9.謁見
メイドのお姉さんに連れられてきたのは、大きな扉の前だった。
扉だけでも高さ三メートルはありそうだ。
見上げると、その迫力に思わず生唾を飲み込んでしまう。
「さすがに緊張してきたな……」
「そ、そう、だね……」
アヤメも少し震えている。
なにしろこれから王様と会うんだ。
日本なら総理大臣と会うようなもの。緊張するなってほうが無理だ。
「情けないわね。しゃきっとしなさいよ」
シェーラが無理な注文を付けてくる。
「ユーマがリーダーなんだから、堂々としてくれないとあたしたちも困るのよ」
「そんなこといってもな。こっちは庶民なんだ。ビビるのは仕方ないだろ」
「王様っていっても中身は人間なんだから、そんなに緊張することないわよ」
「そうだぜ」
となりでダインもうなずく。
「王族っつってもしょせんは人間だ。戦えばオレたちのほうが圧倒的に強い。いざとなりゃブン殴っちまえばいいんだよ」
「なにがいいんだよ。そんなことしたらその場で死刑だろ」
ダインならやりかねないから笑えない。
美しすぎる冒険者が好戦的な笑みを浮かべる。
「はっ。冗談に決まってるだろ。いくらオレでもそこまでバカじゃねえ。要は、そういう気持ちでいれば少しは緊張もほぐれるってことだ」
ひょっとして、俺を気遣ってくれたのだろうか。
あのダインが珍しい。今の俺がそれだけひどいということか。
あのダインが優しさを見せるなんて、人も変われば変わるもんなんだな。
なんて俺がちょっとした感激に浸っていると、当のダインがニヤリと笑った。
「目の前で偉そうにふんぞり返っているやつも、その気になればいつでも殺せる程度の雑魚だ、と思えば少しは寛大な気持ちになれるだろ」
前言撤回。
やっぱりダインはダインだった。
俺の感動を返せ。
「ふふ、仲がよろしいのですね」
メイドのお姉さんが笑みをこぼす。
「そんなに緊張なされることはありませんよ。ダイン様のおっしゃる通り、王様といってもただの人間です。それに気さくなお人柄ですから、今のようなみなさまの方が喜ばれると思います」
「そうだといいんですけど……」
俺たちの緊張をほぐすために、あえてそういってるのだ、ということくらい俺でもわかる。
さすがに今のノリで王様の前に出るわけにはいかない。
とはいえ、なんだかんだで緊張もほぐれてきた。
それを察したのか、メイドのお姉さんがニコリと微笑むと、恭しく扉をノックした。
「冒険者ユーマ様をお連れいたしました」
「入れ」
扉越しにもわかるほど威厳のある声。
お姉さんの細い腕にも関わらず、巨大な木製の扉は軋み音ひとつなく静かに開いた。
俺のイメージでは、謁見の間というのは、赤い絨毯が部屋の奥にまで続き、その先にある一段高いところに置かれた大きな椅子に王様が座している、というものだ。
だから謁見の間というのもそういう感じなんだろうと思っていたが、案に反して目の前に広がっていたのは、大きな長方形のテーブルと、そこに並べられたイスだった。
謁見の間っていうか、食堂とでもいったほうが近そうな部屋だ。
「貴殿がユーマか」
テーブルの一番向こう側の席から、威厳のある声が響く。
えらく時代がかった口調だ。
たぶん俺のボキャブラリーのせいなんだろうな。
俺がそんなことを考えていると、となりからシェーラの肘でつつかれた。
「なにぼけっとしてんのよ。挨拶しなさい」
おっと、そうだった。
「あー、えーと、本日はお日柄もよくお招きいただいてとても光栄で……」
「……あー、もういいわ」
なぜかシェーラに止められた。
バカな。これでも一晩練習したんだぞ。完璧なはずだ。
なのにアヤメやダインまで笑っている。入り口付近で控えるメイドさんまで笑みをこらえていた。
「はっは。そう畏まらずともよい。今日は話を聞きたいと思っただけだ」
俺の緊張ぶりを見てか、急に砕けた口調でそういってくれた。
メイドさんのいってた通り、いい人なんだろうな。
「好きな席にかけるといい。まずは食事を運ばせよう」
王様が手を挙げると、控え室から現れたメイドさんたちが大量の料理をテーブルに並べた。
「大したものではないが、食べながらでよい。話を聞かせてくれ」
そういって、威厳さのかけらも感じさせない人なつっこい笑みを浮かべた。
王様との話は、そんなに大したものではなかった。
魔王幹部とはどのようなものだったのかとか、今まで見つけられなかったのになぜ今になって見つかったのかとか、いったいどうやって倒したのかとか。
魔王の幹部の正体がアンデッド化されたエンシェントドラゴンであり、ダインの一撃で山が崩壊し、ドラゴンの一撃で森の一画が消し飛んだことを話すと、さすがに驚いた顔になった。
そばに控えていた鎧姿の男が一歩前に進み出た。
たしか近衛隊隊長の男だ。
「さすがにそのような話、信じられないな」
威圧するような目が俺を見る。
ですよねー。
森一つを消し飛ばすような攻撃を受けてなんで生きてるんだって話だし、しかもそれを正面から打ち負かしたってんだから、自分でいっててすっげー嘘くさいと思うわ。
でもラグナの正体や俺の正体を明かすわけにはいかないからな。
それに俺が一度死んだことについてはアヤメにもいってない。余計な心配をかけたくなかったからな。
なので大事なところがいくつも抜け落ちた話になってしまった。信じられないのも無理はない。
でもたぶん本当のことをいった方が信じられなかったと思うな。
「貴様等、本物なのであろうな。よもや我らが王をたばかろうなどと思っているのではないか」
「よさんかレインフォール。失礼だぞ」
王様がたしなめるが、隊長は止まらなかった。
「貴様が本物の『勇者』なのか確かめさせてもらう」
そういって、腰の剣を抜きはなった。
「先ほどの話が本当なら、我が剣ごとき容易く受け止められるはずだ」
なんだその強引な展開は、と思うときはだいたい俺の書いた小説の通りになっていることが多く、実際このやりとりも小説の通りだ。
常識的に考えて、国王が招待した国賓に対して剣を抜くとか、いくら近衛隊隊長といえどもその場で死罪ものだと思うんだが、俺が書いたんだからしょうがない。
書いてたときは、まあだいたいこんなもんだろ、と思いながら書いてたけど、こうして実際に目の当たりにするとよくわかる。
ご都合主義にもほどがあったわこれ。
近衛隊隊長が剣を抜いたことで、室内に緊張が走った。
張りつめた空気の中で真っ先に動いたのは、思った通りダインだった。
「いいぜ。ちょうど退屈してたところだ」
美しいドレスを身にまとったまま、獣のような笑みを浮かべる。
「王都近衛隊隊長ってことは、この国で一番強いってことだろ? 少しは楽しめそうだ」
さすがにこの場に剣は持ってきていない。
ドレス姿の丸腰だというのに、まったく臆することなく挑みかかった。
「って、いやいやちょっと待て」
闘争心をむき出しにするダインをどうにか諫める。
こいつは手加減ってものを知らないからな。
素手でも城のひとつくらい簡単に壊しそうだ。
「挑発されたのは俺なんだ。俺がやるよ」
隊長の表情がぴくりと動く。
「ほう。逃げぬか。度胸だけは本物のようだな」
受けて立つとは思ってなかったのかもしれない。
まあ偽者なら、王都最強といわれる近衛隊隊長と戦うなんてしないだろうしな。
俺だって本来なら戦いたくない。
でもこれは小説通りの展開──つまり、物語を進めるための必須イベントなんだよな。だから逃げるわけにはいかない。
それに勝ち目がないわけではない。
ちょうど一つ試してみたい必殺技があったんだよな。