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5.アインスの街

 シェーラと一緒にアインスの街までの道を並んで歩いた。

 軽快な足取りで進むシェーラとちがい、俺のはその後ろをゼーゼー息を切らしながら歩いていた。

 なにしろ、いきなりこの世界にやってきてわけもわからないまま、慣れない戦闘までこなしたせいで体が思った以上に疲れている。


 転移したからといって能力を強化されるわけではないからな。

 ピンチになれば強いけど、逆にいえばピンチにならないと弱いってことだ。

 体育の成績なんて壊滅的な半引きこもりのオタクにこれはなかなかきつい。


 シェーラと出会った場所から、一番近いアインスの街までは約半日の場所にある。

 なぜ半日かというと、俺が小説内でそう描写したからだ。


 特に理由はなかったな。

 なんかこう、最初の街って「約半日の距離」ってのが定番というか、そんな感じだろ?

 だから俺も深く考えずにそう書いたんだ。


 正直いってさっさと休みたい。

 早く肉体強化のスキルを手に入れないとな。

 というわけで、俺はシェーラの案内のもとアインスの街までの約半日の距離──およそ六時間を歩き続けた。


「……って、遠おおおおおおおおおおいわっ!」


「うわっ、いきなりなによ」


 シェーラが若干引き気味の顔つきになる。


「なんでこんなに遠いんだよ! 最初の街ってすぐそこにあるもんだろ!」


「そう? そんな遠くもないでしょ。元々一人で行くつもりだったから馬車も用意してないし」


 シェーラがこともなげに言った。


 半日って、そうだよな。半日だもんな。

 俺が描写したそのままなんだから文句もいえない。12時間も歩かなかっただけ良しとしよう。

 次からとなりの街までは徒歩五分って描写してやる。


「ちなみに王都までは、馬車で約3ヶ月の距離よ」


 移動だけで一年の4分の1が終わるだと……?

 そう言われればあまり深く考えずにそれくらいの期間を書いた気がする。

 車も電車もない世界じゃそれが普通なのかもしれないが、これはどうにかしないとな。


 そんなことを悩んでいる間に、街の門が見えてきた。

 辺りはすでに夜だ。

 なにしろ半日も歩いたからな。そりゃ夜になるに決まってる。

 けど歩くのには困らなかった。空にでかい月がふたつもあるおかげでけっこう明るい。


 シェーラが近づくと、門番が門を開けてくれた。

 どうやら顔パスらしい。俺のことも「漂流者よ」と一言説明しただけで通してくれた。

 ゆるい門番だけど、街の入り口でもたついてたら話が進まないからな。さくっと中に入らせてもらおう。


「んーっ! やっと帰ってきたわね」


 シェーラが大きく伸びをする。

 気持ちは同じだが、俺はもうこのままぶっ倒れてしまいたい気分だった。

 とにかく疲れた……。


 ここでとある問題があることに気づいた。

 俺には金がない。

 なにしろなにも持たずに転移してきたからな。


 つまり、宿屋に泊まれないんだ。

 持ってるのは剣だけだが、これを売るわけにもいかないし。

 というわけなので──


「シェーラさん、寝るところがないので同じ部屋に泊めてください!」


 俺は思いっきり土下座した。


「は、はあ!? イヤに決まってるでしょ!」


 全力で断られた。


 そりゃそうだよな。会ったばかりの男にいきなり部屋に泊めてくれなんていわれたら嫌がるに決まってる。

 ここで即オッケーするほうが逆に心配だ。

 それでも俺は土下座し続けた。


 なにしろ俺には金がない。

 ここで放り出されたら野宿するしかなくなる。

 まあその辺で寝たからといって死ぬわけでもないだろうが、疲れたこの体を休めるためにもちゃんとした部屋で寝たかった。


 ちなみに小説内の主人公は現代知識チートを使ってお金を稼ぐものの、空いてる部屋がなくて結局一緒の部屋に泊まる、という流れなんだが、すでに真っ暗でどの店も閉まっている。

 今からその手は無理そうだ。


 それに俺には勝算があった。

 シェーラは気こそ強い女の子だが、根はちゃんと優しいヒロインだ。

 ゴブリンに襲われてた俺を助けてくれたくらいだし、その俺にピンチから助けてもらったという恩義もある。


 そんな俺が困っているとわかれば、放っておくことはできない。

 それがシェーラという女の子で、そういう気が強いくせに押しに弱いところが大好きなんだ。

 その後も土下座し続けていると、やがてため息が聞こえた。


「し、しかたないわね、今日だけだからね」


 よしっ!

 俺は心の中でガッツポーズした。






 宿屋は、まあ普通の宿屋だった。

 正面の入り口は閉まっていたので裏口から入る。

 二階にあがって部屋に入るシェーラに続いて、俺も足を踏み入れた。


 特に説明するところもないな。

 木造の部屋で、小さな机とベッドがあるだけの簡素な部屋だ。

 俺が異世界の宿屋といわれて思い浮かべるイメージ通り。俺が書いた世界なんだから当然か。


 前にも感じたが、描写しなかったところには俺のイメージが反映されてるようだな。

 逆に描写したところは問答無用で描写通りになるのは、約半日の距離を歩かされたから身にしみてよくわかってる。


 俺がじろじろと室内を見渡していると、シェーラがキッとにらみつけてきた。


「しかたないから今日だけ泊めてあげてるけど、そのかわりアンタは床で寝なさいよ」


 この狭さじゃしかたないか。

 見知らぬ男をいきなり同じ部屋に泊めてくれるだけでもチョロインすぎるんだ。これ以上の贅沢はいえない。


「ヘンなことしたら消し炭にするからね」


「ヘンなことって具体的にどういうことをいってるんだ?」


 つい興味本位で聞いてしまった。


「そ、それは──」


 シェーラの顔が赤くなる。

 どうやら具体的に想像してしまったらしい。


「な、なんでもいいでしょ! とにかく近づいたらぶっ殺すからね!」


 ちょっとからかっただけなのに、変なことをしたら殺すから、近づくだけで殺すへと、待遇がさらにひどくなった。


「はいはい、わかったよ」


 適当にあしらって床の上に転がる。

 さすがに木の床は冷たくて堅い。

 それでも外で寝るよりは断然マシだ。


 それにシェーラから借りたかけ布団を床に敷いて横になると、急速にまぶたが重くなってきた。

 なんだかんだいって色々あったからな。

 目を閉じると、俺はあっというまに眠った。




 せっかくのヒロインとの夜なのになんのイベントもなく眠るのはもったいない。

 なんていう気持ちは俺にはなかった。

 むしろ早く眠りたかったくらいだ。


 異世界で眠りについたら、真っ先に起こるイベントがあるだろ?

 俺は基本には忠実な話作りを心がけてるんでな。

 だからもちろん主人公もこのあと定番のイベントに遭遇する。


 そう、例のあの夢だよ。

次は20時更新予定です。

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新シリーズはじめました。
優しさしか取り柄がない僕だけど、幻の超レアモンスターを助けたら懐かれちゃったみたい
助けた美少女モンスターとのまったり日常二人旅(の予定)。こちらもよろしくお願いします。
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