17.奇襲
俺とアヤメは襲われた馬車へとかけより、負傷者達の手当てをして回っていた。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ。なんとかな」
護衛部隊の隊長と思われる人が答える。
「君たちは、助けにきてくれたのか……?」
「ええ。もう大丈夫です。オーガ程度ならなんとかしますので」
「しかし、たった2人で……」
隊長が不安を口にする。
それも当然だろう。
隊長の手には分厚い鋼鉄の盾がにぎられていたが、それがベコベコにゆがんでいた。
オーガの攻撃を受けて壊れてしまったんだろう。
駆け出しの冒険者では歯が立たないといわれるのもよくわかる。
俺が隊長に答えるより先に再び轟音が連続した。
シェーラの爆炎魔法がオーガ数匹をまとめて黒こげにし、ダインの馬鹿げた一撃で大地ごと戦鬼の体が叩き潰される。
隊長たちはポカンとした表情でその様子を眺めていた。
そこにはついさっきまでの不安は見あたらない。
命が助かったことを喜ぶよりも、戦鬼たちを次々と倒していくシェーラを見て呆気にとられている。
百聞は一見にしかず、というやつだな。
圧倒的な強さでオーガ共をなぎ倒していく様子を見せられたら、誰だって納得するだろう。
アヤメも驚いた目で二人を見ている。
「やっぱりお二人とも、すごく強いんですね」
「最終的には魔王を倒そうってやつと、仮にも竜殺しと呼ばれてるやつのコンビなんだ。オーガごとき楽勝でないと困るだろ」
馬車を取り囲んでいたオーガは、もう数えるほどしか残っていない。
そういえば今夜はオーガの丸焼きだと言っていたが、骨どころか炭すらほとんど残っていないんだが。
「おーい、今夜はオーガの丸焼きじゃなかったのかー?」
大声で呼びかけてみる。
赤い瞳が呆れたように俺をみた。
「はあ? あんなの食べられるわけないでしょ。あんたゲテモノ好きなの?」
心底バカにした答えが返ってきた。
ひどい。自分で言ったくせに。
気がつくと隊長たちも俺から距離を取っていた。
心なしか、シェーラたちを見る目よりもさらにおびえた目をしている。
待って、言いだしたの俺じゃないから。あの赤い女の子だから。
「あ、あの、わたしはそんなに悪くないと思う、よ?」
アヤメが気を使ってそんなことを言ってくれる。
うんうん。やっぱアヤメはいいやつだな。
「俺のことをわかってくれるのはお前だけだよ」
「そ、そんなことないと思うけど……」
アヤメが少し困ったような笑みを浮かべる。
「でもさ、やっぱ食べてみないとわからないよな?」
「えっ?」
「ほら、熊とかイノシシとか、美味いっていうだろ。鹿とかウサギも食ったことあるけど、美味かったし。オーガも食ってみれば案外いけるんじゃないか」
なんていう話をしたら、アヤメの顔が若干ひきつった。
「えっと、うん。わたしは、いいかな」
やんわりと拒否られた!
そっか。みんなそういうのは食べないのか。残念。
「あの、ケガをした人はいませんか。少しなら回復魔法を使えますので……」
アヤメがケガをした人の治療に回っている。
手をかざすと白く優しい光が集まり、見る見るうちに傷口をいやしてしまう。
隊長の傷もあっというまに治してしまった。
「なんと……。ここまで強力な治癒魔法とは……。君は、教会の司祭なのか?」
「そうではないと思いますけど……。そんなにすごいことなんですか?」
アヤメが聞き返す。
隊長は驚いたようだった。
「通常はもっとゆっくり治っていくものだ。それがこの早さで、傷跡もないとは……。君の師匠は誰なんだ?」
「師匠はいないです。最初からこうだったので、すごいのかどうかよくわからないんです。でも、そのおかげで隊長さんの傷が治せたのなら、よかったです」
にこりと微笑む。
純真な性格と合わさって、まるで聖女のような光り輝く笑みだ。
隊長がぼーっとその顔に見とれていた。
「き、君、もしよければうちのパーティーに来ないか? それだけの回復魔法があるなら是非うちにきてほしい」
妙に勢い込んで迫ってくる。
あ、これは惚れたな。
いい年したおっさんのくせに、まだ高校2年の少女に入れ込むとは犯罪だぞ。
そういやこの世界では16歳の女の子はもう成人扱いなんだろうか?
そのあたり決めてなかったな。
まあ普通の異世界ものなら、それくらいの年齢ならもう大人として扱われてる気もするが。
いきなり勧誘されたアヤメは驚いていたが、やがてすがるように俺を見上げた。
基本的には気の弱い性格だからな。
いきなり知らない人たちとパーティーを組みたいといわれて、たぶん怖がっているんだろう。
「悪いな隊長さん。アヤメは俺の大事な仲間なんでな」
見上げてくる幼い顔がほっとしたように息をつく。どことなくうれしそうだな。
隊長もあわてたように言い繕った。
「そうか、そうだろうな。すまん。他のパーティー仲間を勧誘するのはルール違反だったな」
「気にしてないよ。回復魔法の使い手は貴重だし重要だからな。勧誘するのはいいんじゃないか? ただアヤメは困る。俺にとっても必要な存在なんだ」
この世界で唯一の事情を知ってるやつだし、俺の貴重な癒し枠だ。
そう思っての発言だったのだが、アヤメはなぜだか真っ赤な顔で俺を見上げている。
隊長も急に笑い出した。
「そうか。そうだったのか。これは気づかなくて悪かった。そういうことならしかたないな」
よくわからんが隊長の中では話が付いたようだった。
アヤメはまだ顔が赤いままだ。
そのままの様子でちらちらと俺を見上げてくる。
「どうした?」
「えっ!? ど、どうしたって、なにが?」
「さっきから俺のほうをやけに気にしてるから、なにかと思ってな」
「え、えっと、その……さっきのは、あの……どういう意味、なのかな……」
「さっきの?」
「わたしのことが、必要って……」
「ああ、そのことか。こっちの世界で同じ世界からきたやつってアヤメしかいないだろ。話をできるのもいないしさ。ほっとするっていうか、一緒にいると安心できるっていうのかな」
「あ、そ、そういう意味なんだ……」
ほっとしたような残念なような、複雑な表情を浮かべる。
よくわからないが、一緒に歩きながら別の負傷者へと向かった。
「そういえば回復魔法は使えるんだな」
さっきの話だと、支援魔法は使い方がよくわからないという話だったが。
アヤメが控えめな笑みを返す。
「回復魔法は、なんとかなるみたい。たぶんイメージがわくからだと思う」
そういうものなのかな。
アヤメが別の負傷者のところへ近づく。
ひとりの負傷者を抱えた人がこちらに向かってせっぱ詰まった様子で叫んだ。
「頼む、このままじゃ助からない……! 助けてやってくれ!」
負傷者は血の気が引いて真っ白になった顔に脂汗をびっしりと浮かべている。
右腕に当てた布はかなりの大きさがあるにも関わらず、真っ赤に染まっていた。
一目見た瞬間に悟った。
このままではこの人は死ぬ。
アヤメと目が合うと、こくりと無言でうなずいた。
「治療をしますから、傷口を見せてもらえますか」
俺の言葉に、負傷した兵士が無言でうなずき、巻かれていた布を取り払う。
現れた無惨な傷口に、俺もアヤメも息をのんだ。
右肩から肘までがばっさりとえぐられたように切り裂かれている。
オーガの爪によるものなんだろう。
かなりえぐい傷あとに俺は顔がひきつった。
「アヤメ──」
なんとか助けてやってくれ。
そういおうとして言葉を飲み込んだ。
アヤメは、負傷者と同じくらい青ざめていた。
無理もない。
これだけの大けがなんて、見たことがあるはずもないからな。
俺だって直視するのは辛い。
なのに、無理に治してくれなんていえるわけなかった。
少なくとも俺が無理強いするようなことじゃない。
俺にできることなんてなにもない。目の前で死にゆこうとしてる人を前に、立ち尽くすことしかできなかった。
未来を変えるなんていっておきながら、結局はこのざまだ。
だけどアヤメはぐっと唇をかみしめると、負傷者の腕に手をかざした。
一度だけ目を閉じ、覚悟を決めたように見開く。
引き結んだ口を開くと、かすかに震えた声で言葉を紡いだ。
「い、痛いの痛いの飛んでいけー……!」
……うん。いいんだけどね。治れば別に。
本人もイメージが大切っていってたし。
どんなにすばらしく荘厳な呪文であっても、意訳すれば意味は同じなんだろ。たぶん。
淡い光が強く放たれ、深い裂傷が瞬く間にふさがれていった。
脂汗をびっしりと浮かべていた顔が、しだいにやすらいだものに変わっていった。
「おお、おお……!」
一緒にいた兵士が歓喜の声を上げる。
「あれだけの傷があっというまに……!」
喜ぶ兵士のとなりで俺も盛大にため息をつく。
よかった、本当によかった……。
もちろん死亡者0の目標もあるが、目の前で死にそうだった人を助けられたというのは純粋にうれしい。
「ありがとうアヤメ!」
「えっ、ううん、わたしは別に、そんなに大したことは……」
謙遜するアヤメだったが、その顔はうれしそうでもあった。
「近くのオーガはあらかた退治したわよ」
戻ってきて報告するシェーラに、隊長が驚いた声を上げる。
「な……! も、もう終わったのか……?」
「準備運動にはちょうどいい相手だったな」
ダインも肩を鳴らしながら平然とそんなことをいう。
実際二人とも無傷のままだった。
冒険者カードを確認したシェーラが得意げな表情を浮かべる。
「あたしが7体で、あんたが4体。今回の勝負はあたしの勝ちってところかしらね」
「ふん。爆裂魔法を使えば数だけは稼げるからな」
相変わらず仲が悪いままの二人だが、たたずまいから緊張は抜けている。
あれだけいたオーガの群れを掃討したんだから、一息ついているのだろう。
戦闘が終わり和む一団の中で、俺だけが視線を鋭く光らせていた。
実のところ小説では、主人公たちが到着した時点で半数が倒れていた。
そうなる前に最速で俺たちが駆けつけたために、犠牲者が出る前に到着できたし、その戦闘の傷が元で倒れた兵士もアヤメの回復魔法で治すことができた。
これでこのクエストで出る犠牲者をほぼ0にできた。
だけど「ほぼ」だ。
実はこれで終わりではない。
だいたいシェーラとダインに瞬殺される程度の魔物じゃ物語的にも盛り上がらないだろう。
このあと、一行が安心しているところにさらなる強敵が現れる。
それが「アンデッドオーガ」だ。
ようはアンデッド化したオーガで、オーガとしての凶暴さに加え、不死者としての生命力を秘めている。
力だけならオーガ以上で、しかも不死者だから腕や足を切ってもすぐに再生するし、シェーラの爆炎魔法を食らって体の半分が灰になっても止まらずにつっこんでくる。
この突然の襲撃にいち早く気づいた隊長が、皆を守るために飛び出して命を落とすんだ。
またこの襲撃は、後にアンデッドドラゴンが出てくる伏線にもなっていて、ここでの戦いの経験が来るべき決戦でいきてくるのだが、そんなもの必要ない。
伏線なんか張らなくても全部知ってるんだからな。
しかしアンデッドオーガが出現することは知っていても、どこから出てくるかまではわからない。
小説でもそこまでは描写しなかったからな。
隊長が一番最初に気がつくんだから、たぶん隊長の近くからなんだろう。
街道の両脇は深い木々で覆われており、見通しは悪い。
なにかが潜んでいてもすぐにはわからないだろう。奇襲には絶好の場所といえた。
俺は油断なく目をこらし──
「そこだぁ!!」
茂みの奥に影が見えた瞬間、爆炎魔法を撃ち込んだ。
このときのためにシェーラの爆炎魔法を修得しておいたんでな。
爆炎が炸裂した森の奥で、爆発音とは別の奇妙な叫び声が響く。
それはまさしく俺が小説に書いたとおりの「黒板をひっかいた音をさらに野太くしたもの」としか言いようのない声だった。
聞くだけで不快になる叫び声をあげて、なにかが森の中から飛び出してくる。
さすがに俺の魔法じゃ効果がないか。
なにしろシェーラの爆炎魔法で体半分を灰に変えられても止まらないようなやつだからな。
だが──
突如として閃光があたりを満たすと、それが一点に──アンデッドオーガに向けて収束する。
「ロイヤルフレア!」
ゴゥン!
地震が起きたのかと思うほどの振動が大地を揺らす。
直径十メートルはありそうな巨大な炎の柱がアンデッドオーガを中心にして立ち昇った。
火炎系最強呪文「ロイヤルフレア」。
真っ白な炎の色は、摂氏3000度を超える超高温の証だ。
あらゆる存在を焼き尽くす炎の牢獄は、囚われた者が焼き尽くされるまで決して消えることはない。
その強力すぎる威力のため味方の近くでは使えないが、十分な距離があるならばこれほど頼りになる魔法もない。
苦悶にあえぐ不快な叫び声が響きわたるが、炎の中に見える影がうすれていくにつれて声も小さくなり、やがて完全に聞こえなくなった。
対象が消えると同時に炎の柱も消える。
そこには焼け焦げた大地が広がるだけで、灰のひとつまみも残されていなかった。
「いまのは、アンデッドオーガ?」
シェーラが、自分の放った魔法のあとを見つめながらつぶやく。
「鳴き声だけでわかるのか?」
「一度あったことがあるからね。あの声は一度聞けばそうそう忘れられないわ」
確かに俺もあの声は忘れられそうにない。
自分で描写しといてなんだが、あそこまでひどいとは思わなかった。
声だけで吐き気がするからな。
「先に気づけたからよかったけど、あんなのに襲われたら、さすがに危なかったかもしれないわね。ユーマもよく気がついたわね」
「ああ。なんとなくイヤな予感がしてたんでな」
「そういえばここで襲撃があるのもなんとなくわかるっていってたし、やっぱりユーマにはなにか特別な力があるのかもしれないわね」
シェーラがひとりで納得している。
「漂流者」はみんななにかしらの特別な力を持っていることになってるからな。
俺のもその中のひとつと思われたんだろう。
それは別に間違ってはいないので、特に訂正もしなかった。
そういうことにしておいたほうが色々楽だし。
まあ、それはともかく。
俺は馬車を振り返る。
そこには多くの人がいた。
まだ倒れている人もいたが、アヤメの魔法で傷は癒えているから、単純に体力を消耗しているだけだ。
ゆっくりしていればいずれ回復するだろう。
つまり、死者は出なかった。
「……よしっ」
俺はこっそりと小さくガッツポーズを取った。