5.ライバル
「ちっ、騒がしい奴らがいると思ったら、てめーが噂の勇者様だったとはな」
不機嫌な表情で近づいてきたのは、剣士風の男だった。
他の冒険者たちと違って質の高そうな装備に身を固めている。
口調こそ小物じみていたが、それは俺の文章力が足りないせい。
つまり、小説に出てきたときとまったく同じセリフってこと。小説にも登場するキャラクターってことだ。
そうだった忘れてたよ。王都のギルドではこいつと会うんだったな。
現れた男を見て、真っ先に反応したのはダインだった。
「なんだおまえ、そこそこやるみてえじゃねえか。ケンカならいくらでもつきあってやるぜ」
好戦的な笑みをむき出しにする。
せっかくの美女が一瞬で台無しだ。
男の方もニヤリと口元をゆがませた。
「あんたは『竜殺し』のダインか。噂通りのやつみたいだな」
殺気をむき出しにするダインを、正面から堂々とにらみ返した。
バーサーカーも裸足で逃げ出すダインと正面から対峙できるだけでも、すでに並の冒険者ではない。
俺なら即座に視線を逸らして逃げ出すからな。
突然だが、物語の数だけ主人公がいるように、主人公の数だけライバルが存在する。
俺の小説だってもちろん同じだ。
それがこの男、ランサーだ。
武器はもちろん槍だ。
名前が名前だからな。これで剣持ってたら詐欺だろ。
……さすがに名前がちょっと安直すぎたかなって反省してる。
ギルド内なので槍の穂先には鞘を付けているが、それでもその凶悪さは周囲を十分に威圧していた。
ランサーはしばらくダインと好戦的な笑みをかわしていたが、やがて口元をゆるめた。
「まあいい、今日はあんたに用があるんじゃない。用があるのはこっちだ」
そういって俺をみた。
ま、主人公のライバルだしな。そりゃ俺を敵視してるに決まってるか。
「伝説の勇者だなんだと名乗ってるようだな」
「名乗ってなんかいないぞ」
「ふん、しらばっくれたって証拠は……は? 名乗ってない?」
ランサーが拍子抜けした表情になった。
「そんな恥ずかしい肩書き自分から名乗るわけないだろ。ミリアさんが勝手に噂を流してるだけで、俺としては目立たずにひっそりと活動したいんだよ」
有名になっていいことなんかなにもない。
お前みたいなのに絡まれるしな、とまではいわないでおくが。
「なので伝説の勇者の称号はお前にやろう。よかったな勇者ランサー。これからはお前が世界を救ってくれ」
ぽんと肩をたたくと、ランサーもまんざらでもなさそうな顔になった。
「お、おう。そうか。悪いな。どうやらお前のことを誤解してたみたいだな。まあ任せておけって。俺様にかかれば世界くらいなんてことないさ」
へへっ、と照れたように鼻をかくランサー。
まるで少年のような笑みを浮かべると、俺に向けて握手の手を伸ばし……
「なんて言うとでも思ったか! バカにしやがってこの野郎!」
おっと。
やっぱりダメだったか。
ランサーというのは、簡単にいえば自己顕示欲の固まりだ。
とにかく自分が一番すごいと思っており、他人にもそう思われることを望んでいる。
そして実際にそう思うだけの実力もある。
天才でありながら、自分より優れた者が現れると修行の末に追い越してみせる努力家でもあからな。なんだかんだで真面目なんだよな。
チート性能で色々恵まれている主人公が、自分の能力に慢心せずに鍛え直すきっかけともなる良きライバルだ。
お互いに高めあう対等の関係であり、これが女の子ならツンデレかわいいとなるんだが、なにしろ男だからな。
つきまとわれてもうっとおしいだけだ。修行なんて面倒なこと俺もしたくないし。
「勇者たるもの強くならねばならない。俺様を差し置いて貴様のような貧弱なやつが勇者などと呼ばれるなどあってはならないんだよ!」
いってることはもっともなんだけどなあ。
実際俺も勇者になんてなりたくない。
陰でこっそり世界を救って、後はのんびり余生を過ごさせてくれよ。
「だいたい勇者かどうかなんて比べようがないだろ。まさかこんなところで戦うわけにもいかないし」
「戦わずとも強さを示すものがある。それがこれだ」
そういって取り出したのは、冒険者カードだった。
「レベルの高い方が強い。これなら文句もないだろう。といっても、俺様に勝てるやつなんていないけどな」
めちゃくちゃ自慢そうに語りながら、カードに表示された情報を見せつけてきた。
【ランサー 上級槍使い Lv.116】
「ふふふ、どうだ! 王都でも三人しかいないレベル3桁! その中でも俺様はもっとも高いレベルの冒険者だ! 相手が悪かったな! はーはっはっは!」
……あー。
俺たちは気まずい沈黙で見つめ合った。
いや、うん。
ランサーは確かに強いんだよ。
長い旅を経た主人公たちでもレベルは100を超えなかった。
そこに現れるレベル3桁超えのライバルと、格下のはずの主人公に負けるライバルという構図は、お互いがお互いを意識しあう格好のポジションといえたんだ。小説内では。
でも俺たちはエンシェントドラゴンというチート級のモンスターを倒しちゃったので、まあなんというか。
「……ごめんな?」
「な、なにがだ!? なんでお前等そろってそんなかわいそうな目で俺様を見てるんだ!」
こんな得意げにしてるところに現実を見せつけるのは、さすがの俺でも忍びない。
だというのに。
「うーん、見せたほうが早いんじゃない?」
さすがシェーラさん容赦ない。
言葉にこそ出さないが、顔に「面倒だからさっさと追い払いなさいよ」と書いてあった。
シェーラの提案によって、ダインとアヤメもそろって冒険者カードを取り出す。
【シェーラ LV.158】
【ダイン LV.139】
【アヤメ LV.86】
「………………は?」
ランサーが目を丸くして固まった。
シェーラやダインはともかく、アヤメですらレベルは80台だ。驚くのも無理はないよな。
俺だってはじめて見たときは驚いたもん。
よく考えたらこんだけレベルが高いなら、半年間の長い旅路編を通して成長する必要もなかったのか。
ひょっとしたらテレポートによるショートカットの整合性をとるために、レベルも多少高めに上がってたのかもしれないな。
俺はランサーの肩を優しくたたいてやった。
「……ごめんな?」
「あ、哀れむんじゃねえええええええええええええ!」
泣き叫びながら俺の慈愛に満ちた手を振り払った。
「お前は、お前はどうなんだ!? これは俺とお前の対決だろ! 俺はまだ負けてねえ!」
「あー、悪いな。俺のカードは今ちょっと手元になくてな」
俺がいうと、とたんにランサーが小馬鹿にするような態度になった。
「はっ! どうせそんなところだと思ったぜ! お前みたいなのまでこんな高レベルなわけねえからな!」
「ああ、そうだな。ランサーの勝ちでいいよ」
「……くっ! なんだその上から目線は……!
ふん。だが、まあいい。お前がカードを隠すような腰抜けだとわかったからな。伝説の勇者には俺様のほうがふさわしいということだ」
再び高笑いを響かせるランサー。
うーん、これが女の子なら微笑ましくなれるのにな。男だとイラッとするだけだ。なんで男なんかにしたんだろ俺。男キャラなんていらないよ。
もうなんでもいいから早く帰ってくれないかな。
いい加減にしてくれないとそろそろ……。
俺が不安を感じていると、急に受付の奥から悲鳴のような歓声のような声が響いてきた。
「ん、なんだ?」
ランサーも受付のほうに目を向ける。
いろんな人の走り回る音が響き、やがてニッコニコの笑顔を浮かべたミリアさんが現れた。
「ユーマさん! 更新終わりましたよ!!」
手には俺の冒険者カードを持っている。
「ほう、カードが手元にないというのは本当だったのか」
ランサーがニヤニヤした笑みを浮かべた。
「腰抜けよわばりをして悪かったな。その非礼については詫びよう。で、レベルはいくつなんだ?」
「あらあら、ランサーさんじゃないですか。ひょっとしてランサーさんもユーマさんの噂を聞きつけてきたんですか?」
「まあそんなところだ。伝説の勇者の再来がいると聞いてな、どれほどのものか見に来たというわけだ」
相変わらずニヤついた表情のランサー。
と、いきなり受付の横にある扉が開くと、中にいたギルド職員全員が飛び出してきて一列に並んだ。
え? え? なに? なにが起こるの?
混乱する俺の目の前で、ミリアさんが、それはもう満面の笑みでカードを差し出す。
「さあどうぞ! ご自身の目でご確認ください!!」
俺はカードを受け取り、その表示を確かめた。
シェーラやダインだけでなく、騒ぎを聞きつけてきた近くの冒険者たちも横からのぞき込んでくる。
そこに書かれていたのは、こんな表示だった。
【伊勢悠真 Lv.12500】
「「「はあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!???」」」
絶叫がギルドの建物を揺るがした。