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29.生還

 目を開けると天井が見えた。

 すっかり見慣れた木製の天井だ。

 思わず安堵のため息がもれる。


「……どうやら死ななかったみたいだな」


 最後の瞬間の記憶がないから、最悪あのまま消し飛ばされる可能性も覚悟していたが、どうにか杞憂ですんだようだ。

 そのかわり、起きあがろうとしても体が重くて動かなかった。

 さすがにノーダメージなわけはないか。


 痛みなどはないからケガをしてるわけではなさそうだが、なんというかこう、体力がない感じだ。

 全身の力を振り絞って、ようやく体を起き上がらせることが出来た。


 ベッドに腰掛けて大きく息を吐く。

 起き上がるだけでこれだ。しばらくは歩くのもしんどそうだな。

 体を確かめてみたが、やはりケガらしきものは無い。それどころかかすり傷ひとつ見当たらなかった。


 さすがに無傷ってのは、おかしくないか?

 体の調子を確かめていると、扉が開いて赤い髪の少女が入ってきた。


「あっ……」


 手に水の張った桶を持ったまま、俺の姿を見て立ち止まる。


「おはようシェーラ。さっそくで悪いんだが……」


 シェーラの手から桶が落ちた。

 床が水浸しになるのもかわまずに走りだすと、飛びつくように抱きついてきた。


「お、おい……」


「よかった! 本当によかった!」


 俺の首にすがりつき、涙声を響かせる。


「もうこのまま目が覚めないんじゃないかって……!」


 人目をはばからずに大声で泣きわめいた。

 あのシェーラがこんなに取り乱すなんて。

 どうやらかなり心配させてしまったらしい。


 重い腕をどうにか持ち上げて、シェーラの体にまわした。


「悪い。心配させるつもりはなかったんだ」


「本当よ……! ちゃんと反省しなさいよね……!」


 こんな時にも怒ってくるなんて、なんかいかにもシェーラらしいな。


「なに笑ってるのよ」


 おっと、さすがに鋭い。

 俺はごまかすように表情を引き締めた。


「ところで、俺はどれくらい寝てたんだ」


 シェーラが離れると、泣きはらした目を拭った。


「三日も寝続けてたんだからね」


 そんなにか……。どうりで体が重いわけだ。

 そりゃ心配もかけるよな。


「アヤメちゃんにも感謝しなさいよ。宿に戻ってからも気を失ったままのユーマに、一日中回復魔法をかけ続けてたんだから」


 あれだけの戦闘のあとで無傷ってのはさすがにできすぎだと思ってたけど、そういうわけだったのか。

 アヤメにもお礼をいっとかないとな。


「それで、あの竜はどうなったんだ」


 俺もシェーラもこうして生きている、ってことは倒したってことなんだろうけど。

 シェーラは静かに首を振った。


「それがよくわからないの。光が消えたとき、竜の姿もなくなってた。死んだのか、逃げたのか、わからなかったわ」


 死んだ、ってことはないだろう。

 生死の概念がないって自分で言ってたからな。


「そして同時にユーマも倒れたのよ。最初は疲れてるだけかと思ったんだけど、確かめてみたら、その……息をしてなくて」


「えっ」


 マジかよ。俺死んだのかよ。


「それで急いでこっちに戻ってきてすぐ医者に診てもらったり、治癒魔法をかけてもらったり、とにかく色々大変だったのよ。最初は『これは魂が消滅してるから無理だ』なんていわれたりして。それでもアヤメちゃんは諦めなくて、ずっと蘇生魔法をかけ続けてた。そうしたらどうにか息を吹き返したのよ」


「魂が消滅していたのに?」


 その状態からだと女神様にも復活させられないはずなんだが。

 そこから復活させるなんて並大抵のことじゃないぞ。


「本当に奇跡だってみんな驚いてたわよ」


 奇跡といえばまさにその通りなんだろう。

 また俺の考えた設定が覆されてるじゃないか。

 今度はいったいどんなチート設定が追加されたのやら。


 それとも主人公は死なない運命にあるんだろうか。

 主人公が死んだら物語は終わりだからな。物語が途中で終わることこそ、小説にとっては最大の矛盾だ。

 世界の理をねじ曲げてでも強引に復活させてくれるのかもしれない。


 とはいえまあ、無事に済んだのはやっぱり奇跡なんだろう。


「ところであたしからも聞きたいことがあるんだけど」


「なんだ」


「ユーマが最後に放ったスキルよ。あれはなんなの? 正直、あんなのと相打ちに出来るなんて未だに信じられないわ」


「前にも話しただろ。ラーニングだよ。エンシェントドラゴンのスキルを覚えて、まったく同じスキルを打ち返してやったんだ」


 俺は冒険者カードを取り出した。

 取得スキル一覧の一番上に、ラーニングしたばかりのスキルが表示されている。


【竜魔法 ディケイドロアーLv.4000

 エンシェントドラゴンと呼ばれる種族だけが扱うスキル。自らの存在を力に変えて放つ。絶大な威力と引き替えに命を消費する】


 おおう。俺も詳細を確認するのは初めてだったが、これはなかなか刺激的な内容だ。

 そりゃぶっ倒れるわけだよ。

 今さら驚きもない俺とちがい、シェーラは怖いくらいに真剣な顔をしていた。


「このスキルはなに? 命を消費するってどういうこと?」


「あいつは自分のことを魔力そのものって言ってただろ。それを俺が真似して使えば、俺自身を消費するってことだ」


「そんな危険なものってわかってて、なんで使ったのよ」


「でも他に方法がなかったからしかたなく……」


「しかたなくない!」


 シェーラが瞳を吊り上げて怒鳴った。


「それでユーマが死んだらなんの意味も無いじゃない!!」


「シェーラ……」


 驚きも忘れて、呆然と目の前の女の子を見上げてしまう。


「あたしを守るんでしょ! 勝手に死ぬなんて許さないわ! 男だったら約束は最後まで守りなさいよ!」


「え、あ、はい。ごめんなさい……?」


 いつになく本気で怒ってる様子のシェーラに、俺もつい謝ってしまう。

 シェーラが腕を組み鷹揚にうなずいた。


「いいわ。許す」


 あれ。なんで俺が悪い感じになってるんだ。

 微妙に納得がいかないんだけど。


 釈然としないでいる俺の横に、シェーラが腰掛けた。

 触れるか触れないかの距離を隔ててぽつりとつぶやく。


「でも……あたしを守ってくれたのは、うれしかった。ありがとう」


「え? あ、ああ。それくらい当然だろ」


「当然なんかじゃないわ。あのときのユーマは、すごく……」


 シェーラの言葉はそれ以上続かなかった。

 すごく……すごく、なに? めっちゃ気になるんだけど。聞きたいけど……なんか聞くのがものすげー恥ずかしい。


 なんだか妙な空気の中で俺も固まってしまう。

 やがてシェーラが再び口を開いた。


「ねえ。もうひとつ聞きたいことがあるんだけど」


「な、なんだ……」


「あのときの言葉、本当なの……?」


「あのときって……?」


 なんとなく予想がついていたが、それでも聞いてしまった。

 確かにあのとき俺は、ほとんど告白みたいなことを口走ってしまった気がする。

 シェーラは俺の顔を見ないように前を向いたまま、かすれた声を響かせる。


「最後に、言ってたじゃない。どうしてもやりたいことがあるって……。それまでは死ねないって……」


 最後に言った言葉。

 俺はそれを思いだしていた。


『シェーラのおっぱいを揉むまで死ねるわけないだろうがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』


「……」


「……」


「……」


「……」


「ねえ」


「……はい」


「ユーマってバカなの?」


「ひょっとしたらそうかもって思い始めてます……」


「……」


「……」


「……そんなに、さわりたいの……?」


「はいおっぱい大好きですッ!」


「こ、声が大きいわよ!」


 顔を真っ赤にして怒る。

 つい勢い込んで答えてしまった。

 我ながら正直すぎたかなって反省してる。


 さすがのシェーラもこっちを見る目がドン引きだ。

 ジト目でしばらく睨みつけていたが、やがてぽつりと言った。


「………………いいわよ」


「えっ?」


 幻聴かな?

 とても魅力的な言葉が、絶対に言うわけのない女の子の口から聞こえた気がしたんだけど。


「……い、いいって言ったのよ! その……さわっても………………」


 えっ、えっ?


「助けてもらったお礼をしないといけないし……それに、ユーマにだったらイヤじゃないっていうか、あたしも、その、ユーマのこと……」


「それって……つまり……」


 つまり……!


「ただし! ふたつ約束してもらうからね!」


 俺がなにかを言う前に二本指を突きつけてきた。


「ひとつは、先にちゃんと体を治すこと。アヤメちゃんのおかげで助かったとはいえ、三日も寝込んでたんだから体力は相当落ちてるはずよ。無理は許さないからね」


 確かに体もろくに動かないままだ。

 いわれなくても休んでいるしかないだろう。


「もうひとつは……?」


「もう二度と自分の命を犠牲にしないで」


 赤い瞳がうっすらと濡れる。


「あたしを守ってくれたのはうれしかったけど……。もうあんな無茶は絶対にしないで。ほんとに、ほんとうに心配したんだから……」


 ぽたりぽたりと、シェーラの膝が濡れる。


「そうだよな。ごめん」


 誰も死なない世界を目指す、といったのに、まっさきに自分が死んだんじゃ意味がない。


「わかったよ。約束する。もう絶対にシェーラを悲しませるようなことはしない」


 絶対だからね、と念を押すように赤い瞳が俺を見つめる。

 俺は力強くうなずいた。

 確認したシェーラが立ち上がる。


「それじゃこの話はもう終わり!」


 強引に打ち切ると、逃げるように扉へと向かった。


「あたしはもう行くからね。ちゃんとゆっくり休んでなさいよ」


「ん、そうか。ああ、そうだ」


 おれは落ちていたタオルを拾い上げる。


「ずっと看病していてくれたんだろ。今更だけど、ありがとう」


 礼を言うと、恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「別にいいわよ。そんなの。それにあたし一人ってわけじゃないし」


「そうなのか?」


「そうよ。あんたのことを心配してた人は他にもいるでしょ」


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新シリーズはじめました。
優しさしか取り柄がない僕だけど、幻の超レアモンスターを助けたら懐かれちゃったみたい
助けた美少女モンスターとのまったり日常二人旅(の予定)。こちらもよろしくお願いします。
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