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38.未来

 ………………え?


 三日?

 え? 三日?

 三日って何日っていうかあと三日しかないっていうかそれってつまり三日後に死ぬってこと?


「「ええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」」


 俺とシェーラの絶叫が重なった。


「なんで?! なんであと三日しかないのよ!」


「もっとこう、命を失うにしても一年とか、多くても十年とかじゃん!? ちょっと奪いすぎなんじゃないの!?」


 大慌ての俺たちとは対照的に、ラグナは冷静なままだった。


「本来なら命を使い尽くしてすでに死んでおるはずじゃ。むしろまだ生きておることが驚きじゃよ。なにやら強力な魔法で生き長らえたようじゃが……さすがにそろそろ限界じゃ」


 アヤメの起こした奇跡ってやつか。

 それにしても、マジかよ……。

 俺死ぬのかよ。


 うなだれる俺に、ラグナが面白がるような笑みを向けた。


「ククク。言うたじゃろう。お主には礼をしに行くところじゃったと」


「お礼? お礼って、いったいなにを……」


「決まっておる。これじゃ」


 そう言うと、いきなり唇を重ねてきた。


「!!?」


 ふにゅっとしたやわらかな感触が、口元に押しつけられる。

 その感触に驚く暇もなく、なにかが唇を割って流れ込んできた。


 これは、これは……ついにおれも大人の階段をまた一歩刺激的で情熱的で全身がしびれるようなああばばばばばばばあああああああああああんッ!?


 比喩抜きで全身に電流が走る。

 重ねられた唇からなにかが流れ込んでくるたびに、ビクンビクンと体が痙攣する。

 たっぷり一分以上は濃厚な口づけを続けたところで、シェーラが強引に引きはがした。


「ななななな、なにやってるのよあんたーっ!」


「知っておるじゃろう。接吻というものじゃ。人の真似をしてみたが、なかなかどうして。悪くないの」


 解放された俺は全身から力が抜けてしまい、放心したように座り込んだ。

 しゅ、しゅごかった……。


「お主が放った魔力は我が取り込んでおいたのでな。今返したぞ」


「ど、どういうことよ?」


 動けない俺の代わりにシェーラがたずねてくれた。


「命そのものを魔力に変えて放ったのじゃ。ならばそれを本人戻せば、魔力もまた命に変わるというものじゃ」


「よくわからないが……俺は助かったということか……?」


 まだしびれの抜けない体でどうにか立ち上がる。


「要約すればそういうことじゃな。完全に元通りというわけにはいかぬが、せいぜい数年寿命が縮んだ程度じゃろう」


 お、おう。

 それもどうかと思うが、あと三日に比べればはるかにマシだ。


ラグナがペロリと唇を舐める。


「……む? 渡しそびれた魔力がまだ少し残っておるようじゃな。これも返しておくぞ」


「え?」


 あばばばばばばばあああああああん!?


「……ふう。これですべて返したぞ」


 俺は腰砕けになって地面にへたりこんだ。

 しゅ、しゅごしゅぎぃ……。

 もうこれなしじゃ生きられないかも……。


「魔力の受け渡しなぞ多少の知見があれば誰にでも出来ることじゃ。それよりむしろ、お主を生き永らえさせた者のほうがやりおるわ。本人の魔力を使えば魂の蘇生もたやすいが、赤の他人の魔力で魂を蘇生するとなると難易度は跳ね上がる。蘇生というより、一から生命を作るようなものじゃからな。そやつはよほどお主のことを知り尽くしておったのじゃろう。でなければ不可能じゃ」


 そっか、まさしくアヤメだからこそだったんだな。

 本当に感謝してもしたりない。今度なんかおごらないとな。


「……参考までに聞いておきたいんだが、俺の寿命は残り何年なんだ?」


 たずねる声がかすかに震えた。

 命の期限を知るのは、さすがに怖い。

 これであと5年だなんていわれたら、結局は立ち直れない気がする。


「ふむ。残念じゃがそこまではわからぬ。少なくとも5年10年という感じではないの」


「そ、そうか……」


 思わずため息がもれる。

 それは命の危機が去ったからというだけでなく、余命を知らずにすんだからというのが大きい。

 仮にあと50年生きられるといわれたって、少しずつ迫ってくる期限に対し、結局は精神をすり減らし続けるだろう。


「それにしても、やっぱ千年竜なだけあってラグナはすごいんだな」


 うっかり流しそうになったが、これってつまり俺の渾身の攻撃を食らっても死なないどころか、むしろ吸収して逆に俺に返したってことだろ。あれだけの破壊をまき散らしておきながらしかも舐めプだったとか。

 まさしく神域の化け物。

 神殺しになんてなれそうもないな。


「いうたじゃろう。我は魔力そのもの。放つことも取り込むことも自在よ。それにもとよりお主等を死なせるつもりなどなかった」


「え? そうなの?」


 クレーターを削り取るようにまっすぐ延びた破壊痕をみる。

 ガチ殺しにきてたとしか思えないんだけど。


「たまった鬱憤を晴らしたかっただけじゃよ。終わった後に復活させるつもりじゃった。まさか返されるとは思わなんだがな」


 幼い顔がカラカラと笑った。


「本当よね。いくら転生者だからって、まさかエンシェントドラゴンのスキルを覚えてその場で撃ち返すなんて。ずっと疑問だったけど……ユーマは、何者なの?」


「それは我も聞きたいの。とても人の身とは思えぬが、こうして直に触れてみてもやはりお主はただの人の子じゃ。お主はいったい何者なんじゃ?」


 何者ねえ……。



「なにっていうか、作者なんだけどな」



 その言葉はするりと出てきた。

 本当は隠してなきゃいけないことだったかもしれない。でも口から出てしまっても、驚きも後悔もなかった。

 シェーラが首を傾げる。


「つまり、どういう意味?」


 まあそうなるよな。


「要するにこの世界は俺が作ったってことだ」


 正直に告げるとシェーラはぽかんと口を開け、ラグナは大声で笑い出した。


「お主はさすがじゃの。こんなに愉快なのは数百年ぶりじゃ。いやはや、まさか神をかたるとはの」


 爆笑するラグナとは対照的に、シェーラは静かに怒っていた。


「あたしはマジメに聞いたんだけど」


 どうやら信じてもらえなかったようだ。

 それも当然だよな。

 逆の立場だったとしたら、俺もシェーラの頭を心配するところだ。


「信じてもらえなくても当然かもな。でも、そうだとすれば色々なことに説明が付くだろ。

 オーガの群が商隊を襲うのも知ってたことも、百年以上も見つからなかった魔王軍幹部の居場所や正体を知っていたのも、ラグナの呪いを知っていたのも、すべては俺がそう書いたからだ」


「……。確かに、それだとしっくりくるけど……」


「お主のその強さもか?」


「主人公なんだ。強くて当たり前だろ」


 その割にステータスは低いけどな。

 なにもかもがすべてうまくいって、すべて最強! とはいかないみたいだ。

 現実はいつだって世知辛い。それは異世界でも変わらないらしい。


「でもよ、そのせいでこの世界はクソみたいな世界になっちまった。なにしろ俺が初めて書いた物語だからな。読者を楽しませるためだけに人は死に、見栄えをよくするためだけに死者の数はゼロが増やされる。安全なところから眺めて楽しむために作られた世界だ。

 でもさ、そんな世界にだって生きてる人たちはいるんだ。思いつきで作られたむちゃくちゃな展開だったとしても、その中で泣いたり、笑ったり、楽しんだりしている。

 だから俺は、この世界を救わなくちゃいけない。こんな世界を作った責任をとらないといけないんだ」


「ユーマのいうことが仮に万が一本当だったとして、それでユーマはどうしたいの?」


「俺はこの世界を救う。かつて世界を救った主人公のように。いや、主人公以上に完全なハッピーエンドを迎えてみせる。仲間も、街の人も、無関係な人も、見えないところで戦う名前も知らない人たちも、誰一人として犠牲にしない。それだけじゃない。魔族ですらも、魔王ですらも。誰一人としてだ」


「お主よ、その考えは立派じゃが、人の身にはいささか傲慢すぎないか。我とていずれは朽ち果てる運命。それすらも救うとなると、もはや神の所業じゃ」


「まあな。俺は神だからな」


「そうじゃったな。忘れとったわ」


 ラグナは笑うが、シェーラは浮かない顔つきのままだった。


「それ本気で言ってるの?」


「まあ、現実的には無理だってわかってるよ。それでも、少しでも俺にできることをする。ただの理想論かもしれないけど、目指すだけなら悪いことじゃないだろう」


 百万の死者をゼロにはできなくても、十万にはできるかもしれない。ひょっとしたら1万にできるかもしれない。

 それだけでも十分に意味があるはずだ。


 ま、理解はされないだろうけどな。

 それでも言うだけは言っておきたかった。

 信じてもらえないとしても、ウソはつきたくなかったから。


 そう思って見たシェーラの表情は、いつかの夜に見たのと同じ優しい笑みだった。


「いいんじゃない、夢があって。やっぱり目指すからにはそれくらいでないとね」


「バカに……しないのか?」


 驚く俺に、快活な笑みが応じる。


「するわけないじゃない。世界平和でしょ。それくらいなら誰だって望んでるわ。その程度で俺はすごいんだろ感出されてもね。それに……そんなの、一人でできるわけないでしょ」


「シェーラ……」


 感激のあまりつい涙ぐんでしまった。


「我も忘れるでないぞ」


「そうか……そうだな。悪いな。ありがとう、二人とも」


「気にするでない。長い生の中で、久方ぶりにワクワクしておる。お主の手腕に期待しよう」


 ラグナの背に光の翼が生まれ、ふわりと宙に浮かび上がった。


「では我は先に行っておる。お主の無茶な注文に応えねばならぬからな。向こうでまた会おう」


「その姿のままで行くのか?」


「お主に興味がわいてな。少し人間の真似事をしてみることにした。お主たち風にいうのなら、お主を好きになった、ということじゃな」


「なっ!」


 シェーラが真っ先に反応した。


「なにを驚くことがある。お主もこの人間を好いておるのじゃろう?」


「は、はあああ!? そんなわけないでしょ!?」


「ふむ。そういう反応もあるのか。人というのは面白いの」


 ひとしきり笑うと、あっというまに空を飛んでいった。

 その姿を見ながら思う。


 俺は、裸のままで飛んでいくつもりなのか、と聞きたかったんだけどなあ。


 まあいいか。

 かわいいは正義だ。幼女の裸なら許されるだろう。


「ところでシェーラ、さっきラグナがいったことは……」


 言い終えるより先に切っ先が喉元に突きつけられた。


「忘れなさい。いいわね」


 やべえ。目がマジだ。

 無言でこくこくと頷くと、ようやく剣をしまってくれた。


「はあ……。なんかいろいろありすぎて疲れちゃったわね」


 腕を伸ばすように思い切り背伸びをする。


「そろそろ帰りましょ。今日はランチが大盛り無料サービスなんですって」


「マジか。そりゃ早く帰らないとな」


 帰還用の水晶を取り出した俺は、ふと手を止めた。

 なんとなく思ったんだ。

 帰る場所があって、美味しいものがあって──


「……どうしたの? 早く帰るわよ」


 となりに、こんなにかわいい女の子がいる。

 世界を守る理由なんて、本当はそんな程度でいいのかもな。


 なんて、ちょっとカッコつけ過ぎか。

 でもさ──


 帰還用の光に包まれながら、俺はそっとシェーラの手を握った。

 意外に小さな手がビクリと震え、そして、やがて小さく握り返してくる。


 それだけのことで胸がいっぱいになる。

 生きててよかったって、心からそう思う。


 こんな幸せがあるのなら、こんな世界も案外悪くはないのかもな。

 このろくでもなくてご都合主義な、俺が書いた世界だとしても。

第一章完結。

次から第二章です。

あれもこれもさらにインフレさせていこうと思いますので、よろしくお願いします。

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新シリーズはじめました。
優しさしか取り柄がない僕だけど、幻の超レアモンスターを助けたら懐かれちゃったみたい
助けた美少女モンスターとのまったり日常二人旅(の予定)。こちらもよろしくお願いします。
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