37.命
岩山があったはずの景色は様変わりし、見渡す限り一面むき出しの大地が広がっていた。
巨大なクレーターの底で呆れたように立ち尽くす
あらためて見てもほんとチートな威力だよな。
クレーターの左右には巨大なレーザー痕がどこまでも続いている。
俺とエンシェントドラゴンによるドラゴンブレスの傷跡だろう。
生きてるのがほんと奇跡だよ。あんなバトルはもう二度としたくないな。
「さてと、どうなるか」
ここにきたのは観光のためじゃない。
とある目的のためだ。
「いるんだろ。出てこいよ」
誰もいない空間に向けて声をかける。
やがて空間が歪み、巨大な竜が現れた。
黄金色の巨大な竜。千年竜だ。
『ほう。驚かぬか。大したものだな』
声が頭に響く。
「まあこっちにも色々あってな。それより……」
「ええええええええええええっ!? なんでまだ生きてるのよ!?」
驚愕の声が背後から響く。
いつから付いてきていたのか、シェーラが驚きの顔で千年竜を見上げていた。
「なんでここに……」
「どういうことよユーマ! ちゃんと説明して!」
ものすごい剣幕で詰め寄ってくる。
絶対こうなると思ったから一人で来たのに。
「ひとりでこそこそ出かけていくから、なにか隠してるんじゃないかと思って後を付けてきたのよ。……それに、昨日はちょっとだけ、やりすぎちゃったかなって思ってたし……」
目を合わせないままモジモジとつぶやく。
どちらかといえば悪いのは俺だった気もしたけど、一応反省はしてたんだな。
『お主も生きておったか。ちょうどよい。二人には礼をせねば思っておったところだ。助かった。礼を言う』
頭に声が響き、同時に竜の口から咆哮がもれる。
『ふむ。この姿はいささか不便だな』
竜の体が光に包まれる、小さな裸の女の子に変わる。
アヤメよりもさらに一回り小さい。幼女といった方が近そうだ。
「では、改めて礼を言わせてもらおう。我を解放してくれたこと、感謝する」
「お前、女の子だったのか」
幼女姿になった竜は目を丸くし、やがてかわいらしい声で笑いはじめた。
「くくく、まずはじめに聞くことがそれか。やはりお主は変わったやつよの」
「いや、ここは重要なとこなんで」
真剣な声でいうと、女の子は再びクククと含み笑いを浮かべた。
「我は人とは違うからな。雌雄の区別はないが、人に当てはめれば雌ということになろう」
なんだその答えは。もっとはっきりしてくれよ。
相手が裸の少女なのか裸の少年なのかで俺の性癖が180度逆転するんだぞ。
わき上がるこの衝動をどう処理したらいいんだ。
「我からもひとつ質問がある。この結果はお主の狙い通りなのか?」
「結果ってのは、呪いが解けたことか?」
「やはり気づいておったのか」
「気づいてたってのとはちょっと違うけど……うまくいってよかったよ」
このエンシェントドラゴンは千年以上も生きる竜──「オールドワン」と呼ばれる最古の種だ。
それがアンデッドドラゴンに成り下がったのは、魔王軍四天王の一人であるネクロマンサーに反魂の呪いをかけられたからだ。
だからその呪いを解けばアンデッド化は元に戻る。
解呪するためにはアンデッドドラゴンを倒し、体内に埋め込まれた術式を消し飛ばせばいい──という設定を考えていたんだけど、小説内には書かなかった。
ぶっちゃけ使うの忘れてたんだけどな。
ほら、バトルシーンを書いているうちについつい筆が乗ってしまって勢いよく倒しちゃう、ってことよくあるだろ。
書き終えてから思い出したんだけど、書き直すのも面倒だったし、呪いを解いたところでエンシェントドラゴンがその後再登場する予定もなかったから、そのままアップしちゃったんだよね。
だから呪いの設定は俺の脳内にあるだけだった。
その場合、この世界ではどう処理されるか確認したかったんだが、結果はこの通りだ。
エンシェントドラゴンは元に戻った。シェーラの<デミウルゴス>がなにもかも消し飛ばした際に、術式も消えたんだろう。
つまり脳内で考えてただけの設定も、きちんと反映されているってことだ。
「そういえばあんたは数千年も生きてるんだろ。実際には何年生きてるんだ」
数千年生きた竜、と適当に設定していたが、1000年だって9999年だって同じ「数千年」だ。その辺りどうなってるんだろうな。
「さてな。忘れてしまったよ。いちいち数えておらなかったからな」
なるほど。それもそうか。
「そんなこと聞くためにわざわざ来たのか?」
「いや、実は頼みたいことがあってな」
俺は少女に近づき、とあることを頼んだ。
「……というわけなんだ。頼めるか?」
女の子は難しい顔でうなずいた。
「簡単なことではない。が、他ならぬお主の頼みじゃ。必ず成し遂げてみせよう」
女の子が請け負った。
確かに簡単なことじゃないんだろうけど、他でもない千年竜だ。
彼女にできないなら、他の誰にだってできないだろう。
「ところで、いつまでもこれとかお前とかいうのもアレだな。名前はなんていうんだ」
「我に名はないが……そうじゃな、ラグナと呼べばいい。かつてはそう呼ばれていたこともある」
そんな設定は知らないが……まあ数千年も生きてるんだからな。
俺の知らないイベントの千や二千はあるんだろう。
「ところで我からもお主に告げねばならぬことがある」
「ん? なんだ?」
「我の力を模倣したじゃろう。あれは人の身には過ぎた力。相応の反動があったはずじゃ」
「確かに結構やばかったらしいけど……もしかして、なにかまずかったか?」
命を消費するとまで書かれてたくらいだからなあ。
人間が他種族のスキルを使うなんてのも前例がないみたいだし。
「まずいなんてものではない」
軽く考えていた俺に、ラグナが衝撃の事実を告げた。
「お主の寿命はあと三日じゃぞ」