2.戦闘
道の先に見えてきたのは3匹のゴブリンだった。
背は低く、俺の半分くらいしかない。
ボロ布と変わらないような粗末な服を着ていて、手には棍棒やさび付いた剣をぶら下げている。
いい感じにいかにもな雑魚臭をただよわせてるな。
ゴブリンたちは俺からだいたい5、6メートルくらいの位置で立ち止まると、たどたどしい言葉で話しかけてきた。
「そこのニンゲン。命が惜しければ有り金をおいていくゴブ」
なんという安直な語尾。
まあ書いたの俺なんですけどね。
それにしても、フラグもばっちりたててくれたな。
まあゴブリンなんてそんなものだろう。主人公が最初に戦う敵としては定番中の定番だ。
となれば当然、そこから先の展開も決まっている。
主人公の無双チートだ!
引き抜いたままだった剣をゴブリンたちに向けると、むこうもやる気になったようだ。
ニヤリと笑ってそれぞれの武器を構える。
「どうやら痛い目を見ないとわからないゴブね」
3匹は距離をとったまま俺を囲むように近づいてくる。
そういえば今思い出したけど、ゴブリンたちのセリフは俺が小説でかいたものとまったく同じだな。
ちなみに話してるのも日本語だ。
まあゴブリン語でしゃべられても話が進まないしな。
エルフ語とか魔族語とかも作ってないから、たぶんこの世界は全部日本語なんだろうな。
便利な世界だな。早く現代もそうなればいいのに。そうすれば英語なんて無駄な授業を受けなくてもいいじゃないか。
「なにをぶつぶつ言ってるゴブ」
「今さら怖くなったゴブか」
ゴブリンたちが笑い声を上げる。
どうやら主人公である俺に勝てると思ってるらしい。
ふっ。愚かな。
主人公のために作られたこの世界で、主人公に勝てる存在なんているわけがないだろう。
「ごちゃごちゃ言ってないでかかってこいよ」
挑発するように言ってやると、ゴブリンたちが急に目つきを変えた。
「だったら望み通りにしてやるゴブ!」
「後悔しても遅いゴブよ!」
一斉に襲いかかってくる。
主人公である俺はそれを紙一重であっさりと回避すると、返す刀でゴブリンを一撃で倒す──といきたかったのだが。
ザンッ!
振り下ろされた剣を、俺は必要以上に大きく後ろに飛んでかわした。
うおおおーっ! めっちゃこえええええっ!
いくらゴブリンとはいえ、手にしているのは剣──全長1メートル弱の刃物だ。
包丁とかナイフを持って脅されるだけでも怖いのに、その三倍以上もある巨大な刃を振り下ろされたらそりゃ怖いに決まってた。
小説では簡単に「攻撃を紙一重でかわした」なんて書いてたけど、無理無理。紙一重とか自殺行為。
だいたい紙一重って、紙1枚分の隙間しかないって意味だろ?
ほんの数ミリずれただけでバッサリ切り裂かれるってことじゃん。
たとえば駅とかでいきなり日本刀を持ったやつが現れたらどうする? 相手の攻撃を紙一重でかわして日本刀を奪いそのまま反撃……なんて考える余裕もないよ。俺ならダッシュで逃げるね。
よける技術以上にまず度胸が足りない。
主人公マジすげーわ。尊敬する。書いたの俺だけど。
「ビビってるゴブよ!」
「口だけだったゴブね!」
口々にそんなことをいいながら襲いかかってくる。
正面だけならともかく、左右からも攻撃されるとかわすのは難しい。
逃げ回ったり、剣で受け止めたりしてたが、ついに背後に回られた。
「死ねゴブーっ!」
「えっ、ちょっ、ま……っ!」
錆び付いた剣が振りかぶられる。
後ろを向こうと焦った俺は、足がもつれて転んでしまった。
振り上げられる動きがやけにゆっくりと見える。
剣についた錆のひとつひとつがやけにはっきりと見えた。
あれ。これひょっとして、俺死んだんじゃ?
おいおい。主人公が開幕早々死ぬ小説なんて聞いたことないよ。
……いや、昔に結構読んだわ。
そんなどうでもいいことを思う間に、ゴブリンの剣が無情にも振り下ろされた。
──ギィン!
甲高い音が鳴り響き、錆び付いた剣が赤い光と共に弾き返された。
「な、なんだゴブ!?」
「なにをしたゴブか!?」
ゴブリンたちが驚いて距離をとる。
今のは剣に埋め込まれた「加護のルビー」の力だ。
一日一度だけ、持ち主へのあらゆる攻撃を防いでくれる。
どうやらチートアイテムのおかげで助かったようだな。
俺は立ち上がり、剣を構えた。
加護のルビーのおかげで助かったが、加護の力は一日一度だけ。
二度目はない。
ゴブリンたちが再び近づいてくる。
「ちょ、ちょっと待て!」
「待てといわれて待つ奴なんていないゴブ!」
それもそうだよな。
ゴブリンのくせにまともな正論じゃないか。
だが──
「待ってくれたらいいものをやるぞ!」
ぴたり、とゴブリンたちの足が止まった。
疑いのまなざしが向けられる。
「……いいものとは、なにゴブ?」
「そんなものに興味はないゴブが、話だけなら聞いてやってもいいゴブよ」
めっちゃ食いついてる!
よし、あと一押しだ。
「おまえたちが見たこともないようなすごいものだ」
ゴブリンたちが顔を見合わせた。
ひそひそと小声で話し合いはじめる。
……さすがに疑うよな。というか信じるほうがどうかしている。
やがて真ん中の一匹が口を開いた。
「そこまでいうならちょっとだけ待ってやってもいいゴブ」
知能が低いという設定にしといて本当によかったー!!
言われたとおりその場でちょっと待っているゴブリンたちを横目に、俺は剣を握りなおした。
意識を切り替えろ俺。生きるためには戦うしかない。
今さらだが、剣って重いんだよな。
鉄の塊なんだから重いに決まっているか。
持てないほどでもないが、柄の部分を両手で思いっきり握らないと、振り回したときにすっぽぬけそうになる。
それでなくても振り下ろしたときに、剣の重さで引っ張られちまうからな。
さっきもそれでゴブリンの攻撃を受け損なった。
両手で握りしめ、両足でしっかりと大地を踏みしめながら縦に、横にと振ってみる。
……よし。これならなんとかなりそうだな。
ついでに、素振りの練習をしながら場所も移動する。
このままだとゴブリンに囲まれたままだからな。
横に移動することで囲みから脱出した。
二対一とかで戦うと圧倒的に不利って言われるけど、あれ本当なんだな。
正面の敵と戦ってると、横なんて見てるひまないから、攻撃されてもさっぱりわからない。横でそれなんだから、背後からになるとさらに危険だ。
ゴブリンごとき、だなんて油断してたらあっというまに殺されてしまう。
「よし、もういいぞ」
声をかけると、ゴブリンたちがそわそわとした様子で話しかけてきた。
「それで、いいものってなにゴブ?」
「ん? ああ。待っててくれたらいいものをやるって言ったな。あれはウソだ」
ゴブリンたちの表情がぽかんと抜け落ちると、次いで急に目をつり上げてきた。
「ウソをついたゴブね!」
「なんてひどいやつゴブ!」
「もう絶対許さないゴブ!」
次々に怒って襲いかかってくる。
しかしすでに移動しているため、さっきみたいに囲まれるようなことはない。
三匹並ぶようにして向かってくるゴブリンに対して、俺は両足でしっかりと地面を踏みしめ、全力で剣を横に振り抜いた。
鈍い音が響き、受け止めようとしたゴブリンの剣が根元から切り飛ばされた。
さすがチートアイテム。切れ味も抜群だ。
鉄で鉄を斬るなんてよほどの剣豪でもないと出来ないだろう。
しかしこの剣にはルビーの加護だけじゃなく、自動で動きを補正してくれる魔法もかけられている。
へっぴり腰で振り回しただけの俺の一撃も、剣のほうが自動で達人の一振りに軌道修正してくれるんだ。
いくら主人公が強いとはいっても、現代日本で半引きこもりしてたやつがいきなり剣なんて扱えるわけないからな。
このチート性能か、あるいは主人公は実は通信剣道をやってました、って設定のどっちにするか悩んだんだが、ここはやはりチート武器にすることにした。
そっちの方がやっぱ夢があるよな。
こうしてオタクニートの俺がほんとに転生してもすぐに俺つえええできるからな。
根元から切り飛ばされた剣を見つめ、ゴブリンが怯えたように立ち止まる。
どうやら自分たちの愚かさをようやく理解したらしい。
今度はこちらから前に出て、ゴブリンたちに攻撃した。
すでに戦意を失っているゴブリンは敵じゃない。
適当に振るだけで剣のほうが勝手に相手の武器を無力化する。
あっというまに武器を失って三匹とも立ち尽くした。
やはり落ち着いて戦えばゴブリン程度は怖くないな。
そういえば思い出してきたけど、主人公も最初のバトルは慣れなくてゴブリンに苦戦させたんだっけ。
苦戦することによりバトルの中で試行錯誤して、この世界のルールがかいま見えてくるって寸法だ。
最終的にはルビーの力が発動して助かることにより覚悟が決まり、秘められた力が覚醒するんだっけか。
なんだ。小説通りの展開じゃないか。
……ん? まてよ。
ということは次の展開は……。
突然爆発音が響き、三匹いたゴブリンたちが一斉に吹き飛んだ。
「ちょっとアンタ、大丈夫!?」
赤い髪をした美少女が駆け寄ってくる。
ヒロインきたー!
次は14時更新予定です。