1.召集
ラグナのところから戻ってきた俺は自分の部屋へとやってくる。
そこで待っていたのは、大量の請求書だった。
「え、なんですかこれ」
請求書の束をテーブルの上に置いたミリアさんが、ニコニコと笑顔を浮かべる。
「先日のクエストクリア記念に街の皆さん総出で飲めや歌えやの大騒ぎでしたからね。その請求書です!」
「そういえばみんな大騒ぎだったもんね」
シェーラが請求書の山を納得したように見つめる。
確かに全街民を巻き込んだお祭り騒ぎだった。
フォルテも相当高い酒を飲みまくったみたいだったしな。
いったいいくらになっているのか想像もつかない。計算するのも大変だろう。
となれば、ここは俺の暗算スキルを見せるところだな。
異世界の片田舎じゃ足し算引き算も怪しい人だっているんだ。
ここは俺の頭脳で……と思って請求書に手を伸ばし、すぐにやめた。
請求書の山は百枚を超えている。
そろばんをやってたとかならともかく、ただの高校生にこの量の暗算なんて無理に決まっていた。
俺の落胆に気がついたのか、ミリアさんがニコリと笑って教えてくれる。
「計算はこっちでやっておきましたので大丈夫ですよ。総額7000万ゴールドです!」
「高すぎだろ! みんな遠慮なさすぎだよ! むしろどうせわからないだろうってちょっとぼったくってるんじゃないですか」
疑ったのだが、ミリアさんが笑って否定した。
「そう思って私のほうで全員に明細を提出させて確認したから間違いないですよ。最初は1億2000万ゴールドだったので、これでも安くなったんですから」
マジかよ。
1億で足りないとかどんだけだよ。
「わかりました。払います……」
「さすがユーマさん、男らしいですね! 本当に払うなんて」
「本当もなにも、実際に使ったのは確かなんですよね? だったら払うしかないじゃないですか」
踏み倒していいなら俺だってそりゃ踏み倒したいけどさ。
「もっと怒ってもいいと思いますけどね。少しくらいならみんなもカンパしてくれると思いますよ」
「好きなだけ飲めと煽ったのは自分なんで」
明らかに酒の勢いだったけど、やっちまったものは仕方ない。
それに使いきれないお金をため込んでてもしかたないしな。使えるときにパーッと使ってしまおう。
「そうよ。一億くらいまた稼げばいいじゃない」
シェーラがこともなげにいう。
この流れで俺が言うのもなんだけど、金銭感覚絶対おかしいっすよ。
一億を「くらい」なんていえるとか、どこの金持ちお嬢様だ。
「それと、実はもうひとつユーマさん宛に書状が届いてまして」
「もうひとつ?」
聞き返してから思いだした。
「王都からですね?」
その言葉にシェーラがぴくりと反応するが、特になにもいわなかった。
ミリアさんが驚いたように目を丸くする。
「さすがですね! 知ってたんですか?」
「魔王軍の幹部を倒してるわけですからね。魔王軍との戦いの最前線である王都から呼び出されないわけないでしょう」
実際に倒したのは魔王軍幹部ではなく、幹部が操っていたアンデッドドラゴンなんだが、まあ細かいことはいいだろう。
偉業を成し遂げたという点では変わりないんだしな。
ドラゴン退治を終えた主人公たちは、しばしの休養を取った後、王都へと目指す旅に出ることになる。
王都から少し離れたところに魔界との境界線があり、結界が張られている。
いつ破られてもいいように常に監視されているし、魔王群との戦いに備えて厳しい訓練を課せられる騎士団は、その勇猛さから世界的にも有名だ。
王都としても魔王軍の情報が欲しいだろうし、幹部を倒したとなれば戦力としても期待できる。召集がかかるのも当然だろう。
それに、王都内にも色々と思惑があるからな。
伝説の勇者の再来、とかいって盛り上がる裏で色々と画策したい奴らがいるんだよ。
王宮なんてそんな権謀術数ばかりのところなんだろ。
まあ、全部俺がそう書いたからなんだけどさ。
そんなわけで王宮編が始まることになるんだが、面倒なだけだからな。
ちゃちゃっと行ってちゃちゃっと終わらせてしまおう。
「ではユーマさんは王都に向かわれるのですか?」
「そうですね。準備もあるから、すぐにというわけでもないですけど」
呼ばれなくても王都には向かう予定だったからな。
結界が消えるのは半年後だが、だからといってゆっくりしていられる状況でもない。
「わかりました。では移動については私のほうで手配しておきますね」
そう告げると、ニコリと笑顔を残してさっそくどこかへと向かっていった。
馬車の用意でもしてくれるのだろうか。
うーん、なんて仕事のできる人なんだ。
「やっぱり、王都にいくわけ?」
シェーラが珍しく弱気な表情を見せる。
「嫌なのか?」
「あまり気が進まないけど……。呼び出されたんじゃ仕方ないわね」
軽くため息をつく。
シェーラが王都に向かうのをためらう理由は俺も知っているが、しかしやめるわけにはいかない。
イベント的にもシェーラはいないと困るし、なにより出てくる敵が強い。俺一人じゃ絶対に勝てないだろう。
「気の進まないところ悪いが、俺と一緒にきてくれるか?」
ごく普通に頼んだつもりだったのだが、なぜだかシェーラは頬を少し赤くして、視線を逸らした。
「な、なんでたまに、そんな男らしいのよ……」
「そりゃシェーラがいないと困るからな」
「そ、そう……。そこまでいうなら仕方ないわね。一緒に行ってあげなくもないわ」
そういうわけで、そういうことになった。
あとでアヤメとダインにも話しておこう。
あの二人が嫌がるとも思わないから、すんなりと決まるだろう。
王都までは馬車でも半年の道のりだ。
さて、忙しくなりそうだな。