4.危機
「もうしわけありませんちょっと錯乱してました」
黒こげになった服から煙を上げながら、俺は全力で土下座していた。
一応体は原形をとどめているから加減はしてくれたんだろう。
シェーラが本気を出したら俺なんて骨も残らないからな。
俺の正面では、腕組みをしたシェーラが冷たい目で見下ろしている。
「まったく……。いったいなんなの」
「実はこっちの世界に来たばかりで、まだよくわからなくて」
いいわけすると、見下ろす表情がちょっとだけ和らいだ。
「……ひょっとしてあんた『漂流者』なの?」
この世界には、別の世界からまれにやってくる旅人がいる。それらを「漂流者」と呼んでいるんだ。
まあいくら別の世界だからって出会った瞬間べたべたさわりまくったあげくにプロポーズする世界はないと思うけど。
「そう、それじゃ……しかたないのかもね」
シェーラは俺の突然の奇行も異世界からいきなりやってきたせいだと思ってくれたようだ。
気が強くて攻撃的だけど、根は優しいなんてかわいいだろ。
さすがマイラブリーエンジェルシェーラたん。
「なんかキモい顔してるんだけどそれは生まれつきなの?」
「思ったこと口に出しすぎだろ!」
罵声はご褒美とかいうけど、そんなことなかった。
かわいい女の子にいわれると普通にへこむ。
「生まれつきじゃなかったら、なに考えてたらそんな顔になるの?」
うん、言えるわけないです。ごめんなさい。
声が完全に冷え切ってるから俺の考えなんてお見通しなのかもしれない。
しかしおかげで冷静になれた。
この先の展開を思い出し、俺は剣を構えると一歩前に出た。
「おい、そこにいるんだろ。出てこいよ」
「ほう。よく気づいたゴブね」
いつのまにか近くに忍び寄っていたゴブリンが現れる。
それも一匹だけじゃない。
俺たちの周囲を囲むように、数十匹ものゴブリンが現れる。
ここから先は王道の展開だ。
ピンチになったヒロインを、いきなりチート能力が覚醒した主人公が助ける。
それによってヒロインも主人公の強さを知って、意識するようになるってわけだ。
ああしまった。プロポーズはこの後ですべきだったか。
それはともかく。
「いつのまに……!」
シェーラが驚きの声を上げる。
それも当然だろう。
なにしろここは見渡す限り草と道が続くだけの草原。隠れる場所なんてどこにもないんだからな。
……うん、本当にどうなってんだろうな。
物理的に考えて無理だろこれ。それこそ突然湧いたとしか思えない。
主人公のピンチを作るためにいきなりゴブリンが現れる展開を書いたけど、もうちょっと考えて書くべきだった。
周囲を取り囲むゴブリンたちが矢を放つ。
ちょうど背中を向けていたシェーラは気づいていなかった。
「シェーラっ!」
俺の叫びに気づいて振り返るが、間に合わない。
矢尻の錆び付いた汚い矢がシェーラを傷つける直前、俺は思いっきり地面を踏みつけた。
ドンッ!
と音を立てて土砂が宙を舞う。
加速した俺の体が矢よりも早く草原を駆けた。
「ヒロインのピンチを颯爽と助ける。それが主人公ってもんだろ!」
最初の一歩でシェーラの背後に回り込むと、放たれた矢を剣でたたき落とした。
このときの主人公はまだ気づかないが、主人公には特別な力がいくつかある。
そのひとつが「ピンチになるほど強くなる」というものだ。
まだレベルも低くステータスも弱い主人公が、いきなり50匹のゴブリンに囲まれ逃げ場もない。
まさに絶体絶命のピンチ。
そういう状況になるほど主人公のステータスは何倍にもなる。
まさに最大のピンチに陥った俺は、弓を放ってきた集団に向けて剣を振り抜いた。
たった一振りの剣圧で十匹以上のゴブリンがなぎ倒される。
周囲から次々に矢が放たれてきたが、むしろそうやってピンチになるほど能力は上がっていく。
矢が近づくほど迫る速度は遅くなる。
今の俺にはすべてが止まって見えていた。
カタツムリよりも遅い速度で飛んでくる矢を剣で打ち落とすだけの簡単な作業だ。
空中の矢をひとつ残らず打ち落とすと、再び大地を蹴る。
踏みしめた足が大量の土砂を巻き上げ、一瞬のうちにゴブリンたちの前に移動した。
慌てたゴブリンたちが攻撃をしてくるが、それもすべてがスローモーションで見えている。
俺はそれを防がずに、あえて体で受けた。
ゴブリンたちの剣が次々に俺の体を切りつけるが、防御力が何倍にもなった俺の体には傷ひとつつかない。
逆に俺が剣を振り下ろすと、目の前のゴブリンが吹っ飛ばされ、さらにその後ろにいた3匹まとめてなぎ倒した。
「な、なんだこいつ、強すぎゴブ!」
「逃げろ、逃げろー!」
一斉に逃げていくゴブリンたち。
周囲を取り囲んでいた一団は、あっというまにいなくなった。
まあこんなもんかな。
剣をさやに収めると、シェーラが驚いたように俺を見ていた。
「あ、あんた、強いのね」
「いざというときだけだけどな」
俺はシェーラに向き直ると、手を差し出した。
「俺は伊勢悠真だ。いまさらだが、助けてくれてありがとう」
「ユーマね。やっぱ漂流者って変な名前が多いのね。
あたしはシェーラ=ユークリウス。こっちこそ助かったわ。さすがにあの数をひとりじゃ厳しかったと思うし」
シェーラの実力を考えたらたぶんそんなことはないんだが、きっと俺を立てるために謙遜してるんだろう。
「ところで、ユーマと会ったのって初めてよね?」
「え? あ、ああ。まあ、そうなるな」
確かに「会った」こと自体は初めてだ。
小説としては何度も書いてるから、初対面って感じじゃないんだけどな。
シェーラも同じ感じなのか、首をひねっている。
「でもユーマさっき、あたしの名前呼ばなかった?」
「えっ!? き、気のせいじゃないか?」
「うーん、そうだったかしら。とっさのことだったからあまりよく覚えてないんだけど」
確かにとっさに「シェーラ!」と叫んじゃってたな。
まだ自己紹介もしてなかったからお互いの名前なんて知らないはずなのに。あぶねー。
「そ、それより、街までの道を知らないんだ。よかったら案内してくれないか」
「漂流者じゃそうよね。いいわ。あたしもそろそろ戻ろうと思ってたところだから」
そうして俺たちは最初の街、アインスへと向かうことになった。
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