23.岩山
目を開けると、朝日が射し込んできた。
周囲は深い木々に囲まれている。
どうやらテレポートしてきたみたいだな。
「一応腕だけはまともみたいね」
シェーラが辺りを見回しながらつぶやく。
あれでも王都では天才といわれるくらいだからな。
「さて、これが問題の岩山か……」
俺はすぐそばにそびえる崖を見上げた。
一応岩山といっていたが、これはもう崖だ。
まっすぐにそびえ立つ壁がはるか上空まで続いている。
左右を見渡しても途切れる気配がない。
これは相当に大きいな。
まあドラゴンが住む山なんだ。これくらいはないとスペースが足りないか。
「それで、とりあえずはこの山? を登ればいいのよね」
「ああ、そうだ。どこかに頂上へとつながる道があるはずだ」
さすがにロッククライミングの技術はないからな。
小説でも崖を切り崩すように作られた道を登っていった。
まずはその道を見つける必要があるんだが……。
「山を登る前に先に言っておくことがある。この山の頂上に魔王軍幹部がいて、そいつの正体はアンデッドドラゴンだ」
「……は?」
シェーラがぽかんとした表情で振り返る。
さすがにいきなりすぎたか。
やがて我を取り戻したのか、見る見るうちに怪訝な表情を浮かべた。
「いきなりなにを言い出すのかと思えば……。
そもそも魔王軍の幹部っていうのは本当にいるわけ? しかもそれが山の上にいて? 正体はアンデッドドラゴン? いきなりすぎて訳が分からないんだけど」
「簡単な推理だよ。ここに来る前に説明を受けただろ。少なくともここにはひとつ強大な魔力を持った存在がいるのは確かだ。
そしてダインは千年竜を探してここにきたんだろ」
ダインが無言でうなずく。
「もし魔王軍幹部と千年竜が別々に存在しているのなら、この付近に感じられる強大な魔力は二つになっているはずだ」
「……なるほどな」
ダインが納得したようにつぶやいた。
「その可能性は元々考えていた。しかし、ならそれは単に千年竜なだけじゃないのか。千年を生きた竜は人を超えた知性を持つという。それがどうして魔王軍の幹部なんかになる」
「そうよ。それどころかどうしてアンデッドになるわけ」
「まずはシェーラの疑問から先に説明しようか。
このあたりはやけにアンデッド系のモンスターが多いだろ。アンデッド系は自然に発生するタイプじゃない。多くは呪術によって作り出されるか、別のアンデッドの障気に当てられてアンデッド化するかだ。
そしてアンデッド系が出現する範囲の広さと種類の多さから、誰かが作り出しているとは考えにくい。どちらかといえば無差別にアンデッド化させているように見える。つまりこれだけの範囲をアンデッド化するほど強大な何かがいるということだ」
「思いつくのはリッチーとか、ワイトキングとか、不死者の王たちってところだな」
「そうだな。けどこれもさっきと同じ理由でちがう。もしそんなのがいるのなら魔力感知に引っかかるはずだからな。
そして、周囲に障気を垂れ流し続けているようなやつが、まともな存在な訳ないだろ。
つまり、魔王軍の幹部、千年竜、強力なアンデッド。この三つは同じ存在ってことだ。なら答えはひとつしかない」
「それがアンデッドドラゴンか」
ダインの口が不敵に歪んだ。
「おもしろい。竜は何匹も退治してきたが、アンデッド化したのは初めてだ。久々に全力を出せそうだな」
誰の目にもわかるほどはっきりと好戦的な笑みを浮かべる。
強いやつの責任とかなんとかいっているが、こいつも根っこはバトルマニアだよな。
これから戦うやつが強いと聞いて喜ぶやつがどこにいるんだよ。
実際、シェーラの顔つきは真剣なものになっていた。
「それが本当だとすると、かなりまずいわね……。かなり厳しい戦いになりそうだけど。
ところで、山の上にいるっていう理由はなんなの」
「単純な話だよ。障気を周囲に拡散させるなら、高いところからの方が効率がいいだろ」
「これだけの情報で、よくそこまでわかるわね……」
シェーラが感心したようにつぶやく。
まーな。なにしろ俺が書いたんだからな。
「それにしても、アンデッドドラゴンとなると、相当にやっかいね……。しかもユーマの話だと、元は千年竜なんでしょう。ダイン、千年竜ってのはどういう竜なの」
「伝説でしかないが、高い知性と魔力を持った竜といわれている。千の魔法を操り、あらゆる攻撃を無効化する竜の鱗に覆われているため並の攻撃ではかすり傷ひとつつけられないらしい」
「そしてかすり傷を負わせても、アンデッドだからすぐに再生する、と」
自分で書いた小説だから今さら驚きとかはないんだけど、こうして改めて説明されるとあれだな、絶望しかないな。
「竜と戦うときのコツを教えてやる。並の攻撃がダメなら、並じゃない攻撃をぶち当ててやればいい」
ダインが竜殺しを引き抜いて不敵に笑う。
なにその「勝てないなら勝てるまでレベルを上げて物理で殴ればいい」みたいな理屈。
その「並じゃない攻撃」ができるのは、馬鹿でかい剣を片手で振り回せるような脳筋だけなんですけど。
だと思ったのに、シェーラもまた不敵な笑みを見せた。
「わかりやすくていいわね。嫌いじゃないわよそういうの」
そうだった。このひとも火炎魔法と爆炎魔法を極めた火力重視の魔法剣士でしたね。
ダインの横に座るアヤメが困ったような笑みを見せている。
うんうん。わかるよ。俺たち一般人にはこいつらの感覚なんてわからないからな。
困り顔のアヤメに向けて俺はうなずいてやった。
「高火力で再生が追いつかないほどダメージを与えるのもいいが、この戦いで一番重要なのはアヤメだからな」
「え……えええっ!?」
安心しきっていた表情から、一転して驚きの声があがる。
「わ、わたし!?」
「おいおい、もう忘れたのかよ」
小説ではアヤメが最後のトドメを刺したんだぞ。
「相手はアンデッドだ。弱点は聖属性の攻撃。つまりアヤメの浄化の魔法が効果的ってことだ。
特に僧侶魔法の『ホーリーグレイス』はアンデッド系の再生速度を弱らせる効果がある。アンデッドドラゴン相手には必須の魔法だ」
「うう……。そういえばそうだった……」
アヤメが泣きそうに表情を曇らせる。
「そんなに心配するな。直接戦うわけじゃない。なんとかするのはシェーラとダインだからな」
「あら、リーダーはなにもしてくれないの?」
「男としての度胸を見せてもらいたいものだがな」
シェーラとダインがそんなことをいってくるが、俺は全力で首を振った。
「おいおいおい、俺のレベルを知ってるだろ。5だぞ5。千年竜の鼻息ひとつで吹っ飛んじまうよ」
「わかってるわよ。なに慌ててるのよ情けない」
「いわれなくてもお前なんかに手柄は渡さねえよ」
どうやらからかわれただけなようだ。
ほっとしつつもなんか釈然としない気分で歩きはじめた。
少なくともパーティーの雰囲気は悪くない。
アンデッドドラゴンとの戦いには協力が不可欠だ。
油断はできないが、今のところは順調といえそうだな。