3.転移
さあ、これから王都へと続く長い旅への第一歩を踏み出すんだ!
という気負いもなにもなく、俺たちは普通に魔術師ギルドへとやってきた。
俺とシェーラの他に、ダインとアヤメもいる。
みんな軽装だ。
大荷物を背負ってるのは俺だけだった。
そんな俺をダインがからかうような視線で見る。
「なんだそれ、まるでこれから半年間の過酷な旅に出るみてえじゃねえか」
なんでシェーラといい、そんな的確に見抜くんだよ。
せっかく買ったのに捨てるのはもったいないだろ。
「王都まで馬車で行くと思ってたみたい」
シェーラが教えると、ダインが大声で笑い出した。
「馬車で行くとかどんだけ田舎ものなんだよ! 漂流者だから知らなかったとはいえ、その荷物は大げさすぎだろ」
そういうダインは肩に馬鹿でかい剣を背負ってる以外、荷物らしい荷物はなにもない。
今回は王都までテレポートで行くとはいえ、普段は各地を旅しながら回ってる割にはえらく簡素だな。
「細かいものは現地調達でいいんだよ。いちいち持ち歩いてたらかさばって仕方ないだろうが」
そういうものといわれればそうなのかもしれないが。
単にダインがおおざっぱなだけじゃないのか。
シェーラやアヤメは、さすがにもうちょっと荷物を持っている。
そりゃ女の子なんだから、それなりに必要なものってのもあるだろう。
ダインだって一応は女の子、いや女性……雌?
とにかく性別的にアレなんだから、もうちょっとは荷物に気を遣ってもいいと思うんだが。
アヤメは俺の荷物を見て、控えめな微笑みを浮かべた。
「私もダインお姉ちゃんからテレポートの話を聞いたときは、ちょっとビックリしちゃった」
だよなー。俺だってビックリしたもん。
アヤメも俺の小説を知ってるから、これからの大冒険に備えてきっと色々覚悟も必要だったんだろう。
ちゃんと設定を詰めてなかった俺が悪いんだけどさ。
そんな葛藤なんて知るはずもない冒険者二人が、さっさと魔術師ギルドに入っていく。
俺とアヤメは苦笑をこぼしながら後を追った。
「んふふ~、いらっしゃい~、ミリアから話は聞いてるわよぉ」
フォルテが相変わらずの眠そうな顔で出迎える。
まだ昼前だからな。きっと寝てたんだろう。
「王宮から呼び出されたのよねぇ、さすがじゃないの~」
「魔王軍幹部といわれてるやつを倒したからな」
「それでぇ、どこにテレポートしよっかぁ。王様の目の前でいい~?」
「いいわけないだろ!」
そんなことしたら、賊と間違われてその場で打ち首だ。
「王宮に向かうにも色々準備があるし、とりあえず魔術師ギルドにお願いできるかしら」
シェーラがてきぱきと指示してくれる。
さすがこういうところは頼りになるな。
「はいはい、了解~」
「向かうのは魔術師ギルドなのか?」
王都に行くなら、まず一番はじめに行くだろう冒険者ギルドとかにしたほうが便利な気がするんだが。
「テレポートはどこにでも行けるけど、街中のどこにでも転移していいわけじゃないからね。魔術師ギルドとか、あとは一部の屋敷とか、限られてるのよ」
「そういうこと~」
フォルテが早速準備に取りかかる。
杖を持ち上げ短くなにかをつぶやくと、床の魔法陣に光が走った。
それを見て、俺は疑問だった点を聞いてみることにした。
「床の魔法陣は、テレポートの際に必要なものなのか?」
「そうなの~。空間と空間を結びつける魔法はとぉっても高度でぇ、頭の中だけで構築するのは大変だからぁ、魔法陣で補佐するの~」
「なるほど。よくわからんが、つまり魔法陣とセットでないとテレポートは使えないってことか」
「使えないってことはないけどぉ、とぉっっっても難しいのぉ」
「普通は使えないわよ。難しいとはいえそれでも使えるのはフォルテくらいじゃないかしら」
「えへへ~、私天才だから~」
だらしない笑みをこぼすフォルテ。
自分で言っちゃったかあ。
そういえばこんなんでも一応、王宮魔術師きっての天才という設定だったな。
「んん~、ひょっとしてユーマ君、魔法に興味あるの~? お姉さんがイロイロ教えてあげちゃおうか~?」
イロイロ、の部分をやけに強調してくる。
「いや、まあ、ちょっと気になったんで」
実は昨日ふと思ったことがある。
テレポートが魔法なら、ひょっとして俺もラーニングしてるんじゃないだろうか、というものだ。
その予想は当たりで、取得可能スキル一覧に「空間魔法 テレポートLv.50」があった。
なのでさっそくラーニングしたんだが、まったく発動しなかったんだよな。
目の前のベッドにすら移動できなかったんだが、それは魔法陣がなかったからだったわけだ。
より正確にいうなら「魔法陣を補佐として使用したときのテレポートをラーニングした」から、魔法陣なしじゃ使えなかったんだろう。
その辺りの事情を説明してフォルテにテレポートを使ってもらえば俺にも使えそうだが、フォルテにラーニングのことをいうのはなんとなく避けたほうがいい気がする。
フォルテにそのことを話してしまうと、それこそ本当に「イロイロ」されてしまいそうだ。
決してイヤラシイ意味じゃなく、人体実験的な意味でだけどな。
というかイヤラシイ意味でなら大歓迎だし。
「……なにニヤニヤしてるの?」
「別になにも考えてないからその剣に伸びた手を離してください!」
やたら殺気立った目で剣の柄に手を添えていた。
というかすでにちょっと抜いていた。
「相変わらず仲良しなのねぇ。お姉さん、ちょっと嫉妬しちゃうなぁ?」
「べ、別に仲良くなんかないわよ!」
シェーラが即座に否定する。
確かに剣を抜いて脅してくる態度を仲が良いとはいわないな。
俺はもっとイチャラブが好きなんだ。
早くなんの危険も心配もないハーレムライフを満喫したい。
「んふふ~、もっと楽しみたいけどぉ、あんまりじらすとまた上から怒られちゃうのよね~」
またって、やっぱり怒られてたのか。
「なので、いくよ~」
床の光がひときわ強くなる。
立ちくらみのようなめまいに一瞬目を閉じる。
次に開くと、もうそこは別の空間になっていた。
なにもない四角い部屋だ。
キョロキョロとする俺に気づいたのか、シェーラが説明してくれる。
「ここはテレポート用の空き部屋よ。移動先に誰かいたら危ないでしょ。天井にある明かり用の水晶が、部屋の中に誰かいるかを常にチェックしてるのよ。テレポート前にそれを調べれば誰もいないのが確認できるから、安全にテレポートできるってわけ」
「なるほど、色々考えてるんだな」
テレポートで移動なんてまったく頭になかったからそんなの考えたこともなかったけど、そういうのも必要になるよな。
考えてみればどこでもドアって超危険じゃね?
魔術師ギルドから外に出る。王都はかなり広い街だった。
人々がにぎわい、街の中央には巨大な城も見える。
街の石畳と整然と舗装され、きれいに整備されている。これだけでも王都の発展ぶりがわかる。
今はまだ平和だが、ここからそう遠くないところでは王国軍と魔王軍がにらみ合っている。
二つの境界線上に張られた結界のせいでもう何十年も戦争はなく、王都の人は、戦争は遠い国の出来事で、自分たちには関係ないと思っていた。
こんなに平和で発展していたら、そう思ってしまうのも無理はない。
現代の日本人にとって、戦争は遠い国の他人事なのと同じ感覚だろう。
しかし今から半年後に結界は消滅し、魔族との全面戦争に発展する。
そして百万の命が失われるんだ。
それだけは必ず阻止しなければならない。