27.正体
すさまじい衝撃波に隠れていた俺も吹き飛ばされそうになる。
アヤメとダインを抱き抱えたまま、ルビーの剣を地面に突き立ててどうにか吹き飛ばされるのをこらえた。
が、その地面ごとめくれあがって吹き飛ばされる。
もはやこらえるとかそういうレベルじゃない。
宙を舞う岩盤にしがみついたまま、振り落とされないように力を込めるだけだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
空中を浮遊する感覚に目が回る。
再びおとずれた衝撃に目を開けると、元いた場所から遠く離れた位置に岩盤ごと着地していた。
身体狂化様々だな。
このスキルがなかったら今日だけで何回死んでたことか。
爆風が収まり、視界が晴れた頃を見計らって顔を上げる。
そこは跡形もなかった。
文字通りなにもない。
辺り一面の森は降り注いだ土砂で根こそぎ破壊され、樹海の中にそびえ立っていた岩山はきれいさっぱりなくなっている。
かわりに途方もない大きさのクレーターができあがっていた。
……あーあー、これはひどい。
アンデッドドラゴン退治……いやヴァンパイア・ドラゴンだったか。
どっちにしろそいつは「くくく……、あやつは四天王の中では最弱」とか言われるレベルなのに、もう地形が変わるほどのバトルに発展してるじゃねえか。
これで最弱だとすると、残りはもっと強いってことだろ。
ないわー。無理ゲーだわー。
ふと思いついて、冒険者カードを確認する。
予想通り余波だけでも攻撃と見なされたらしく、取得可能スキル一覧に新しいスキルが加わっていた。
【召喚魔法 <デミウルゴス>Lv.150】
レベルを示す数字が赤くなっているのは、限界突破の証だ。
限界を超えて強化しまくったんだろう。
そりゃ山のひとつも消し飛ぶよな。
抱えていたアヤメとダインを確認すると、気を失ってはいるようだったが一応無事だった。
さすがに抱えて歩く気力はもう残っていなかったので、申し訳ないが二人は岩盤の上に寝かせておくことにする。
悪いな。すぐに戻るからしばらくここで待っててくれ。
せめて俺の上着を二人の下にしくと、痛む体を引きずりながらクレーターの中心へと向かった。
荒野と化した森を歩くうちに、座り込む緋色の女の子が見えてきた。
さすがに疲労の色が濃い。疲れ切った目が俺をみた。
「アヤメちゃんと、ダインは無事……?」
真っ先にそれを聞くあたり、ずっと心配してたんだろう。
「ああ、いちおうな」
そう答えると、ほっと肩をなで下ろした。
「そう、よかったわ……」
「人の心配より自分の心配をしたほうがいいんじゃないか」
座り込むシェーラに肩を貸してやる。
そういう俺だって足にガタがきていたが、そこは男の意地ってやつだ。
シェーラの体重を支えたまま立ち上がる。
「……フラフラじゃない。大丈夫なの」
「大丈夫じゃなかったら明日からダイエットして……ウソですごめんなさい全身ボロボロなんだから足踏まないでください!」
そんな軽口をたたきながら、シェーラとクレーターの底を歩く。
「……それにしても、すげえ威力だよな」
「ここが深い森の奥で助かったわ。でなきゃこんな魔法使えないもの」
「さすがに……死んだんだよな」
ドラゴンがいたと思われるクレーターの中心部にはなにもない。
森も大地も根こそぎ吹っ飛んでいる。
これで生きてるとしたら、それはもう生物ではない。
「……ッ」
シェーラの体がこわばった。
「……どうした?」
たずねたが答えはない。
体が小刻みに震えている。
真っ青になった顔がある一点を、クレーターの中心部を見つめていた。
そこにはなにもない。
なにもないのに、シェーラは青冷めた顔のまま動きを止めていた。
「……冗談ならたちが悪すぎるぞ」
それが冗談でないことはシェーラの反応を見ればわかっていたのに、それでもそう言わずにはいられなかった。
シェーラが唇を震わせる。
「声、が……」
「声?」
そのとき、それは俺にも聞こえた。
『はははははっ! 愉快、実に愉快だ人間よ!』
耳ではなく頭に直接響く声。
クレーターの底に歪みが生まれる。
渦を巻くように空間が歪み、徐々に大きさを増していくと、黄金色の竜が現れた。
『このような気分になるのは何百年ぶりだろうか。おかげで目が覚めた』
なにかの落ちる音がして我に返る。
いつのまにかシェーラが地面に座り込んでいた。
呆然とした顔で目の前の竜を見上げている。
「なん、で……」
『人の子よ、ひとつ教えてやろう。我に生死の概念はない。命ある有限の存在でなく、魔力そのものたる無限の存在だ』
俺にはもうなにひとつ理解できなかった。
そんな設定は知らないし、思いついたこともない。そもそも言っている意味もわからない。
わかるのは、目の前に一匹の竜がいるということだけ。
そいつは黄金色の美しい体躯をもち、体には傷ひとつなく、俺の目にもわかるほどはっきりと強大な力を持っていた。
先ほどまでのアンデッドだかヴァンパイアだかなんて、目の前の存在に比べればちっぽけなものだ。
これが千年竜──エンシェントドラゴン。
神にも匹敵するといわれた存在。
黄金色の瞳が興味深そうにシェーラを見る。
『先ほどの一撃は主によるものか?』
シェーラがかろうじて首を縦に動かす。
『人の身にしては大したものだ』
声に恨みや怒りの感情は見あたらない。
少なくとも俺たちを取って食おう、というわけじゃなさそうだ。
そう思うまもなく、千年竜がその顎をばっくりと開いた。
『恨みはないが、この昂ぶりを抑えねば落ちつかぬ。悪いが少し付き合ってもらうぞ』
開いた咥内に光が集まる。
次の瞬間には、視界が真っ白な光に包まれていた。
──ッッッッッギィィィィィィィイイイイィィィィイン!!!
森に穿たれたクレーターが、白い光によってさらに削り取られる。
死んだ。即死だ。本気でそう思った。
二匹の蚊を殺すために核爆弾を落とすようなものだ。オーバーキルにもほどがある。
だけどおそるおそる目を開けてみると、俺もシェーラも生きていた。
周囲に赤い結界が張られている。
それが放たれる閃光を弾いていた。
あらゆる攻撃を一度だけ防ぐ力。
加護のルビーの力だ。
『我が力に耐えるか。なかなか楽しませてくれる』
喜色満面の声が響く。
『人の身と侮った非礼を許せ。我が全力で応えてみせよう!』
閃光がさらに勢いを増す。
周囲に展開する赤い光に亀裂が走った。
さすがのチートアイテムも、よりむちゃくちゃなチート相手では分が悪いようだ。
「こんなの、どうしようもないわよ……」
弱気な声が聞こえる。
シェーラの最強の一撃でも傷ひとつつかず、それを上回る一撃を放たれたのでは絶望するのも当然だ。
これは人類がかなう相手じゃない。
だが、それでも──
「……ユーマ?」
俺はシェーラの前に立った。
「手はある」
答える声はなかったが、俺を見つめる視線が感じられた。
「まだ生きてる。誰も死んでいない。未来は変わろうとしている。なら諦めるわけにはいかない」
「でも、こんなの……」
亀裂の走る音がさらに響く。
ルビーの結界も限界が近そうだ。
結界が壊れれば俺たちなんて一秒も保たずに消滅するだろう。
「約束しただろ。シェーラは俺が守るって」
「……ッ! そんなの、無理に決まってるじゃない……!」
「無理でもやるさ。それに知ってるか。男には絶対に負けない瞬間ってのがあるんだ」
「……なによ、それ」
結界に亀裂が走る。
防ぎ切れなくなった閃光が差し込みはじめる。
そのたびに全身に力がみなぎるのを感じていた。
「決まってるだろ。それは──好きな女の子を守るときだよ!」
結界が割れた。
すべてを消滅させる破滅の光が襲いかかる。
光の速度で迫る攻撃だ。
避けようもないし防ぎようもない。
そんな絶体絶命のピンチこそ……主人公が最も力を発揮する場面だろ!
限界をはるかに超えて強化された動体視力が、視界の中で動くあらゆるものをスローモーションに変える。
その中では光さえ雪のように遅い。
手を伸ばして光に触れる。
同時に叫ぶ。
「ラーニング! 『ディケイドロアーLv.4000』!」
俺の手から放たれた閃光が、千年竜の閃光を押し返した。
『ほう!? 我が力を模倣するか! 面白い! よもや我に互する存在と巡り会えるとは!』
歓喜の声と共に、さらに圧力が増した。
ウソだろ……っ、まだ威力が上がるのかよ!
こうなったらこっちも……
「……ッ!」
足から力が抜けおちた。
かつてないほど絶体絶命のピンチを前に全ステータスが跳ね上がってるはずなのに、それでも体力が急速に失われていく。
全身が冷たい。魂を根こそぎ削り取られている感覚だ。
そうか。
千年竜が魔力そのものだというのなら、その魔力を使って放たれる閃光は、まさに命そのものを削って放つようなもの。
ラーニングした俺も当然、命を削って放つことになる。
「これは、ちょっとまずいかもな……」
さすがに想定外だ。
支えられなくなったひざが地面を付く。
不意に、背中からあたたかな感触が抱きしめてきた。
「……じゃないわよ」
力が流れ込んでくる。
シェーラの残りわずかな魔力が俺の中に注ぎ込まれていた。
「……諦めてんじゃないわよ……。あたしのことが好きだっていうのなら、全力で守ってみせなさいよ!!」
折れた心に火が点いた。
そうだよ。大事なことを忘れていた。
死ねない理由が俺にはあるじゃないか。
命が削られるからなんだ。どうせやらなきゃ死ぬんだ。
俺にはやるべきことがある。やり残したこともある。まだまだやりたいことだってある。つーかまだ童貞だしキスだってまだなんだ。そんなんで死ねるわけないだろ。
それになにより、俺の後ろにはシェーラがいる。
戦う理由はこれ以上ないほどにそろっていた。
渡された力はわずかなものだったが、立ち上がるには十分すぎる力だった。
「そうだよ……まだ死ねない。死ねない理由があるんだよっ!」
放つ閃光が膨れ上がる。
千年竜のブレスを一気に押し返した。
『これは……、お主、死ぬつもりか!』
「死ぬつもりなんかねえよ。死ねるわけないだろ。俺は、俺はな……」
背中から抱きつくあたたかな、ふたつの柔らかな感触を感じながら叫ぶ。
「シェーラのおっぱいを揉むまで死ねるわけないだろうがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
閃光が弾ける。
新たな光がすべてを塗り替える。
『超えるというのか。人の身で! 我が力を!! ふはははは! 面白い! これだから生きるのはやめられぬ!』
千年竜の声が響き、やがて聞こえなくなる。
そして──