6.限界突破
「…………………………はぇ?」
変な声をもらしたのはランサーだ。
「い、い、いちまんにせんごひゃくううううううううううううううううううううううううううううう!?」
「ユーマさん、ギルドの歴代最高レベル更新おめでとうございまーす!!!!」
ミリアさんが大声で告げて、ガランガランと鐘を鳴らす。
その騒ぎに他の冒険者たちも驚いたように集まってきた。
「なんだなんだ」
「歴代最高レベル更新だってよ」
「いくつだ」
「い、12500らしい……」
「はあ!? そんなのありえるのかよ!?」
「マジか……。どんな化け物なんだ……」
「なんでもあの『竜殺し』と『緋炎』を顎でこき使う男らしい」
「何者だそいつ……。化け物を従えるのはやはり化け物だけってことか……」
なんか無茶苦茶な噂がすごい勢いで拡散しているんだが。
「あ、あの、ミリアさん。これ以上あんまり話を大きくしないでもらえると……」
「なにいってるんですか! 歴史に名を残す大偉業ですよ! 少なくともこの一件だけでも、ユーマさんの名前は永久に語り継がれるでしょう!」
若干引いてる俺とは対照的に、ミリアさんはすでにテンションマックスだった。
「伝説の勇者の再来だなんだといってる場合ではありません! むしろ新たな伝説がここから作られるんですよ!! さっそく吟遊詩人ギルドに頼んで詩を作ってもらい、ついでに10メートル級の銅像も建てちゃいましょう!!!」
「絶対にやめてください!!」
なにその罰ゲーム! 死んでもやだよ!
だというのに、なぜか周囲の職員たちは感銘を受けたように立ち尽くしていた。
「おお、なんと奥ゆかしい方なのだ……」
「魔王幹部を退治しただけでなく、これだけの偉業を成し遂げておきながら、なお謙遜されるなんて……!」
「これぞ真の勇者。自ら勇者だと名乗るような輩とは大違いだ」
「名前はなんといったかな?」
「変な名前だったことは覚えてるんだが……。忘れるってことは、大した者ではなかったのだろう」
ランサーが打ちひしがれたように両手を床についてうなだれていた。
精神にダメージを受けているようだ。
「バカな……! こんなの、あり得ない! 何かの間違いだ!」
血の涙を流すランサーの横に、ミリアさんが静かにしゃがみ込んだ。
「間違いじゃありませんよ」
優しく、だけど目の奥が笑ってないままランサーに顔を近づける。
「ユーマさんは魔王幹部の一人を倒した本物の勇者様です。しかもその正体は、神にも匹敵するといわれるエンシェントドラゴン。実力は本物です。ユーマさんをバカにするなら、この私が許しませんよ」
ミリアさんに気がついた周囲の冒険者たちがざわつきはじめた。
「うおっ、あれミリアじゃないか……?」
「いつのまに王都に帰ってきたんだ」
「短い平和だったな……」
「ミリア様を怒らせるとか、あいつ終わったな」
なにやら不穏な噂がいくつも聞こえてくる。ランサーが明らかにうろたえていた。
つーか、王都の屈強な冒険者たちにも恐れられるって。ミリアさん何者なの?
「そのミリアに気に入られているあいつもヤバくないか?」
「知らないのか? あれが例の勇者様だよ」
「あいつが? 見た目じゃわからんもんだな」
「一緒にいる仲間は『緋炎のシェーラ』と『竜殺しのダイン』だぞ」
「ミリアに脅されてるあの男は誰だ?」
「なんとかって名前の槍使いだったな。確かレベルは高いんだよ」
「ああ、聞いたことあるな。100ちょっとでけっこうすごいって話題になってたけど」
「12500が出たからな。もう話題にもならないだろう」
「いや、もう一度だけ話題になるチャンスがあるぞ。帰ってきたミリアの犠牲者第一号としてな」
なにそれ怖い。
「なるほど、こいつはすごいな」
冒険者カードをのぞき込みながら、喜びを隠しきれないようにつぶやいたのはダインだ。
「これだけレベルが上がったんだ。ステータスも相当上がったんだろ?」
確かにそうかもだけど、どうして背中の剣に手をかけながら聞くんですかねえ。
レベル999の段階でステータスはだいたい100くらいだったからな。
レベル12500なら、単純計算でもステータスは1250になってるはず。
しかも普通は、レベルが上がるごとにステータスの上昇値も上がるからな。
レベル12500ともなればステータスも2000、あるいはもう3000くらいまでいってるかもしれん。
俺だって男だ。
強くなるといわれれば、なんだかんだでやっぱりうれしい。
ちょっとワクワクしながらステータスを表示させた。
【伊勢悠真 LV.12500
HP:100
MP:100
攻撃力:100
魔力:100
防御力:100
精神力:100
素早さ:100
運:100】
「なにひとつ変わってないんですけど!?」
「なーんだ、ただの雑魚か」
「12500なんておかしいと思ったんだよな」
「あのステならレベル12がいいとこだろ」
あれだけ熱狂していた冒険者たちがあっというまに離れていく。
いや、うん。いいんだけどね。騒ぎになるよりは。
でも手のひら返すのはやすぎてさすがの俺もちょっと泣きそうだわ。
「ま、ユーマだからそんなもんでしょ」
「だ、大丈夫だよ、私はちゃんとユーマ君は優しいって知ってるから……!」
うわあん、優しさが胸に痛い。
「だいたい職業が冒険者なんだから、ステータスが低いのは当然でしょ」
「そ、そうなのか……?」
そんなの初耳なんだけど。
「剣士なら攻撃力が普通よりも上がりやすくなり、魔法使いなら魔力が上がりやすくなるわ。
でも冒険者ってのは、初期職。つまりステータス上昇に関してはなんのボーナスもない一般人ってこと。だからステータスは普通の村人と同じで100が最大値なのよ」
ええー。まさかのステータス100でカンストとか。
つまり「冒険者」って「村人」となにもかわりがないってこと?
本当になんのメリットもない職業じゃん。
異世界の不遇職っていったら、誰も本当の強さを知らないから使われてないだけであって実は世界最強、ってのが普通だろ。
なのに、なにもないとか。
そんなんだったら、俺もさっさと転職したい。
けど、そうするとラーニングしたスキルが使えなくなるのか。
ぐぬぬ……。まさかこんな落とし穴があるとは……。
「あー、おったおった! なんか騒ぎになっとるからおるかもしれへんって思たら、やっぱしおった」
俺が落ち込んでいると、身軽な女の子がステップを踏むような軽快な足取りで近づいてきた。
やってきた女の子を見て、ランサーが「しまった」という顔になる。
「ほんま男はしょーもないやっちゃなあ。ほんでランサー今度はなにやらかしたん?」
来て早々にランサーのせいだと決めつけたこの子の名前はサラ。ショートカットで元気いっぱいの女の子だ。
ちなみにランサーの相棒の女の子だから、名前を逆にしてサラにした。
ランサーとサラ。覚えやすくていいだろう。
……いまさらだけど、俺の名前の付け方ほんといい加減だな。
名前なんてあまり悩まずに、その場でぱっと思いついたものをそのまま使っちまうからな。
この世界の人たちは普通に受け入れてくれてるからいいけどさ。
職業は盗賊。身軽で露出度の高い服を着ている。言葉がエセ関西弁なのは小説と変わらないか。
大阪なんて行ったこともないので、適当にそれっぽい感じで書いたり、たまにネットの方言メイカーで変換しながら書いてたんだよな。
なので間違ってるところとかあったらそれは全部方言メイカーのせいだ。俺は悪くない。
現れたサラを見て、ランサーが顔をしかめる。
「なにもしてねえよ。むしろしでかしたのはこいつのほうだ」
そういって俺を指さす。
俺が何かをしでかしたわけじゃないと思うんだが。
サラも疑いの目を向けていた。
「ほんまに? どうせまたしょーもない理由で自分のほうが偉いやとか騒いだんやろ?」
「うぐっ。ま、まあ、そういう部分も少しはあったけどよ」
「やっぱしせや! ランサーは毎度ろくなこってんしやんから大人しくしててってゆうてんけど、全然ゆうこと聞かへんやない! あとで謝って回るウチのこっても考えてほしいわ」
すごい勢いでまくし立てる。
あのランサーが言葉に詰まってなにもいえなくなっていた。
自分のことを俺様というようなランサーでも、幼なじみのサラには頭が上がらないんだよな。
サラが俺に向かって頭を下げる。
「ホンマ堪忍な! ウチのアホランサーにはよーく言い聞かせておくさかい、これで堪忍してや! な?」
そういってパチッとウインクする。
かわいい。
こんなんされたら誰でも許すわ。
「なーにデレデレしてんのよ」
「デレデレなんかしてないから足の上に置いたかかとに徐々に体重かけるのやめてやめてシェーラのステータスで踏みつぶしたらマジで潰れるから!」
「ほんっとに、男ってバカね」
シェーラがため息と共につぶやくと、サラがうんうんとうなずいた。
「ほんになあ。そっちも苦労してるみたいやね」
「お互い様ね」
なぜだか二人は早くも意気投合していた。
会ってまだ1分程度なのに、早すぎない?