2.旅立ち
アンデッドドラゴンを倒した主人公たちは、やがて王都へと向かう旅に出る。
馬車でおよそ半年の旅だ。
といっても、寄り道せずにまっすぐ向かえば三ヶ月で着くんだけどな。
だけど、さすがに王都に着くまでのあいだ延々馬車の中だけってのは、小説としてつまらないだろう。
なので色々イベントを起こしておいた。
途中の村ではモンスター退治をお願いされ、それを退治しにいったり。
雨宿りに立ち寄った洞窟が実は古代の遺跡で、太古に封じられた魔物と戦い、伝説の武器を手に入れたり。
とある小国の戦争に巻き込まれ、悪魔に魂を売った邪教の大臣を倒してちょっとした救国の英雄になったりする。
最初は王都に着くまでの適当な時間稼ぎになればいいや、くらいの気持ちで書き始めた旅だったのだが、多くの出会いや別れを繰り返して主人公たちも成長し、最終的にはこの旅抜きには物語を語れないほど重要なものとなった。
分量もそれなりのものとなり、本来は「王都編」の冒頭となる予定だったものが、最終的にはこの部分だけで「旅路編」として独立させたほどだ。
ま、連載形式で小説を書いてるとよくあることだよな。
書きながら考えるからどうしても予定よりも長くなったり、途中でおもしろそうな展開を思いついしまい、目的地まで大幅に遠回りをすることになる。
別に水増ししてるってわけじゃないんだが、特に毎日更新してると、わき道にそれやすくなる。
でもまあそれはそれでネット小説のいいところでもあると思うんだよな。
紙媒体だと、どうしても一冊の分量に納めなくちゃいけないから、そこに物理的制約が発生する。
必要なシーンを削らないといけなくなったり、逆に書き足さないといけなくなることもある。
一冊500とか600ページもある本をみんなが買ってくれるなら別なんだろうけど、そんなのが許されるのはごく一部の作家だけなんだろうしな。
俺だってそんな分厚い本を本屋で見つけたら「投擲武器かよ!」ってツッコミを入れるだろう。実際言ったし。分厚すぎて立方体になった本とかどうやって読むんだよほんと。
その点、ネットで書いてる分には自由だ。
好きなだけ追加できるし、好きなだけ寄り道できる。
途中の村でちょっと一休みして料理スキルを磨いたり、海が美しい海岸沿いの街に立ち寄って意味もなく水着シーンを追加することだってできる。
つまりなにが言いたいかというと、書いててめっちゃ楽しかったので、分量も比例してめっちゃ長くなったということだ。
だけど、結果としてそれは主人公たちを大幅に成長させることにもなった。
多くの仲間との出会いや別れがあり、主人公たちは身も心も大幅にレベルアップする。肉体的にだけでなく、精神的にもだ。
行く先々で人々を救ってきた主人公たちの勇名も当然のことながら高まっていき、王都に着く頃には半ば伝説の勇者の再来なんていわれたりもした。
つまり、この旅はとても楽しくて、そして、とても重要なものなんだってことだ。
それに、旅には半年かかるが、王都の結界が消えるのも半年後だ。
それは物語の都合でそうなっただけだが、おかげで半年の猶予があるともいえる。
この期間をどれだけ短くできるかで、王都での準備に使える時間も変わってくるだろう。
結界が消えるのも単なる自然消滅じゃなく、色々な思惑が絡み合った結果のことだからな。
裏の事情まですべて知っている俺なら、止めることもそう難しいことじゃない。
それだけに準備はしっかりしておかなければいけない。
とはいえどこでなにが起こるのか、どんなアイテムが必要で、なにがあると便利なのか、全部知っている。
なので準備自体はスムーズに終わった。幸いにして金はまだ3000万も余ってるからな。必要なものを全部買い込んでもまだお釣りがある。
ちょっと足りないものもあるけど、それは仕方ない。
アインスの街は一応田舎って設定になってるからな。
残りは旅をしながら調達していけばいいだろう。
大荷物を抱えて宿屋に戻ってきた俺を見て、シェーラが目を丸くして驚いた。
「どうしたのその荷物。まるでこれから半年間の旅に出るみたいじゃない」
「ふふふ、王都までの旅は長いからな。必要なものを買い込んできたんだよ。おっと、心配する必要はないぜ。シェーラたちの分もちゃんとそろえてある」
「王都への、旅?」
シェーラが首を傾げる。
まあシェーラは行く先々で起こるイベントを知らないからな。不思議がるのも無理はない。
「王都まで馬車で向かえば、途中で色々あるだろ。そのために必要なものを用意しておいたんだよ」
「それってつまり、王都まで馬車で行くための荷物ってこと……?」
「当然だろう。他になにがあるっていうんだ」
「だって、そんなの……」
シェーラは驚いたように固まっている。
くくく、孔明もビックリな俺の先見の明に、シェーラも驚きを隠せないようだな。
なにせ旅の途中ではなにが起こるかわからない。
それが旅の醍醐味ともいえるが、今回はそうもいってられない事情があるため、先に全部用意しておいた。
こんなこと、それこそ未来が見えでもしない限り無理だろう。
驚き固まっていたシェーラが、やがてその口を静かに開くと、衝撃の一言を放った。
「テレポートで行けばいいじゃない」
「………………えっ?」
いやいやいや、ちょっと待って。
なに言ってるのかよくわからない。
やめてよほんと、そういうこというの。
なにテレポートって。
それってあれでしょ、アンデッドドラゴンのいる山に行く時に使った魔法でしょ。
徒歩で一週間はかかる距離が、まばたきする一瞬で着いちゃったあれ。
「……そんなの使ったら王都まで一瞬で着いちゃうじゃん!」
「なに当たり前のこといってるのよ」
シェーラの呆れた視線が突き刺さるが、俺もここはゆずれない。
「だって、旅を通じて仲良くなったり、成長したり、辛いこともあるけど楽しいこといっぱいあって、心身共に成長する重要なイベント盛りだくさんなんだよ!?」
「テレポート使えば一瞬で着くのに、どうして王都まで馬車で三ヶ月も揺られないといけないの?」
いってること正しすぎて反論の余地もなかった。
「いやいや、だって、その、ねえ? それに……そう! テレポートってすごくお金がかかるじゃん? 王都までだとそれはもう天文学的金額に……」
「1000万ゴールドでいけるわよ」
「払える金額だった!」
無駄に稼いでしまったから、余ったお金から差し引いてもまだ余裕がある。
「ちなみに馬車だと、途中の宿泊とかもあるから、4人で行くならその2倍から3倍は必要なんじゃないかしら」
「えええー……。じゃあ、途中の街に寄ったり、古代の遺跡を見つけたり、戦争に巻き込まれたりは?」
「なにその壮大な計画……。あるわけないでしょ」
「じゃ、じゃあ二人きりの夜イベントは? みんなで入る混浴イベントは? せっかく買ったこのアブナイ水着はいつ着るの!?」
「ファイアーボール!!」
「ぎゃあああああ! 俺のひと夏のアバンチュールがああああああああ!!」
真っ黒な炭と化した三人分の水着を前にうなだれる。ほとんど紐だったからな。燃えるのも早い。
シェーラが呆れたようにため息をついた。
「まったく、なに考えてるのよ……」
「この水着を着たシェーラと水辺で戯れるたわわな毎日を考えてました……」
「なっ! ば、バッカじゃないの!?」
思わずこぼれた本音を聞いて、シェーラが真っ赤になって罵倒してくる。
「ほんっとに変態なんだから……。
それとユーマは知らないでしょうから教えてあげるけど、テレポートを行う魔術師ギルドは、王宮魔術師協会直属のギルドなのよ」
「そうなのか?」
そういう設定をした記憶はないが、まあそうであっても不思議はないか。
ここの魔術師ギルドにいるフォルテも、王宮魔術師から派遣されてきたんだし。
「それで今回、王都から直接呼び出されてるでしょ」
「魔王幹部を退治した話を聞きたいらしいからな」
「なので、王都までのテレポート代はタダよ」
「なん、だと……?」
「向こうから呼び出したんだから当然でしょ。それに三ヶ月も待ってられないだろうし」
それも言われれば当然すぎた。
ええー、じゃあ俺ががんばって書いたあの「旅路編」はまるまる無駄だったってこと?
へこむわー。
「……なにそんなに落ち込んでるのよ」
「だって、だってさあ……。せっかく楽しみにしてたのに……」
ガックリ落ち込む俺を見て、シェーラが自分の体を抱きしめるようにしながらわずかに頬を赤くする。
「そ、そんなに、見たかったの? あたしの、水着……」
「そりゃあもう!!」
力一杯うなずいた。
「たわわに揺れるおっぱいは、男のロマンが揺れてるんだよ!」
「こ、声が大きいわよ!」
集中する客の視線にシェーラがあわてて叫ぶ。
「だいたい、そんなの人が大勢いる前で着れるわけないでしょ……!」
「そうなのか? 俺がいたところでは割と普通だったんだけどな」
「ユーマの国ってみんな露出狂の変態ばかりなの?」
失礼な。
とはいえ、水着は下着となにが違うのかといわれれば、なにが違うんだろうな。
少なくとも見た目的にはまったく同じだ。
「……ま、まあ、ユーマがどうしてもっていうなら……他に人のいないところでなら……いいけど……」
「ん? なにかいったか?」
「べべべ、べつに!? ほら、さっさと行くわよ!」
そう言い捨てると、先に宿屋を出て行ってしまった。
テレポートのため魔術師ギルドにでも行ったのだろうか。
王都出発は明日なんだけどな。