21.魔術師ギルド
ダインから勧誘を受けた日の翌日、俺たちは魔王軍の幹部討伐へと向かうために、魔術師ギルドへと向かっていた。
クエストを受けた冒険者は、自分の足で現地まで移動するのが基本だ。
報酬に移動費が含まれていることもあるが、移動手段まで用意してくれる依頼者は少ない。
だが一部の重要度の高いクエストは、冒険者協会が移動手段を確保してくれる場合がある。
たとえば魔物にさらわれたお姫様を助ける場合とか。
あるいは危険な罠に守られたダンジョンの財宝を取りに行く場合だとか。
そして、人間界に潜伏する魔王軍幹部を討伐する場合などだ。
魔術師ギルドはいかにも普通な冒険者ギルドとちがい、古びた洋館風の雰囲気ある建物だった。
ツタの絡み合った外壁に、押すと不気味な軋み音を上げる扉。中は真っ暗で、まだ朝方だというのに明かりのひとつもなかった。
雰囲気はばっちりホラー物の洋館だ。
「こ、こんにちわー……」
足を踏み入れるも、つい及び腰になってしまう。
その横を二組の足音がさっさと抜いていった。
「なにぼさっとしてんのよ。さっさと入りなさいよ」
「この程度でビビってんじゃねえぞ情けねえ」
シェーラとダインが雰囲気を物ともせずに先へと進む。
こ、これだから高レベル冒険者どもは……!
「え、ええと、わたしたちも行こっか」
アヤメが俺の背中に隠れながら控えめに声を上げる。
うんうん。そうだよな。俺たち一般人コンビはそういう態度が普通だよな。
シェーラとダインの背中を追いかける形で中に入る。
それにしても、本当に誰もいないな。
中は真っ暗で人の気配がない。
今日俺たちが行くことは話してあるはずなんだけどな。
そうこうしてると、奥の部屋から一人の女性が現れた。
「ふぁ~、こんな朝早くから誰ぇ~……」
黒いローブに身を包んだ魔導師風の人が、けだるそうな声を上げた。
両耳の先が尖っているのはエルフ族の証だ。
美しい容姿で有名なエルフだが、今はしかめっ面のせいで台無しになっていた。
見た目は二十代に見えるが、長命なエルフのことだから実年齢はわからない。
といっても、見た目通りの年齢なんだけどな。
いくら美しくたって、二百歳とか、三百歳とかいわれてたらやっぱりこう、なんだかなあ、な気になるじゃないか。
「魔術師ギルド長のフォルテさんですか?」
「そうだけど、あなたはぁ~?」
「魔王幹部退治のクエストでテレポートを依頼しておいたユーマです」
「ああ~、はいはい。あの物好きクエストのね~。話なら聞いてるわよ~。それじゃあこっちきて~」
女性はうなずくと再び奥の部屋に戻っていった。
俺たちも後に続く。
「ところで、このギルドには他に誰もいないのかしら?」
シェーラが不思議そうにたずねる。
ギルドの中は真っ暗だし、他に人影も見えない。
魔導師の女性は「そうなの~」と気怠げに答えた。
「私はちょっと事情があって王都から派遣されてるだけで~、元々は魔導師ギルドなんてものもなかったくらいだもの~」
「トラブルメイカーな人だからな」
本来なら王宮魔術師団から勧誘されるほどの実力者なのだが、対人関係をこじらせまくったせいでこうして僻地に飛ばされたような人だ。
相手を気に入れば男女問わずに三又、四又なんて当たり前の困った人なのである。
「あらぁ、くわしいわね~。ひょっとして私のファンなのかしら?」
「まあフォルテは有名だし……」
まさしく色々な意味でな。
小説でも一部のコアなファンに人気があった。
苦笑しながら答えると、前を歩いていたフォルテが足を止め、急に顔を近づけてきた。
「ふぅん、顔はまあまあねぇ~。ちょうど退屈してたところだし、まあいいかな~」
いったいなにが、と聞く前に、フォルテがしなやかな指を自分の唇に当てた。
真っ赤な舌が指先を舐める。
淫秘な仕草に目を奪われていると、濡れた指先が口元を離れ、俺の唇に押し当てられた。
ぬるり、と唇をなぞる。
指先が唇を割って口の中に侵入すると、お互いの唾液を絡め合うように柔らかな指が俺の舌をもてあそんでふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
痺れるような快感に全身が震える。
フォルテが目を妖しく細めた。
「んふふ~、気持ちイイでしょう? クエストなんていいから、お姉さんともっと気持ちイイことしたくなぁい?」
「も、もっと……?」
「そうよぉ。とお~っても、気持ちイイこと。ひょっとして初めてかしら? 緊張しないで。お姉さんがぜ~んぶリードしてあげるからぁ」
とお~っても、気持ちイイこと……。
頭の中に甘いもやがかかっていて、うまく考えられない。
しなやかな指が抜き取られると、口から頬へとなでるように動く。
頬を滑るなめらかな感触に、頭の中が全部吹っ飛んでしまった。
よくわからないけど、気持ちイイことしてもらえるなら、いいかな……。
俺はうなずこうとして……
「なななな、なに言ってるのよあんたはーっ!」
「そ、そうです! そういうのは良くないと思います!」
シェーラとアヤメが割り込んできた。
フォルテの腕をつかんで引きはがす。
「あらあら~、どうしていけないの?」
「ど、どうしてって……。とにかくダメよ! ダメったらダメなの!」
「そうです! そういうエッチなのは、その……良くないと思います!」
おいおい、どうしたんだよ二人とも。俺はこれからお姉さんとイイことするんだ。邪魔しないでくれ。
「しっかりしろ」
突然首筋に衝撃が走る。
振り返ると、手刀を振り上げたダインが見下ろしていた。
「この程度のチャームにかかるのは修行が足りない証拠だ」
ひょっとして当て身とかいうやつだろうか。
めちゃくちゃ痛かったが、おかげで頭の中にかかっていた甘いもやが消えた。
そうだった。忘れてた。フォルテはこういうキャラだった。
世界中の天才が集まる王宮魔術師団の中においても「フォルテ以上の天才は今後百年は現れない」といわれるほどの実力者であり、魔力量の高いエルフ族の中でもずば抜けて高い魔力を持つ。
魔法を操る技術に優れ、新たな魔法を編み出す才能にも恵まれている。
加えて誰もが振り返るほどの美人で、ゆったりとしたローブの上からでもわかるほどスタイルは抜群。
天は彼女に二物も三物も与えたかわりに、頭のねじを二、三本抜き取った。
それがフォルテという変人だ。
フォルテはシェーラたちに阻まれても、まるで気にしていなかった。
むしろ楽しそうに二人を見ている。
「あらあらあらぁ~? もしかしてふたりともそうなのぉ?」
からかうような声に、二人の体が硬直する。
「な、なにがよ……」
「そう、というのは、えと、その……」
「んふふ~、いいわよぉ。そのほうが燃えるし~」
妖しい笑みを口元に浮かべると、シェーラの顔をマジマジと見つめる。
「ところでぇ、貴女どこかで会ったことないかしらぁ?」
「えっ!? き、気のせいでしょ。あんたみたいなのに会ったら絶対に忘れないと思うし」
「ふぅん。まあいいか~。それより貴女、とてもかわいいわねぇ」
「へっ?」
驚いて硬直するシェーラの頬に、しなやかな指がふれる。
「ねぇ、お姉さんとイイことしない? 女の子同士でも、とっても気持ちいいことできるのよぉ」
ダメだこの人、手が早すぎる!
そりゃ王都を追い出されるわけだよ!
俺たちは全力でフォルテを引きはがした。