22.転移
「ええーっとぉ、それじゃあ、テレポートするわねぇ……」
ものすごくつまらなそうな顔で杖を取り出す。
魔王幹部退治のクエストは深い森の奥になる。
生い茂った密林はそれだけで進むのが困難になるし、さらに凶悪な魔物が数多く生息している。
まともに進んだらたどり着くだけで何日かかるかわかったものではない。
そのため対象の地点までテレポートしてもらうんだ。
本来ならテレポートの魔法は高額な料金がかかるのだが、このクエストはその重要度から、王都が肩代わりしてくれることになっていた。
「っと、その前にぃ、説明しないといけないんだったわぁ」
ローブの中から紙のようなものを取り出すと、読み上げはじめた。
「上からやれっていわれてるから仕方なく説明するだけだから、適当に聞き流してね~。
このクエストは百年以上前からあるんだけどぉ、その発端は魔力感知にものすごい巨大な魔力が引っかかったからなのね~。もっともそれだけじゃなんなのかわからないわ~。強力な魔物の場合もあるし、神器と呼ばれるような物凄いアイテムがあるのかもしれないし、魔力があふれるパワースポットかもしれないからぁ。
だから調査団が派遣されたのね~。そしたら、その周囲だけ魔物が異常に強かったのよぉ。しかも肝心の魔力源は見つからないし~。
それに、周辺では昔から「森の奥には主がいる」と言われてたみたいで、それで誰かがこう思ったの~。「まるでなにかを守っているようだ」って」
「ああ、なんか聞いたことある」
なにしろ俺が書いた設定そのままだからな。
「そうなの~。それがこのクエストのはじまり~。魔王軍の幹部っていわれてるのは、それくらい強力な何かがいるんじゃないかってだけで、根拠があるわけじゃないわ~。
でもぉ、なにかがあるのは本当~。魔力感知には今も巨大な魔力が感じられるから。それに最近、周囲の魔物が活発になってて~。ここ最近やけに魔物が現れてるのはユーマたちも知ってるでしょ。だから早くなんとかしろって上からもうるさいのよぉ。なのでユーマたちには期待してるわぁ」
上からあおられてるのに、クエストほっぽってイイことしましょうなんていってたのかこの人は。
「はい説明終わり~。それじゃあどこにテレポートするか決めて~」
フォルテが机の上に地図を広げる。
両手を広げたよりもさらに大きな地図の上に、いくつも印が書かれていた。
俺には地図なんてさっぱり読めないが、世界中を旅しているダインはすぐに読みとったようだった。
「これは、その魔物がいるという森の地図か。いくつも書かれている印はなんだ?」
「いままでにテレポートした場所や、探索した場所よぉ。少なくとも印がついているところには魔力原と思われるものはなかったみたいだから、参考にしてね~」
「ずいぶんたくさんあるんですね」
「百年以上前からあるっていってたし、そのせいでしょうね」
印の数はとても数えきれるものではない。
しかしそれでも広大な森の2割程度しか埋まっていなかった。
「それで、どこにテレポートする? この辺りはまだ誰も探索してないようだが」
「魔力感知に引っかかったやつってのは、どの辺りにいるわけ?」
「それがぁ、あまりにも大きすぎて場所までは絞り込めないの~。だいたいこの辺り、ってことしかわからないわ~」
「もう少しヒントがあるなら絞り込めるんだが……」
みんなが議論しているあいだに、俺は地図の隅にあるものを指さした。
「これって山なのか?」
山の裾のようなものがちょっとだけ書かれている。
「そうよぉ。なんかすっごい大きな岩山があるみたいなのぉ」
地図の隅に書かれた、一見すると見落としそうな岩山。
ふむ。ここでまちがいないな。
「じゃあここにテレポートしてくれ」
「あらぁ?」
フォルテが面白そうに笑みを作る。
「興味深い提案だけどぉ、その岩山は木もなにも生えてない崖みたいな山でぇ、なにもないのは外からでも確認できるみたいよぉ」
「それでいい。一応考えがあってな。それに何もなくても、山からなら辺りが見渡せるだろ。それから向かう場所を決めてもいいしな」
なんて適当な理由をでっち上げたが、実のところ魔王軍の幹部──アンデッドドラゴンはこの山の頂上にいる。
小説では敵を探して森をさまよい、様々なイベントやヒントを得て山に幹部と思われる存在がいること、それがどうやらダインの探していたらしい千年竜であることがわかり、そして実際に出会って初めてその竜がすでに腐っており、アンデッドドラゴンに堕ちていると発覚する。
千年も生きた竜というだけでもすでにラスボスレベルなのに、それまでアンデッドオーガなどの不死属性がつくことで強化された魔物たちと戦いアンデッドの強さを嫌というほど思い知った上での、ドラゴンの不死者化。
もはや絶望しかない主人公だが、それでも彼らは勇敢に立ち向かった──
というストーリーだが全部知ってるしな。
そんな時間のかかる演出なんていらないだろ。最短攻略でいこう。
「貴女たちはそれでいいのぉ?」
フォルテが確認すると、シェーラたちは一瞬だけ顔を見合わせた。
「ユーマがそう言うならそれでいいわ」
「わたしも賛成です」
「一応リーダーはこいつだし、勘だけはいいからな」
「あらあら、信頼されてるのね~」
レベルも実力も一番下なんだけどな。
ここが俺の書いた小説の中じゃなかったらすでに3回は死んでるだろう。
利用できるものは存分に利用してかないと命がいくつあっても足りない。
「それじゃ、リーダーの君にはこれを渡しておくわ~」
手渡されたのは手のひら大の水晶だった。
「それは帰還用のクリスタルよ~。といっても特殊な魔力を放つだけなんだけどぉ。それを感知したら私がテレポートして、一緒に帰るってわけ~」
「これは確か、魔力を流せば反応するんだっけ?」
「そうよ~。帰りたくなったらいつでも呼んでね~」
そう言いながら顔を寄せてくると、妖しげな笑みで俺にだけささやいた。
「そ・れ・とぉ。夜に寂しくなったらいつでも呼んでもいいわよぉ? お姉さんがたぁ~っぷり慰めてあげるから~」
「ちょっと、なにくっついてんのよ!」
シェーラが強引に引き離す。
フォルテはあっさりと離れたが、耳元にはまだ甘い香りが残っていた。
夜にこっそりか……。
………………ありだな。
「ちょっと? なにニヤニヤしてるのかしら?」
「いえなんでもないですから強化しまくった握力で頬をつねるとちぎれるちぎれるって!」
「んふふ~、それじゃあいくわよ~」
フォルテが杖に力を込める。
先端の宝玉に光がともると、足下に俺たち四人を包む魔法陣が現れた。
「シェーラちゃんも、帰ったらお姉さんとイイことしましょうねぇ」
「まだ諦めてなかったのか……」
この人ブレなさすぎだろ。
呆れを通りこして感心してしまう。
フォルテが、んふふ~と妖しい笑みを浮かべる。
「もちろんよぉ。だ・か・ら──」
妖しくゆるんでいた口元を引き締めると、俺の目をまっすぐに見つめてきた。
「ちゃんと生きて帰ってくるのよ」