4.王都
まず最初に向かったのは冒険者ギルドだ。
どんな冒険者でも必ず最初に訪れる場所だ。
宿の手配などを頼めるし、他にも色々やってもらいたいことは多い。
扉を開けて中に入る。
王都の冒険者ギルドのはずだが、広い空間にはいくつものテーブルがあり、多くの冒険者が食事をしたり、何らかの話し合いをしていた。
どちらかというと酒場みたいだ。
「キョロキョロするなみっともねえ」
人混みの中をダインが堂々と歩いていく。
「冒険者ギルドなんてどこもこんなもんだ。前の場所みたいなところのほうが珍しいんだよ」
「冒険者が集まるから、それ目当ての店も近くに集まるのよ。たいていの場合、ギルドの隣は酒場になってるわね。ギルドと酒場が完全に一緒ってのはさすがに珍しいけど」
「それにしても、大きいんですね」
アヤメがため息のような声をもらす。
確かにめっちゃ広い。
なんつーか、大型ショッピングモールのフードコートくらいの大きさはありそうだ。
テーブルと料理で埋め尽くされたエリアが空間の半分くらいあり、残り半分がアインスと同じギルド的な施設になっていた。
壁際には見慣れた受付のカウンターもある。もっともこっちは一カ所だけじゃなく、いくつも並んでいたが。
「そりゃ王都だからな。世界一大きい都市だ。ギルドだって大きくなる。アヤメも前にきただろう?」
「あっ、そ、そうでしたっけ。忘れてました」
アヤメが慌てたような笑みでごまかす。
アヤメはダインと一緒にあちこち旅をして回ってるという設定だから、もちろん王都にだってきたことはあるはずだ。
といってもこっちに転移してきたばかりのアヤメにその記憶はないから、なんとかごまかしているんだろう。
「とりあえず、さっさと用事を済ませようぜ。まずはギルドの受付に行けばいいのか?」
アヤメのためにも話題を切り替える。
シェーラもうなずいてくれた。
「そうね。どうもあたしたちは注目されてるみたいだし」
シェーラのいうとおり、これだけの人混みにも関わらず、周囲の視線が俺たちをチラチラと見ていた。
まあシェーラもダインも高レベル冒険者として有名だからな。
注目を集めてしまうのもわかる。
だけどそれにしては、やけにひそひそと交わされる会話が多かった。
酒場の喧噪のせいで内容までは聞き取れないが、シェーラやダインのことを話すなら声をひそめる理由もないだろう。
よくない噂、という雰囲気でもないが……。
まあ気にしてもしょうがないか。
気になるなら、後で適当な誰かを捕まえて聞いてみよう。
ひとまずギルドの受付に向かうことにする。
いくつもあるのでどこにするかちょっと迷ってしまう。
どうせならきれいなお姉さんの方がいいよな。
なんて思っていたら、受付のひとつから思いっきり体を乗り出して、こっちに大きく手を振ってくる人がいた。
「おーい、ユーマさーん! こっちですよー!」
「え? ミリアさん!?」
そこにいたのはなんと、アインスの街のギルドのにいた受付のお姉さんだった。
「なんでこっちにいるんですか」
「ユーマさんたちが王都に行くというので、一足早く私もこっちに転勤しちゃいました!」
やけに明るくとんでもないことを言い放つ。
「なんでまた……」
「それはもちろんユーマさんのファンだからに決まってますよ! これから皆さんが作るであろう伝説のこの目で見ないなんて、もったいないじゃないですか!」
あっきりと言われてしまった。
ファンだといわれるのは悪い気はしないが、それにしたって行動力ありすぎないんじゃないだろうか。
「転勤って、昨日の今日でそんな簡単にできるものなんですか?」
「ふふーん、いったじゃないですか。こうみえても私、けっこう偉いんですよ」
そういう問題なんだろうか。
というか、偉いならどうして受付なんてしてるんだろう。
たぶんこういうのって平社員の仕事な気がする。
「もうバッチリしっかり専属でサポートしちゃいますからね!」
よくわからないけど、知り合いの人がいるのは心強いか。
ミリアさんなら仕事は安心して任せられるからな。
仕事は、だけど。
「ですのでさっそく、魔王幹部を倒した伝説の勇者が王都にやってくると、昨日のうちから言いふらしておきました!」
「そんなサポートはいらない!」
さっきから視線を感じると思ったら、そういうことだったのか。
本当に仕事だけは早くて助かるんだけどなあ。
なんでこんなに俺のこと有名にしたがるんだろうか。
小説のミリアさんはそんなキャラじゃなかったんだけど。というか、そもそも王都にまでついてくるとか予定外にもほどがある。
「そ・ん・な・こ・と・よ・り!
今日はどういったご用ですか、カードの更新ですか、そうですかそうですよね!? ではお預かりします!!」
聞きながら答えを待つことなく俺の冒険者カードを奪い取った。
まあそのつもりもあったから構わないんだけど。
「それでは、レベル上限の解放を行います。
えへへぇ……、この瞬間を待ってたんですよ。いったいどれくらい上がるんでしょう。こんなことは百年に一度、いえ、きっと千年に一度ですよ……。その瞬間にこの手で立ち会える。ああ、なんてステキなんでしょう……!」
なにやら恍惚とした表情を浮かべながらギルドの奥へ消えていく。
大丈夫かな。だいぶアレな雰囲気だったけど。
「相変わらずねあの人は」
シェーラがため息混じりにつぶやく。
「しかしどんだけ強くなったのかは興味あるな。どうだ、待ってるあいだにオレと決闘してみないか」
ダインが好戦的な笑みを浮かべながら、背中の剣に手を伸ばす。
するわけないだろ。殺す気か。
そのバカでかい剣は竜を倒すためのものなんだろ。
人間に向けるとかオーバーキルにもほどがある。
「でもユーマ君がどれだけ強くなったのかは、私もちょっと興味あるかな」
アヤメまでそんなことをいってきた。
「どうした。姉によくない影響でも受けたのか」
「そ、そういうわけじゃないけど。やっぱりその、レベルは高いほうがカッコいいっていうか、ユーマ君がそうなってくれたら、私も嬉しいなっていうか……」
アヤメがなにやらしどろもどろにそんなことをいう。
まあ確かにレベルが高いにこしたことはないよな。
バトルはシェーラやダインに任せるにしても、自分の身を守れるくらいには強くなっておきたい。
シェーラとダインの二人が強すぎるとはいえ、女の子に守ってもらうってのは、やっぱり男としては情けないしな。
「さすがオレの妹だ。ちゃんとわかってるじゃないか」
ダインが愉快そうに笑う。
やめてくれ。
アヤメは、高レベル冒険者に囲まれた俺の唯一の癒しなんだぞ。汚さないでくれ。
「やっぱ好きな男には強くカッコよくなってほしいって思うのが女ってもんだからな」
「ふぇえっ!? ちちち、ちがうよお姉ちゃん!? べ、別に、好きとか、そんな……!」
「なあに照れるな! アヤメもやっぱりオレの妹ってことだな!」
真っ赤になって縮こまるアヤメと、それを肩から抱いて笑い声をあげるダイン。
仲の良い姉妹に見えなくもない光景だけど、アヤメがどんどんダイン化していくのだけはなんとかして避けたいんですが。
そんなアヤメを、シェーラが複雑な表情で見つめていた。
「くっ、かわいい……。これが……女子力……!」
なんかよくわからない理由でおののいている。
そうこうしていると、見慣れない人影が俺たちに近づいてきた。
「てめーが噂の勇者様ってやつか?」