31.告白
不意を突いたその質問に、俺は自分でも驚くほどのショックを感じていた。
当たり前すぎて考えてもいなかったが、ここは異世界だ。現代じゃない。もちろん帰るという選択肢だってあるはずなんだ。
「アヤメは……帰りたいのか?」
逃げるように、質問に質問で返してしまう。
だけどアヤメは気を悪くしたりもせず、うつむいたままモジモジと手を動かしていた。
「どうかな……。わからない。でも、お父さんやお母さんはすごく心配してると思うから……」
「そう、だよな……」
いままでそんな余裕がなくて全然考えてなかったけど、俺にだって一応家族はいたし、アヤメの家族は普通以上に仲が良かった。
一人娘がいきなりいなくなったりしたら、誰だって大騒ぎだろうな。
帰る方法か……。
そんなのは考えたこともなかった。
だけど俺は作者だ。あらゆる設定も裏技も全部知っている。
その中のある方法を使えば、今すぐというわけにはいかないが、たぶん帰れてしまうだろう。
「ユーマ君はやっぱり、こっちに残るんだよね?」
「まあ、そうだな……」
俺の小説も主人公は帰らないし、ほぼすべての異世界ものは現代に帰らず、異世界で暮らすことを選択する。
ま、そりゃそうだよな。
こっちのほうがチート設定がいっぱいあって人生イージーモードだし、美少女だっていっぱいいる。
俺のほしかったものは全部ここにあり、そして現代に戻ったからといってなにかやりたいことがあるわけじゃない。
帰る場所があればちがったのかもな。
でも半引きこもりだった俺を家族は腫れ物のように扱っていたし、小説も完結してしまったからやるべきことはもうない。
唯一の友達といえたアヤメも、こっちに来ちまった。
なんてこった。マジで帰る理由が思いつかない。
俺にはこの世界を放置したまま逃げるわけにはいかないって理由があるが、たとえ世界を救ったあとでも、やっぱり結論は変わらないだろう。
「俺はこのままこっちで暮らしていくよ」
俺の答えに、アヤメはうなだれるようにうつむいた。
「ユーマ君は、やっぱり、その……」
声にならない声を口の中でつぶやくと、やがて勢いよく顔を上げた。
「ユーマ君は、その……シェーラさんが好きなの!?」
「ふぁっ!?」
いきなりのことに変な声が出てしまう。
だけどアヤメは冗談を言っているようには見えなかった。
真剣な眼差しでまっすぐに俺を見ている。
「シェーラさんはかわいいし、カッコいいし、胸とかも、その、おっきくて……なによりユーマ君の作ったキャラクターだから……」
まっすぐだった視線はうつむき、だんだんと声も小さくなっていく。
「確かにシェーラはかわいいよな」
そう答えると、下を向くアヤメの肩がびくっと震えた。
なにしろ俺の作ったキャラクターだ。
俺の趣味全開だし、こっちの世界に来たことでさらに俺の趣味が加えられている。
緋色の髪も、勝ち気な瞳も、鎧の下に着た女の子らしい服装も、程良くバランスのとれたスタイルも、細部に至るまでなにもかもが全部俺の好みだ。
これがピクシブに投稿されたイラストだったら、毎日巡礼して一ヶ月は10点を付け続けるだろう。
でも、それだけじゃない。
初めて出会ったとき、真っ先に俺を助けに来てくれた。
一人で泣く俺を慰めてくれた。あんたは一人じゃないと俺を励ましてくれた。共に戦うと約束してくれた。
命を大事にしなさいと、俺のために怒ってくれた。
最初は確かに見た目のかわいさに惹かれた。
でも今は違う。
性格まで含めたシェーラの全部に惹かれている。
「やっぱり俺は、シェーラが好きだ」
「………………そう、なんだ」
アヤメの声が小さく響く。
なんだか震えているような気がしてとなりを見ると、まっすぐな瞳と正面から見つめ合った。
「実はね、わたしにも好きな人がいるの」
「へえ、そうなんだ………………えっ!?」
あああああ、アヤメに好きな人がいる?!
なぜだか激しく動揺する俺に気づいているのかいないのか、アヤメがどこか遠くを見るような目で語り出す。
「その人はね、適当で面倒くさがりで、勉強もあんまりしないし、ほとんど部屋に引きこもってばかりで友達もいなかった。学校には来てくれてたけど、寝てるか違うことをしてばっかりだし、体育の授業はほとんど休んでて、わたしからみてもカッコいいところは全然なかった」
「そんなやつのどこがいいんだ」
つい素でツッコミを入れてしまった。
普通にダメ人間な気がするんだがそいつ。
アヤメがクスリと笑みをこぼした。
「でもね、毎日とても楽しそうだった。自分の好きなことに一生懸命だった。なにも出来ないわたしとは大違い。わたしはこんな性格だからきっとつまらない女の子だったと思う。話も面白くないし、みんなと一緒に楽しんだりも出来なくて、友達も少なかった。
でも、その人はわたしと一緒にいてくれた。一緒にいて楽しいっていってくれた。それに、いろんな楽しいことを教えてくれた。
楽しそうなその人を見ているだけで、わたしまで楽しくなれた。一緒に笑うと、もっと楽しくなれた。その人を支えていると、わたしにもすごいことが出来る気がしてきた。わたしのつまらない毎日は、その人と一緒にいることでとても楽しいものになった。わたしにはなにもできないけど、その人と一緒にいるだけで自分にもなにかすごいことができる気がしたの。
もっとこの人と一緒にいたい。一緒に笑って、一緒に泣いて、もっとたくさんのことをこの人と過ごしたい。辛いことがあったら支えてあげたい。悲しいことがあったら慰めてあげたい。わたしがもらったたくさんのものを、少しでも返したい。もっと、ずっと、いつまでも、あの人のそばにいたい──────
気がつけば、わたしはその人を好きになっていた。
もしその人も同じ気持ちでいてくれたら、すごくうれしかった、かな。もうちがうってわかっちゃったけど」
アヤメの告白を聞いて、俺は自分でも驚くほどショックを受けていた。
アヤメとは生まれた頃からの幼なじみだ。
家がとなりだったためずっと一緒だった。いつからなんて思い出せない。それこそ本当に生まれたときから一緒だったんだ。
そのアヤメに好きな人ができたという。
それは不思議でもなんでもない、普通のことだ。
俺がシェーラを好きになったように、アヤメだって誰かを好きになる。
それはごく当たり前のことで、友人として祝福すべきなんだろう。
それでもなんというかこう、素直に喜べないもやもやした感じがある。
娘に彼氏ができたと聞かされたときの父親の気持ちがこんな感じなのかもしれないな。
「えっと、その、そいつは誰なんだ……?」
たずねると、アヤメは少しだけうれしそうな笑みを見せた。
「気になってくれるんだ?」
「そりゃ、まあ、それなりには……」
興味がないといえばウソになる。
しかしはっきり気になるというのもなんというかこう……。
アヤメとはずっと一緒にいた気がするが、考えてみればそんなことはない。
クラスがちがうこともあったし、俺一人で部屋にこもって小説を書いていることもあった。
そのときアヤメがどこでなにをしていたかなんてさすがに知らない。
どこで誰と出会い、どんな恋に落ちたのか。
それはアヤメだけの物語だ。
俺にわかるはずもない。
「もしわたしの好きな人教えたら、ユーマ君は応援してくれる?」
「それはもちろんだ」
アヤメには幸せになってほしい。
大切な幼なじみとして、心からそう思う。
アヤメはいつものように控えめにほほえんだ。
少しだけ、寂しそうに。
「ありがとう。ユーマ君」