10.決闘
王都近衛隊隊長レインフォールと戦うため、王宮の訓練場へとやってきた。
いつもは訓練兵が使う場所だろうそこは、いまは人払いされて俺たちしかいない。
タキシードからいつもの装備に着替えた俺に、シェーラが声をかける。
「レインフォール隊長は本当に強いからまず勝てないと思うけど、負けたら承知しないわよ」
「どっちだよ。勝てないならどうしようもないだろ」
「情けないことしないでねって話よ。負けたらあたしたち偽者ってことにされるんだから」
「……仮に偽者ってことになったら、どうなるんだ?」
「仮にも王様をだましたんだから普通に死罪。よくて無期懲役でしょうね」
笑えねえ。
そりゃ偽者扱いされるのは困るな。
物語も進まなくなっちまうし。
「いや、ユーマ。負けてもいいぞ。オレが仇はとってやる。むしろ負けろ。オレにも戦わせろ」
ダインが珍しく優しいことをいうと思ったら、そういうことかよ。
そんな戦闘バカ二人の横で、アヤメが心配そうな表情を浮かべた。
「ユーマ君、無茶しないでね」
ああ、やっぱりアヤメはこのパーティー唯一の癒しだな。
アヤメの暖かな心にいやされていると、訓練場の反対側から全身鎧の人影が現れた。
頭から足の先まで、一分の隙もなく鎧で覆われている。
「準備はできているようだな」
その声からレインフォール隊長であるとわかった。
実をいうと、隊長の装備は小説じゃほとんど描写しなかった。
なので、こうして見るのは初めてだったりする。
全身鎧だけじゃなく、体の半分を隠すような大盾を構えている。
そのせいで隊長の姿はほとんど見えない。
盾を左手で持っているためその分だけずれた隙間から隊長の姿が見えるが、同時にその隙間から長大な槍の先端が俺を狙っていた。
なるほど。
近衛隊は戦うための騎士じゃなく、守るための騎士だからな。
重武装になるのは当然。
その上で戦うとなれば、やはり剣より槍なんだろう。
逆にさっきの部屋では剣を装備してたっけ。
部屋の中では今ほどの重装備じゃなかったし、なにより狭いからな。槍を振り回すスペースがない。
だから小回りの利く剣を装備してたんだろう。
訓練場にはシェーラたちの他、俺たちを先導してくれたメイドさんもいた。
訓練場のすみに控えながら、意外にも真剣な眼差しで俺と隊長の方を見つめていた。
「では、両者中央へ!」
王様が直々に声を上げる。
広い訓練場の中央で俺と隊長が向かい合った。
隊長はめちゃくちゃ重そうな装備だったけど、重さを感じさせない足取りだった。俺だったらたぶん一歩も動けないんだろうな。
「我が槍は鉄をも貫く。降参するなら今のうちだぞ」
「いや、そういうわけにもいかないんで」
シェーラにも負けたら承知しないといわれてるしな。
兜の奥に見える鋭い目が俺を真正面から見つめた。
「虚勢ではない、か。相当の修羅場をくぐってきているようだな」
「そりゃわけわからんドラゴンと戦ったくらいなんで」
「ふっ、疑うような真似をして悪かった。こうして相対しただけでわかる。貴殿は本物の勇者だ」
意外にも隊長はそういった。
「じゃあ決闘は中止ですか?」
小説にはそんな展開はなかったが。
「本来ならばそうだろう。しかし、事情があってな。ここで引くわけにはいかないのだ」
事情ねえ……。
まあ、その事情とやらは俺も知っている。
だからこうして隊長と戦うことにしたわけだしな。
隊長はさっきまでの厳しい口調でなく、いくらかは親しみやすいものになっていた。
たぶんこっちが素の口調なんだろうな。
「それに、私の中にある戦士としての魂が、貴殿と刃を交えたいと思っている。手合わせ願えるかな」
「いいですよ。ちょうど俺も試したいことがあったんで」
「ありがたい。では、全力でいかせてもらおう」
「両者、構え!」
隊長が腰を落とし、槍を構える。
たったそれだけで隊長の雰囲気が変わった。
肌がビリビリと震え、氷のように冷たい汗が頬を滑る。
なるほど、ひょっとしたらこれが「覇気」ってやつなのかもな。
たしかになんの訓練も受けてない状態でこれをされれば、気絶してもおかしくない。
俺だって何度も死ぬような目に遭ってきたから、なんとか耐えられているようなものだ。
俺たちの距離はだいたい十メートルくらいか?
意外と広い間合いだが、隊長相手ならこの距離は一瞬で詰められてしまうだろう。
重鈍な騎士は動きも遅いが、かわりにあるスキルがある。
それが槍系突進スキル「チャージ」だ。
堅い鎧と盾を構えたまま、まっすぐに突進してくる。
基本的な物理法則として、重くて早いほど強い。
多少の攻撃なんてその防御力の前にほとんど無効化され、逆にその重量を活かした衝撃力は岩すら粉々に砕いてしまう。
騎士の基本スキルにして、どんな攻撃も防御も打ち砕いてしまう最終奥義。
それが王都最強とまでいわれる近衛隊隊長のチャージだ。
現代に例えるなら時速100キロで走るトラックと正面衝突するようなものか。
正面からまともに打ち合えるのは、それこそダインくらいだろう。
身を構える俺に対し、国王がちらりと視線を向ける。
「……ユーマ殿、剣も抜いておられないようだが」
「大丈夫です」
どうせ生半可な俺の剣技なんて、隊長には通用しない。
俺は俺なりの全力でいかせてもらう。
俺の覚悟を感じ取ったのか、国王様も無言でうなずく。
「わかった。では……始め!!」
訓練場いっぱいに響く号令と共に。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
隊長が雄叫びをあげて突進してきた!
盾と槍を構えて突っ込んでくるその姿は、まさに重戦車だ。
出し惜しみなんてする余裕なんてない。
俺もまた腕を突きだし、力の限りに叫んだ。
「スキル発動! <ディケイドロアーLV.1>!」
目を灼く光が手のひらから放たれる。
一瞬の閃光が訓練場を白く染め上げた。
「ぬうううううぅぅぅっっっ!!」
竜の光に押された隊長は、即座に槍を捨て両手で盾を構えた。
大地を踏みしめる足が、地面に二本の溝を刻む。
嘘だろ! これを耐えるのかよ! マジですげーなこの人!
とはいえ、さすがに耐えられたのは一瞬だけだった。
重装備で固めた体が浮き上がり、訓練場の壁へと叩きつけられる。
建物全体を揺るがすような激しい衝突音が響きわたった。
「勝負あり、それまで!」
国王様の宣言と共に、俺の視界がぐらりと揺れた。
足に力が入らなくなり、体が前へと倒れる。
「はは……。やっぱ無茶だったか……」
「ユーマ!?」
「ユーマ君!!」
シェーラとアヤメが慌てて駆け寄ってきてくる。
受け身も取れずに顔面から突っ込んだ俺を急いで抱き起こしてくれた。
ディケイドロアーは俺の命を代償とする危険なスキルだが、威力を抑えればその分だけ消費する体力も小さくなる。
ならば極限まで抑え込めば、命を消費せずに使えるのではないか。
そう思って放ったのがさっきの<ディケイドロアーLV.1>だ。
威力を4000分の1にまで落としただけあって、使用した後でもちゃんと意識が残ってる。
結果としては成功だろう。
が、それでもやっぱり強すぎたようだ。
シェーラとアヤメの二人に抱き起こされながら、俺は身動きがほとんどとれなかった。
なんつーか、すっげー疲れてる。
肉体的というよりは、精神的疲労かな。
24時間一睡もせずに小説を書き続けたら、きっとこんな感じになるんじゃないだろうか。
「ユーマ、どういうことよ! 今のスキルは二度と使わないって約束でしょ!!」
「いや、いけるかなって思ったんだよ……」
「す、すぐに回復するね!」
温かな光がじんわりと包み、疲労が少しずつ抜けていった。
どうにか動くようになった首で前を見ると、吹き飛ばされた隊長は、鎧ごと壁にめり込んでいた。
……あれ、鎧がなかったら死んでたよな。
限界まで威力を絞ってもまだこれだけの威力が出るのか。
使い方には気をつけないとな。
メイドさんが慌てて駆け寄る。
俺たちを案内してくれたメイドさんだ。
めり込んだ鎧に手をかけようとするが、その前に隊長が自力で脱出した。
「はっはっは! さすがは伝説の勇者殿ですな! さすがの一撃! これは本物ということで間違いないだろう!」
あれだけの一撃を受けた後なのに、ダメージを追うどころが豪快に笑い出した。
頑丈にもほどがあるだろ。
この不死身さはダインに通じるものを感じるんだけど。
メイドさんがそんな隊長をおろおろと見上げている。
「すみません、わたくしのために、こんな……」
「なあに、このレインフォール、久々に戦士の血がたぎる熱い思いができました。礼を言わせてもらいたいのはこちらのほうです」
「それでアメリアよ、決心はついたか」
国王様の問いかけに、メイドさんがこくりとうなずく。
そして俺たちの前に立つと、深々と頭を下げた。
「試すような真似をして申し訳ありません。伝説の勇者であるユーマ様に、是非ともお力をお貸し願いたいのです」
「たかがメイドがか?」
ダインの高圧的な物言いに、メイドさんが再び頭を下げる。
「申し遅れました。わたくしはアメリア=ユークリウス。この国の第二王女です」
持ち上がったグリーンの瞳を真正面から受けて、あのダインがわずかに気圧される。
さすがは王女様ってところか。
意志の強い瞳をまっすぐ俺に向けると、再び深々と頭を下げた。
「この国を救うため、是非ともお力をお貸しください」
さあ、王女編の始まりだ。