34.夜
昼を過ぎる頃にはクエスト達成の噂は街中に広がっていた。
ギルドにも人が続々と集まってくる。
口々に祝いの言葉を述べたり、凄いだのうちのパーティーにも入ってくれだのいってくる。
商隊の護衛隊長だったひともやってきて自分のことのように喜んでくれたっけな。
なかには女の子ばかりの美少女パーティーなんかもあったりした。
「ちょっと、なにデレデレしてんのよ」
「痛い痛い痛い! 俺の頬はゴムじゃないんだからそんなに伸びないって!」
シェーラという超絶美少女がいるのに他に目移りなんかするわけないだろ。
「おう、ずいぶんレベルが上がったらしいじゃねえか」
長身の美女が馴れ馴れしく肩を叩いてくる。
本人は軽く叩いてるつもりなのかもしれないが、1発で肩がはずれそうになるんだから手加減してください。
一緒にいた小柄な女の子が慌ててその手を止めた。
「そ、そんなに強く叩いたらダメだよお姉ちゃん。ユーマ君はまだ病み上がりなんだから」
アヤメほんといいやつだよな。まさに俺の天使。
マイエンジェルの発言を、ダインが大声で荒い飛ばした。
「なにいってんだ。こいつはレベル上限に達したらしいじゃねえか。相当ステータスも上がってるはずだ。この程度で効くわけねえだろ」
そういえばそのはずだな。
さっそくステータスを確認する。
全ステータスが100になっていた。
「おおっ。なんか強そうな数値だな。ちなみにダインはいくつだったんだ」
「あー、確か攻撃力は5000ちょいだったな」
「………………えっ? ごめんもう一度いいかな?」
聞き間違いだよな。
レベル上限に達した俺よりも、ダインのほうが50倍も強いなんてあるわけないもんな。
ダインが自分の冒険者カードを見せつけてくる。
「攻撃力は5023だな」
「えっ」
「防御が2100で残りが1000ちょっとだ」
「えっ、えっ」
全ステータスで10倍以上の差が開いてるんですけど?
俺のカードバグってるんじゃねえの。おい運営どういうことだよ。
シェーラがあきれたようにため息をついた。
「ユーマは職業が冒険者のままだから、ステータスなんてほとんど上がってないわよ」
「………………えっ?」
なん、だと……?
「ダインは狂戦士だからステータスが伸びやすいのよ。身体強化系のスキルも多いしね」
「あ、ああ。そうか。身体強化な。そりゃステータスが高いのも納得だ。うん。ところでシェーラはどれくらいなんだ?」
「だいたい平均して3000くらいよ」
「これだから体育会系冒険者どもは! アヤメ! アヤメは!? アヤメなら俺の苦悩がわかってくれるよな!」
「え、えーっと……」
困ったような顔をしながらカードを取り出す。
思った通り攻撃力や防御力は200くらいと低い。
……いやすでに俺の2倍もあるんだけど、これくらいなら全然耐えられる。
が、その中でも飛び抜けて高いステータスがあった。
MP:10023
魔力:8301
「アヤメちゃんはハイプリーストだからね。他が低いかわりに、魔力とMPが飛び抜けて高いのよ」
「つーかそのハイプリーストにも負けてんじゃねえか」
ダインがバシバシと肩を叩いてくる。
ステータスが低いとわかってもまったく容赦する気配がないな!
おのれ、冒険者にこんな落とし穴があったとは……。
かといって転職するとラーニングができなくなるし……。ぐぬぬ……。
思い悩む俺の肩が強く叩かれる。
わざわざさっきとは反対の肩を叩いているあたり、こいつはきっと俺の両肩を破壊したいにちがいない。
「お前は今まで通り後ろで難しいこと考えてればいいんだよ。戦いはオレに任せろ」
「ああ、そうさせてもらうわ。……ん? てことはダインは俺のパーティーに入ってくれるってことか?」
「なにをいまさらいってんだ。お前とのパーティーは面白そうだからな。もうしばらくは入らせてもらうぜ。アヤメもその方がいいみたいだしな」
「お、お姉ちゃん……っ」
顔を赤くするアヤメをよそに、ダインの細い腕が強引に俺の胸ぐらを引き寄せると、好戦的な笑みでささやいた。
「だが妹に手を出したかったら、まずはオレに勝ってからにすることだな。オレより弱いやつは男とは認めねえ」
「ダインより強い生物なんてこの世界に何匹いるんだよ……」
アンデッドドラゴンの連打を浴びてもビクともせず、剣の一振りで山を崩したようなやつだぞ。
何人、ではなく、何匹、としたところに人間でダインに勝てるやつはいない、という意味を込めたつもりだったんだが、ダインが笑みをゆるめることはなかった。
突然、細い腕が勢いよく突き出される。
細いとはいっても攻撃力が5000を超える人の形をした化け物だ。
とっさにかわした俺の頬をすさまじい早さで通り過ぎていった。
あっぶな。ていうか俺なんでいきなり攻撃されたの?
ダインの顔がさらに近づく。
鼻先が触れ合いそうなほどの距離でニタリと笑みを作った。
「自分でいうのもどうかと思うが、オレは美人だろ?」
「あ、ああ。そうだな。本当に自分でいうのはどうかと思うが」
口調と腕っ節の強さで忘れそうになるが、ダインは現代ならスパーモデルと見間違うほどに美人だ。
正直、こうして近寄られるだけでドキドキしてしまう。
「こう見えても結構モテるんでな。いろんな冒険者共だけじゃなく、貴族からも求婚されたことがある」
見た目だけなら本当に美人だからな。
小説内ではそんな設定はなかったが、これだけの美人を周囲が放っておくはずがない。
しかも高レベル冒険者で社会的地位もある。貴族達が放っておくはずないな。
「だが全員ワンパンで倒れちまった」
「求婚者相手になにしてるんだよ……」
「いくら不意を突いたとはいえ、反応すらできないとはガッカリだったな」
「しかも不意打ちかよ!」
「だが、お前はよけた」
ダインの顔が離れる。
長身から見下ろされる表情はどこか優しく、なんてことはなく、獲物を前にした狩人のようにギラついていた。
「こう見えてもお前には期待してるんだよ。今度こそオレを惚れさせる男が現れたんじゃないかとな」
「えっ」
「お、お姉ちゃん……?」
シェーラとアヤメが同時に反応する。
ダインが大声で笑った。
「心配すんな。お前らの邪魔をするつもりはねえよ。俺は愛人でかまわねえからな。こう見えてもオレだって女だ。強いやつを見ればトキメクのは当然だろ」
その握りしめた拳がなければ、悪くないセリフだったんだがなあ。
その後もギルドには続々と人が集まり続けた。
すぐにいっぱいとなって外にまであふれ出し、集まった人目当てに屋台が集まってエールや料理が振る舞われる。
あっというまに周辺が宴会場と化した。
しかも料金は全部俺持ちということになってるらしい。
報酬1億ゴールドという金額だけが一人歩きし、全額俺が手に入れたと思ってる人も多いようだ。
ま、いいけどな。使いきれない金なんて持ってるだけじゃ意味ないし。
渡されたエールもキンキンに冷えていて美味い。
これは日本じゃ未成年が飲んではいけないものな気もするが、ここは異世界だ。きっと法律も緩いだろう。
いい感じにテンションも上がってきた俺は、ギルドを出た入り口に立つと、集まる群衆に向けて大声を上げた。
「お前らあああ! 俺が羨ましいかあああああ!!」
一瞬の静寂の後、鳴り響くような怒号が返ってきた。
「当たり前だこらああああ!」「1億も独り占めしやがって!」「次はぜってー俺たちが勝つからな!」「美少女ばかり集めやがって!」「アヤメちゃんを俺によこせ!」「俺はシェーラたんでいいぞ!」「じゃあ俺はダイン……はやっぱいいわ」「今オレに喧嘩を売った奴は誰だごらああああああっ!!」
なんか一部で乱闘がはじまったけど、まあいいか。どうせ瞬殺だろう。
「俺が羨ましかったら……俺の1億ゴールド、全部使い切ってみせろやああああああああああっ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
さらなる怒号が響きわたる。
もう夜だというのに勢いが衰える様子はなく、むしろ宴会は最高潮に達しようとしていた。
誰もがベロンベロンに酔っぱらい、見知らぬ人同士で肩を組んで歌いあったり、よくわからない議論をかわしたりしている。
もう誰も俺に注意を払わなくなった頃、そっとギルドを抜け出した。
冒険者ギルドを中心としてかなり広い範囲にまでお祭り状態は広がっていたが、その輪から離れればあたりは急に真っ暗になる。
もうとっくに夜だしな。
宿屋にまでくると宴会の声も遠くに聞こえるだけだ。
宿屋にはおばちゃんもいなかった。
不用心にもほどがあるが、まあ今日くらいはな。
どうせ客もみんな宴会に参加してるんだろうし。宿屋には誰もいないんだろう。
階段の軋む音がやけに大きく響く。
すっかり歩き慣れた廊下も、人の気配がないだけでこんなにちがうものに感じられるんだな。
それとも単に、俺が緊張しているだけなのか。
あれだけエールを飲んだのに、酔いなんて全部吹っ飛んでいた。
いつもは聞こえない蝶番の音を聞きながら扉を開ける。
一人の女の子が中で待っていた。
「お、おかえり……」
シェーラの固い声が響く。
今日は約束の夜だ。