいく。受け損なえば死ぬから覚悟しろよ」
急に周囲の温度が跳ね上がった。
ダインから発せられる殺気が訓練場に渦巻いている。
空気が揺らめき、わずかに赤く色を帯びはじめた。
「……おいおいおい、これガチなやつじゃねえか! 相手は近衛隊の隊長だぞ! おまえには手加減って言葉はないのか!!」
思わずあげた俺の叫びに、隊長が笑みをこぼす。
「心配は無用。これでも国王のそばを任される身だ。それに、命を懸けた試合こそ武人の本望というもの。城の訓練では味わえぬ。私もまた全力で挑ませてもらおう!」
「はっは! いいねえ! オレも燃えてきたぜぇ!!」
ダインが剣を振り上げる。
渦巻く魔力が目に見えるほどの濃度で凝縮し、真っ赤な紅蓮の炎に包まれた。
「燃え尽きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
剣を振り下ろすと同時に、炎の奔流が溢れ出す。
真っ赤な紅蓮の津波が盾を構える隊長を飲み込んだ。
え? え? 本当に殺してないよね?
さすがに心配になったが、炎が消えたとき、そこにいたのはわずかに焦げ後のついた隊長だった。
「さすがはダイン殿。すばらしい一撃だった」
「あんたこそ、耐え切るとはさすがだな」
なにやら認め合う二人。
もう俺には理解できない領域だ。
あとは二人で好きにやっててくれ。
その後もしばらく互角の戦い──というより、一方的にダインが攻撃し、それを隊長がことごとく耐えしのぐという戦いが続く。
ダインとの試合は、結局勝負がつかないまま引き分けとなった。
それにしても、ダインがすごいのは知ってたが、隊長もなかなか人間やめてるな。
小説の設定では、近衛隊隊長についてはなにも触れてはいなかった。
戦いに参加する予定もなかったからな。それがまさかこんなに強いとは。
いちおうは王都最強の騎士が王宮近衛隊隊長になるんだろうから、物理攻撃力だけなら人類最強と目されるダインに匹敵するのも当然なのか。
戦いが終わり一息つく隊長に声をかける。
「おつかれさまです」
「結局一撃も入れられなかった。情けないところを見せてしまったな」
「いえいえ、十分すごかったですよ。ダインの猛攻を防げる人間がいるとは思いませんでした」
本当にな。
人類には不可能だと思ってたよ。
いるところにはいるもんだ。
「久しぶりにいい汗をかかせてもらった。とはいえ、向こうはまだ本気を出してないようにも見えたがな」
隊長の言葉に、周囲の見習い騎士たちがどよめく。
あれで本気じゃないってんだから、そりゃ驚くよな。
けどダインが本当の本気を出したら、山が消し飛ぶくらいだからな。
例え隊長が無事だったとしても、王宮のほうが耐えきれずに吹き飛ばされてしまうだろう。
さすがのダインもそこまでは思いとどまる分別があってよかった。
単に対人用の技を試したかっただけかもしれないが。
「ところで休んでからでいいので、次は俺と手合わせしてもらえませんか?」
「ほう! ユーマ殿もやりますか。伝説の勇者殿にかなうとは思えませんが、ぜひ胸を貸していただきたい」
「いえ、俺は全然弱いですよ。勇者とか呼ばれてるのも何かの間違いなので」
「ご謙遜を。さきほどは見事な一撃で私を吹き飛ばしたではありませんか」
「あれはチートというか、消費が悪すぎるので。シェーラにも使うなと止められてるし」
威力を抑えたので命を消費するにまでは至らなかったが、体力を大幅に失ったのは確かだ。
「それにほら、俺はレベルこそ高いですが、ステータスはこんなんなので」
俺の冒険者カードを見せる。
最初はそのレベルに驚き、ステータスを見てさらに驚いた。
「このステータスであの威力……。さすがはユーマ様ですな」
あ、そっちですか。
「お、なんだなんだ。ユーマもやんのかよ。オレも混ぜろ」
早くも元気になったダインが加わってくる。
俺が隊長と戦いたいといったのは、あの騎士の技をラーニングするためだ。
守るために磨き上げた騎士の技を覚えれば、王女様も、仲間もみんな守れるようになるはず。
せっかくだ。あの炎の剣もラーニングさせてもらおうか。
俺に使いこなせるとも思えないけどな。
ひょっとしたらさっきの余波でラーニングしてるかも。
と思って取得可能スキル一覧を見ていると、見慣れないスキルがあることに気がついた。
【認識魔法 カモフラージュLV.10】
……なんだこれ? 認識魔法なんて聞いたことないぞ。
説明画面を開いてみる。
【認識魔法 カモフラージュLV.10
自分に対する相手の認識を変化させ、正体を隠す魔法。人間を石に見せるなど、形のかけ離れた認識操作ほど高いレベルが必要となる。一度見破られると効果が切れてしまうため、かけ直す必要がある】
効果を見ても知らない魔法だ。
とはいえ問題なのは、これが取得可能スキル一覧に入っているということ。
知らないうちにラーニングしたということは、知らないうちにこのスキルを使われたということだ。
昨日まではこんなスキルはなかった。
ラーニングしたスキルは毎日確認してるから間違いない。
今日は朝から馬車に乗って王宮に来ているから、出会っている人物は少ない。その中の誰かがこの認識魔法を使ったということになる。
誰かが俺に対して認識を操作したってことだ。
認識を変えたということは、正体を隠したということ。
……まさか、俺たちの中に偽者がいる?
少なくともダインは本物だよな。
あんなバカみたいな火力の攻撃を他にできる奴なんているわけない。
ほかには……と思ったが、少なくともいつもと違うメンバーはいなかった。
そもそも認識魔法なんてものがなんなのかわからないんだからな。
考えてもわかりそうにないことは、考えても仕方ない。
それよりも、もう一つ確認しないといけないことがあった。
「レインフォール隊長。アメリアは俺たちのことを知ってたようですが、誰から聞いたんですか?」
アメリアは俺たちに護衛を頼むつもりで試した。
そのためには、少なくとも俺たちのことを事前にある程度知らなければならなかったはずだ。
いくら魔王軍幹部を退治したとはいえ、そんなすぐに情報は入らないはずだ。
隊長はダインによって傷ついた装備を交換しながら答えた。
「フォーエンタール伯爵だ。あのお方は顔が広いのでな、色々な情報を知っておられる」
やっぱりな。
俺は心の中でつぶやいた。
王宮にはいろいろな思惑が渦巻いている。
良いことも悪いことも、いろいろな。