20.勧誘
「……え? 俺が、ダインのパーティーに?」
ダインが勧誘してくる展開なんて小説にはなかった。
突然のことに混乱する俺に、ダインが言葉を続ける。
「強い力を持つ者にはその責任がある。だからオレは世界中のドラゴンを狩っているし、高難度のダンジョン攻略も行う。シェーラのような才能を持つ者がいれば勧誘するし、その才能を無駄使いしていると許せない。
かわいい妹を危険な戦場に出したくはないが、アヤメの治癒魔法は高位の司祭に匹敵する。高い攻撃力を持つ竜との戦いには絶対に必要な才能だ。
そしてそれはお前もだ。
世界中を旅してきたオレでも、お前ほどの能力は見たことがない。はっきり言って別格、人間離れしているといえる。今はまだ駆け出しだからその程度だが、オレ程度ならすぐにでも抜くだろう」
「さすがにそれは……」
「ない、とは言い切れないことは、お前自身がよくわかっているはずだ。その能力は戦えば戦うほどに強くなる」
確かにダインは強いが、それはやっぱり人類の範囲内でだ。
強力なスキルを簡単に修得できることのチートさは、様々な物語の中で幾度となく証明されてきた。
実際に俺の主人公もどんどん強くなっていった。
特に「経験値3倍」「ステータス上昇値アップ」などの成長系のスキルを取ってからは、それはもう無敵なほどの強さを得ていく。
「オレと共に来い。一年……いや、半年でお前を誰よりも強くしてやろう」
力強く、はっきりと明確な意志で、ダインは手を伸ばしてきた。
冗談でもなんでもない。
妹に近づくやつとして忌み嫌っているはずの俺を、ダインは本気で勧誘しているのだ。
俺はその手を、取らなかった。
「ダインの考えは否定しない。たぶん、正しいんだと思う」
「ほう。シェーラと違って話が分かるようだな。なら……」
「だけど……ダインのパーティーには入れない」
ぴくりとダインのこめかみが震えた。
「理由を聞かせてもらおうか」
理由か……。
俺自身、はっきりと感じているわけじゃない。
自分は今はシェーラと共にいるが、それはシェーラの味方だからってわけでもないし、ダインの味方でもない。
どちらが魔王の幹部を倒すか、という勝負に興味はないし、強い力を持つ責任というものもわかるけど、自分にはピンとこない。
というか、できるなら戦いたくない。
めっちゃ怖いし、痛いのもイヤだ。それでもなんのために戦うのか、といわれると、それはやっぱり……誰にも死んでほしくないからだ。
正義のために戦うのはいい。
でもそのために誰かが犠牲になるというのは、やはり耐えられない。
ましてやそれが自分のせいとなると、止めないわけにはいかない。
ずっと考えないようにしていたが、こう真正面から突きつけられたら直視しないわけにはいけない。
俺の書いた小説のせいで誰かが死ぬのなら、それは俺が殺したことと同じだ。
たとえそのつもりがなかったとしても、俺が理由なのだから、その責任は俺にあるはずだ。
もちろん、そんなことしらねーよといって逃げ出したっていいんだと思う。
だって、誰が自分の書いた小説が現実になると思う?
もしそうだって知ってれば誰も死なないスローライフな小説を書いたよ。
だから逃げ出しても、他の誰に文句を言われても、俺は俺を責められないと思う。
だけど、そうとわかっててなにも感じずに日々を過ごすなんて俺にはできなかったんだ。
シェーラと共に眠ったあの日、俺は泣いた。全身の震えが止まらなかった。
なにも知らなければ平気だっただろう。でも気づいてしまった。
これから百万もの人が死ぬと知りながら、俺には関係ねーやといえるほど俺の神経は図太くなかった。
正直な話、神を呪ったよ。
なんでこんなひどいことしたんだって。
俺にどんな恨みがあるんだよって。
あの日の夜、シェーラがいなかったら、俺は窓から身を投げ出していたかもしれない。
それくらい怖かった……という表現は少し違うか。責任の重さに血の気が引いた、という感情はなんという言葉で表現すればいいんだろうな。
とにかく、絶望したんだ。
気が狂いそうだった。でもあのとき、シェーラは言ってくれたんだ。
「大丈夫よ。あたしがいるから」
うん。なにが大丈夫なのかわからないよな。
シェーラだって俺の正体を知らないんだから、理由があって大丈夫と言った訳じゃないだろう。
それでも、その言葉で俺は救われた。
おかげで未来も変えられると知った。
死ぬはずだった人の命を助けることができた。
だったらもう、やるべきことはひとつしかないだろ。
「誰も死なせたくないんだよ。この世界で、誰ひとりも」
「……それがオレのパーティーに入れない理由だというのか?」
「そうだ。そのためにやらないといけないことがある」
「本気で言ってるのか?」
「わかってるよ。そんなことは偽善だって。誰も死なせない、なんて言ったところで、俺のしらないところでは今も誰かの命が失われているんだろう。そう思っても、俺の心は痛まないんだ。
つまり俺は結局俺のためにしか頑張れないんだよ。世界のためだとか、誰かのためだなんて思ってない。俺のせいで誰かが死ぬのが怖いから、俺は誰も死なせたくないだけなんだ。
もしもそれが俺のせいではなかったなら、俺は部屋の中に引きこもっていたと思う。
でも、現実はそうじゃない。これは紛れもなく……俺がやらないといけないんだ。だから出来る出来ないは二の次なんだよ」
ダインは黙ったまま聞いていた。
きっと呆れているんだろう。
なんかカッコいいことをいったところで、結局は俺のためだといってるんだから。
「だから俺からも頼みたいことがある。
明日のアンデッドドラゴン……魔王の幹部討伐は、みんなで協力して戦いたいんだ。どっちが勝つとか負けるとかは、まあ悪いことじゃないと思うけど、できればどっちの結果になるとしても俺たちは協力していきたいと思ってる」
「協力するのはいいだろう。相手が本当に魔王軍の幹部だというのなら、バラバラに戦って勝てる相手ではないからな。
しかしお前はその先になにを求める。誰も死なない世界……世界平和を実現するっていいたいのか?」
「言葉にすればそうなるな」
そのとたん、ダインが大声を上げて笑い出した。
身体強化の結果なのか、目の前にいる俺は思わず顔をしかめるほどの大声だった。
「なるほどな。お前は面白い。あのシェーラがついて行くわけだ」
「いや、ついてきてるわけじゃないと思うけど」
「お前は知らないだろうが、あのシェーラが誰かと行動を共にするなんて……いや、この話はいいか」
そういって言葉を切る。
なんだよ。そんな言い方されると続きが気になるだろ。シェーラそんなに友達いないのかよ。
「なんでもない。それより、明日は頼むぞリーダー。お前が一番レベルが低いんだからな」
うっ……。それを言われると怖くなってくる。
ていうか俺がリーダーでいいのか。
てっきりダインは自分がリーダーであるのにこだわるタイプだと思ってたんだが。
「勝負はオレが勝つ。そうすれば遅かれ早かれオレがリーダーになるからな。早いか遅いかの違いだ。だが……お前のパーティーになら、入ってみるのも面白そうだ。そう思っただけだよ」
そんなに期待されても困るというか恥ずかしいというか。
ダインは言葉もなく笑みを見せると、背中を向けて店の出口へと向かっていった。
話はこれで終わりということだろう。
用件が終わるとさっさと帰っていく。
こういうサバサバしたところはなんかカッコいいよな。
「そうそう。お前にもうひとつ聞きたいことがあったんだ」
そういって振り返ると、何気ない様子で聞いてきた。
「明日オレは死ぬのか?」
「えっ……?」
とっさに答えられなかった。
いったいなぜ気づいたのか。なぜ突然俺にそんなことを聞いてきたのか。そもそも死ぬとはなんのことをいってるのか。
混乱したまま立ち尽くしてる俺をどう思ったのか、ダインは大声を上げて笑った。
「ひっでえ間抜け面だな。冗談だよ。気にすんなユーマ」
片手をあげて今度こそ去っていく。
その背中を見ている俺の心臓は、まだバクバクと鳴り響いていた。
そういやダインが俺の名前を呼んだのは、なにげに初めてな気がするな。
少しは認めてくれた、ということなんだろうか。
明日の戦いの最後に、ダインはその命を落とす。
その未来は絶対に阻止しなければと、改めて心に誓った。