35.約束
部屋の中に明かりはなく、遠くに見える宴会の明かりだけが窓から差し込んでいた。
シェーラはベッドの端に、うつむくように座っていた。
いつもはつけている鎧を身につけていない。
ワンピースのような布地一枚だけだった。
シェーラとは反対の端っこに座る。
ベッドのスプリングが軋んだ音を立て、シェーラの体がビクリと震えた。
「……なあシェーラ」
俺が口を開くと、シェーラが慌てたように話しかけてきた。
「きょ、今日は凄かったね! 人もいっぱい集まったし!」
「あ、ああ。そうだな」
「ユーマもびっくりしたわよ。いきなり俺の金を全部使えなんて言い出すし」
「俺が持ってても使いきれないだろうからな。お金がほしくて戦ったわけでもないしな」
「そ、そうよね……」
「……」
「……」
「……なあシェーラ」
「りょ、料理! 料理美味しかったね。エールも美味しかったし、たまにはこういうのもいいかもね」
「何度もやったらあっというまにお金なくなりそうだけどな」
「それもそうね。それじゃこれからもクエストクリアしていかないとね」
「俺はもうカンベンだな……。いつ死ぬかわかったもんじゃない」
「アヤメちゃんに感謝しなさいよ」
「そうだな。こうして回復できたのはアヤメのおかげだからな。ところで回復といえば……」
「ゆ、ユーマは! いつまで冒険者のままでいるつもりなの。さっさと高レベルの職業に転職すればいいじゃない」
「色々とわけがあるんだよ。それより、クエストといえば……」
「えっ、あっ……その、あ、アヤメちゃんとか、ダインはどうしたの? アヤメちゃんはあまり人の多いところは得意そうじゃなかったけど」
「しばらくはそれなりに楽しんでたみたいだけどな。疲れたきたからってダインが連れて帰ったよ」
「そ、そう……」
「……」
「……」
「……なあシェーラ」
「えっと! あの、その……ええと……」
あわててなにかをいおうとするが、話を逸らす話題もなくなったのか意味のない言葉を繰り返すだけで、結局そのままうつむいてしまった。
「なあシェーラ」
「……うん」
「約束、したよな」
「………………うん」
消えそうな声で小さくうなずく。
暗い部屋のせいで表情はわからない。
でもひざの上にそろえられた両手が、固く握りしめられているのが見えた。
俺は逸る気持ちを抑えていった。
「俺はシェーラが本当は優しいって知ってる。本気で頼めば、イヤなことでもやってくれるって知ってる。だからシェーラの気持ちを聞きたいんだ。イヤならイヤだっていってほしい。シェーラを悲しませるようなことはもうしないって誓ったばかりだからな。だから、本当の気持ちを聞かせてほしいんだ」
「本当の気持ちって……」
「俺はシェーラが好きだ。この気持ちにウソはない。だから、シェーラのおっぱいを揉みたい」
「ば、ばかっ、なにいってんのよ……っ」
「でもこれが俺の本気だ。もしも死んで生まれ変わっても、俺はまたシェーラのおっぱいを揉みたいと思う」
「変態っ、今日のユーマは変態よっ」
「男なんてみんなこんなもんだよ。口では言わなくてもみんなそう思ってる」
「その口で言うのが問題なのよっ」
そういうもんか?
……そういうもんだな。普通は。
まだちょっとアルコールが残ってるのかもしれん。
「それで、シェーラの気持ちを聞かせてほしいんだ」
「あ、あたしの気持ちって……」
「シェーラのおっぱいを揉んでもいいか?」
「──……~~ッ!」
シェーラの顔が真っ赤に染まる。
そのまま永遠にも思える時間のあと、ぽつりと小さくつぶやいた。
「…………………………いい、わよ……」
「……~~ぃいよっしゃあああああああああああああっ!!」
ガッツポーズをあげる俺に、シェーラがどん引きしたように後ずさる。
「そ、そんなに喜ぶようなこと……?」
「当たり前だろ!」
「そ、そうなんだ……。……ふーん……」
まんざらでもなさそうな声でつぶやく。
「それじゃあさっそく……」
ベッドの端をにじり寄るように進む。
シェーラが顔を引きつらせて後ずさった。
「ちょ、ちょっと、なんか顔がキモいんだけど……」
「まあ、そうかもな。なにしろめっちゃうれしいからな。ニヤケるのは我慢できそうにない。どうしてもアレだってんなら目を閉じててくれ。大丈夫。すぐに終わるから」
キッと鋭い目がにらみつけてくる。
もごもごと口元を動かした後、やがてかすかに声を震わせた。
「……さ、さわるだけだからね……」
そういって、そっと目を閉じた。
こ、これは……これは……ッ!
伸ばす手が震える。
全神経を集中した指先が、ふくよかな膨らみに触れた。
「………………ッ」
シェーラの体がビクッと震えた。
指を動かすほどに、やわらかく沈み込んでいく。
「ぅ……ん……ぁ……」
乱れた吐息が室内に響く。
薄い布越しに感じる感触は泡のようにやさしくて、だけど瑞々しいやわらかさに押し返されて、手のひらに感じるまろやかな双丘のふくらみに芽吹くふたつの甘いさくらんぼFOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!
「これは、ひょっとして……ノーブラなのですかーっ!?」
「ふぇっ……? の、のーぶらって、なに……?」
俺の脳髄に電流が走る!
まさか……まさかこの世界は下着の概念がない世界なのか!?
そんな世界であるなんて描写した記憶は全くないが、だからといって下着をつけているなんて描写した記憶もない。
たまにサービスシーンとかでシャワーシーンとか、お風呂にうっかり入ってしまうことはあったけど、そういうシーンではもちろん下着なんてつけていない。
これは、あれか。やっぱり俺の願望が世界に反映されてしまった結果なのか。
まさに主人公のための世界。
何をしても許される俺が書いた俺のための世界。
俺の中にあった最後の一線が音を立てて切れた。
「……きゃっ」
気がつけばシェーラを押し倒していた。
「さ、さわるだけって……」
抗議する声が弱々しく響く。
しわの寄ったシーツの上に、緋色の髪が乱れるように広がっている。
窓から射し込む光がシェーラの顔を照らしていた。
「キレイだ……」
思わず本音がもれた。
見上げる潤んだ瞳に吸い込まれそうになる。
夜の引力に引き寄せられて、二人の距離が近づいていく。
いつのまにか胸に当てた手のことも忘れていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、大きくなっていくシェーラの顔から目が離せなくなっていく。
シェーラは、何もいわなかった。
明かりの下で真っ赤な顔をさらしながら、震える瞳でまっすぐに俺を見つめている。
お互いの鼓動すらも聞こえる距離。
見つめ合う瞳に熱がこもり、今という時間を特別なものに変えていく。
いつもとはちがう夜が、いつもとはちがう気持ちを与えてくれる。
普段ならいえないことも、今だったらいえる気がした。
「シェーラ、いいよな」
華奢な体が震えた。
見開いた瞳が小刻みに揺れる。
いつもは勝ち気な紅い瞳も、今日だけは弱々しく見上げていた。
夜の魔力に魅入られて、甘い声がささやく。
「いい……ょ」
いい。
いいよ?
いいだって?
好きにしていい?
なにしちゃってもいい?
もうイクところまでイッちゃっていいってことですかーっ!?
シェーラの手に赤い光がともる。
「いいわけないでしょ!!!」
閃光が爆発となり、俺は夜空に高々と打ち上げられた。