25.一撃
悲鳴を上げるアヤメを抱えて飛び上がろうとするが、すでに足場は崩壊していた。
逃げる場所もなく落下していく。
高さは、ざっと見ても2、30メートルはある。
マンションに換算するなら10階相当からの落下。
このまま落ちてただですむ、わけないよな。
……くそっ、うまくいってくれよ!
「スキル発動! 身体狂化Lv.21!」
超強化された身体能力を使って空中で体勢を整えると、抱えていたアヤメを背中に背負い直した。
「悪いが、しっかり捕まっててくれ」
「な、なにする気なの!?」
悲鳴のような声が背中から聞こえる。
俺は落盤中の手近な岩に手を伸ばすと、全力でつかんだ。
「こいつをぶん投げる」
意図を悟ったのか、それとも反射的だったのか、アヤメの両腕が俺の首に全力でしがみついてきた。
そうだ。しっかり捕まっててくれ。悪いが本当に他のことにかまっている余裕はない。
岩をつかむ手に全身全霊の力を込めた。
あふれ出す力に体中が軋む。
筋肉が限界以上に膨張して血がしぶき、岩に食い込んだ爪がひび割れる。
はっきり言って痛い。めちゃくちゃ痛い。
それでも俺は力を緩めなかった。
痛かろうがなんだろうが、死ぬよりはましだろ!
「うおりゃあああああああああああああああああああああああっ!!」
腕が悲鳴を上げるのもかまわずに、直径十メートルはありそうな岩を真下に向かって放り投げた。
砲弾のような勢いで岩が地面に激突し、反動で俺の体が真上へと投げ出される。
とはいえまだまだ落下の途中。
二人分の体はすぐに重力に捕らわれる。
どんどん加速し、地面がものすごい速度で近づいてくる。首にしがみつく力がぎゅっと強くなった。
すでに腕は一度の無茶でボロボロになっている。
あんな荒技もう一度はできそうにない。
すさまじい速度で迫ってくる地面をにらみつけた。
策なんてもうない。
あとは……保ってくれよ俺の足!
ドンッ!
着地した両足に衝撃が走る。
「……~~~~っっっってえええええええええええええええ!」
盛大に痺れたが、それでもなんとか踏ん張れた。
なんかちょっとみしみしって音が聞こえたけど、聞かなかったことにしよう。
「あ、ありがとうユーマ君……」
背中から降りながらアヤメが小さくつぶやく。
「お、お、おう。気にするな。いいい痛くなんか全然ないからな」
両腕がボロボロの血塗れで、足もガクガクに震えた状態ではまったく説得力がなかったようだ。
アヤメが慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫!? すぐに治すね!」
淡い光が包み込んでくる。
柔らかなあたたかさに包まれていくうちに、全身の痛みが消えていった。
「悪い。ありがとう。カッコ悪いところ見せちまったな」
「ううん、そんなことないよ! すごく、その……カッコよかったと思うよ……」
アヤメがそんなことを言ってくれる。
こんな情けない姿でカッコいいわけないと思うのだが。
やっぱりいいやつだよな。
シェーラとダインは……心配はいらないだろうけど、一応姿を探してみる。
あれだけの大崩壊なんだ。さすがに無傷ってことはないだろ。
そう思って頭上を見上げると、落ちてくる岩を次々に飛び移る二つの姿があった。
……同じスキルを持ってるはずなのに、これが引きニートと高レベル冒険者の差か。
不意に、頭上に巨大な影がよぎった。
アンデッドドラゴンがその巨体のまま地面に激突する。
山の中に作られた空洞が盛大に振動した。
俺のように足が痺れる、なんてことはなく、すぐさま奇怪な咆哮を上げると体を旋回させた。
尻尾が空間を横凪にする。
尾の先にいるのは、未だ空中のダインだった。
「ぐあっ!」
樹齢百年はありそうな太さの尾が直撃する。
身体能力を強化しまくっているダインでも、受け身もとれない空中ではどうしようもない。
軽々と吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。
「お姉ちゃん!」
アヤメの悲鳴が響く。
ダインは壁にめり込んだまま動かない。
くそっ! 早く助けに……
走りだそうとする俺の目の前で、アンデッドドラゴンが前足をふるった。
「きゃあっ!」
たったの一撃でシェーラの体も吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられた衝撃で気を失ったのか、そのまま地面に崩れ落ちた。
おいおい、あの二人が瞬殺とかマジかよ。
そこまで強くした覚えはないんだが。
アヤメのポーションを飲んでおいたはずなのに、とも思ったが、前足や尾による一撃はただの物理攻撃なんだから、闇属性もなにもなかったな。
なんて思ってるあいだに、アンデッドドラゴンはこちらを向くと、巨大な顎をめいっぱいに開いた。
その中に真っ黒なモノが渦巻いているのが見える。
「うおおおっ、やべえ!」
反射的にポーションを飲み干した。
効果の重ねがけができるのかはわからない。
それでも俺の本能が危険を警告していた。
アンデッドドラゴンの顎から闇色の炎が吐き出される。
「ぐあっ……」
「うううっ……」
全身から力が抜けてひざを突く。
アヤメのポーションで防御してても、なお力が奪われていった。
ルビーの加護も発動しない。闇属性だからだろうか。
熱さはない。むしろ冷たい。
皮膚ではなく、体の奥底から凍り付くような感覚だ。
氷の手で心臓をわし掴みにされたらきっとこんな気分だろう。
これが魂を焼く障気の炎か……。
これをこのまま浴び続けるのはまずい。
ポーションのおかげで魂こそ消滅しないで済んでいるが、このままではいずれ意識を失うだろう。
ふらつく足で立ち上がり、剣を構える。
できればまだ使いたくなかったが、出し惜しんでる場面じゃない。
俺が奥の手を使おうとした直前、アンデッドドラゴンの頭が真上に吹っ飛んだ。
「誰の妹に手を出したと思ってんだ」
復活したダインが竜殺しを手に立ちはだかっていた。
「遊びはやめだ。ブチ殺す」
馬鹿でかい大剣を両手で逆手に持つと、体全体を後ろへとひねって力をためる。
あれは大技発動前の予備動作だ。
放たれるのは大剣系スキル最強の一撃「デッドエンドハウル」。
圧倒的に長い溜め時間の後に放たれるのは、山さえ砕くといわれる圧倒的破壊力の一撃。
だけどそんな隙を見逃すアンデッドドラゴンじゃない。
巨大な前足がダインを頭から踏みつぶした。
「お姉ちゃん!」
アヤメの悲鳴が響く。
しかし、アンデッドドラゴンの一撃はダインの頭でとまっていた。
大地を揺るがすほどの一撃を受けたにも関わらず、ダインは剣を構えたままピクリとも動いていない。
ただ一筋、額から血が流れただけだ。
全身を硬直させたまま、鋭すぎる視線で睨み上げる。
「チャージ」
小さなつぶやきと共に、ダインの周囲を光が囲んだ。
威力を倍加させるスキルだ。
発動溜め中の「デッドエンドハウル」の威力を増加させたのだろう。
膨れ上がった魔力を察知したのか、アンデッドドラゴンの前足が、今度は真横からダインを殴りつける。
巨木ほどもある足が全力で殴りつけてきたんだ。
耐えるなんてとんでもない。先ほどのシェーラのように軽々と吹き飛ばされるだろう。
それでも、ダインは一歩も動かなかった。
「チャージ」
さらに倍加する。
驚いたのか、それとも自分の攻撃を受け止める存在に興味を示したのか、アンデッドドラゴンが目の前の小さな存在を見下ろす。
ダインが不敵な笑みを返した。
「どうした。こんなもんか。もっとこいよ。でなきゃ死ぬのはお前だぜ」
チャージ、というつぶやきと共にさらに魔力が倍加した。
これで8倍。
ダインを包む破壊的な力が膨れ上がる。
魔力なんてなにもわからない俺ですら全身が粟立つのを感じた。
頬を冷たい汗が流れ落ちる。
死に神の鎌を喉に突きつけられたような、鋭利な冷たさが全身を締め付ける。
目の前にいるアンデッドドラゴンにも驚異と映ったのだろう。
両前足を持ち上げ、左右から振り下ろす。
立て続けに響く轟音の中でも、ダインは立ち続けていた。
「チャージ」
「……~~ッ!」
全身を悪寒が走り抜けた。
恐怖だ。
先ほどの障気の炎どころじゃない死の恐怖が心臓を鷲掴みにする。
もはや俺の目にもはっきりと見えるほど、どす黒いオーラがダインの周囲に溢れている。
まさに殺意の塊だ。
となりに立つアヤメが震える手で俺の腕にしがみついてきた。
アンデッドドラゴンが耳障りな声を上げる。
アンデッドにも恐怖の感情はあるんだろうか。
巨大な前足が何度も振り下ろされ、旋回した尾が真横から直撃する。
そのたびに大地震のように地面が揺さぶられる。
助けに入ることも許されない攻撃の嵐。
それでもダインは動かない。
あふれ出した血で全身が真っ赤に染まっても、剣を構える腕はまったくゆるむことなく、睨みつける瞳から力が失われることもない。
全身を鋼のように固めたまま、唇だけが小さく同じ動きを繰り返す。
「チャージ」
アンデッドドラゴンが吠えた。
空間が軋むほどの大音量だった。
頭を振り下ろしてダインを叩き潰すと、巨大な顎で噛みつき、首を激しく振り回した。
肉が抉られ、鮮血が舞う。
その状態のまま零距離から炎が吐き出された。
「………………ッッッ!」
声にならない悲鳴が響く。
アヤメが絶句した顔で崩れ落ちた。
俺もあまりの惨劇に声がでなかった。
それでも──
「チャージ」
ダインは倒れない。
牙が皮膚を貫き、障気の炎に全身が焼けただれても、それでもその瞳から光が失われることはなかった。
「チャージ、チャージ、チャージ、チャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージチャージッ!!」
膨張する魔力は山の頂を超えて空にまで達した。
それは相手を倒すためだけに練り上げられた魔力の塊。
知恵も技術もなにもない。
ただただ相手を打ち倒すためだけに膨れ上がった純粋な破壊の力。
これだけの魔力をため込んだら、普通は肉体の方が耐えられない。
それを強化しまくった身体能力で無理矢理に閉じこめているんだろう。
強引もいいところだ。人間の限界を遙かにぶっちぎっている。
だからこそ、その一撃は途方もない威力を持つ。
あのアンデッドドラゴンでさえも逃げるように後ずさった。
その先には壁しかない。
すぐに背中をつけたドラゴンが低いうなり声を発した。
それは強がりだろうか。それとも怯えだろうか。
血まみれの顔でダインが笑う。
「歯ぁ食いしばれよゾンビ野郎。こいつは神を殺すための一撃だ」
膨れ上がった魔力が収束し、構えた竜殺しに吸い込まれる。
「細胞の一欠片も残さず消し飛べ! 『デッドエンド・オーバーキラー』!」
振り抜かれた一撃と共に、凝縮された破壊の魔力が放たれる!
ゴゥン!
光の柱が空を斜めに駆け上がる。
あふれ出す魔力が槍となってアンデッドドラゴンの体を貫き、背をつけていた岩山の壁をも消し飛ばした。
もう唖然とするしかないよね。
だって、剣の一振りで山に穴があいたんだぜ。
この人本当に人間なの……?
立ち尽くす俺の目の前で、ダインの体が前のめりに倒れた。受け身も取らずに顔面から地面に落ちる。
……っておいおい、今の倒れ方はやべえだろ!
慌てて駆け寄る。アヤメもすぐについてきた。
抱き起こすと、ほとんど虫の息だった。
当たり前か。全身血まみれの傷だらけだ。生きてるのが不思議なくらいだ。
でも、生きている。かろうじて息がある。
俺はほっと息をついた。
生きていさえすれば大丈夫だ。あとはアヤメの治癒魔法で完治できる。
体の半分以上を失ったアンデッドドラゴンの体もぐらりと傾いた。
さすがに神殺しの一撃は効いたらしいな。
支える力を失った体が横倒しになり、残った前足がピクリと動いた。
「……ウソだろ」
そのまま大地を踏みしめると、頭もない体をゆっくりと持ち上げる。
体の半分を失い、未だ再生がはじまらないにも関わらず、アンデッドドラゴンは立ち上がってみせた。