16.防衛戦
【強化スキル 身体狂化Lv.21】
同じ強化系に「身体強化」があるが、これはその上位版のスキルだ。
狂戦士だけが覚えるものだから、たぶんダインのだろう。
以前後頭部をつかまれたときにラーニングしたんだろうな。
……てことは、あのときこのスキルを発動してたってことじゃないか。
熊も片手で絞め殺せる超強化のスキルなんだけど。
あいつマジで俺のこと殺す気だったんだな。
恐ろしい事実には気づかなかった振りをして、そのスキルを取得する。
職業が冒険者だとスキル取得ポイントが低くなるとはいえ、俺もまだレベル5だからスキルポイント自体が少ない。
とある事情から、できればポイントは温存しておきたかったんだが、ここはしかたないな。
取得すると、すぐに自分の体に力がみなぎるのを感じた。
なるほど。これはすごい。今なら指二本でリンゴが握りつぶせそうだ。
シェーラたちのほうを見ると、すでに姿は見えなくなっていた。
たぶんもう門を抜けて外に出たんだろう。
グズグズしてるとさらに差が開いてしまう。
このクエストは時間との勝負でもあるしな。
「悪いアヤメ、ちょっと持つぞ」
「持つって……ひゃあっ!」
アヤメを両手で抱え上げる。
元々小柄なうえに、身体狂化のおかげもあってほとんど重さを感じなかった。
「よし、走るぞ」
地面を蹴ると、景色が一瞬で後ろに飛んでいった。
うおお、めちゃくちゃはやい!
自分の足で走っているのに、まるで現実感を感じない。
電車に乗っている時みたいな速度で景色が真後ろへすっ飛んでいく。
「ゆ、ユーマ君っ、ちょっと……っ」
「どうしたアヤメ。落ちないようにしっかりつかまってろよ」
「でもっこれっ、は、恥ずかしいっていうか……っ」
アヤメが真っ赤な顔でぼそぼそとつぶやく。
今はアヤメを横から両腕で抱え上げている。
いわゆるお姫様だっこという形だ。
そのせいなのかなんなのか、道行く人が驚いた顔で俺たちを振り返っている。
恥ずかしい、というのもわかる気がする。
だけどこの抱き方が一番安定するんだよな。速度を落とすわけにもいかないし。
「しかたない。もっと速度を上げるぞ」
「ええっ!」
「そのほうが恥ずかしい時間が短くなるだろ」
「そ、そうかなあ……」
アヤメが疑問に思うが、他にできることもない。
それに急いだ方がいいのも事実だ。
「いくぞ。しっかりつかまってろ」
地面を蹴る足にさらに力を込める。
さっきまでは軽く走る程度だったが、今度は全力だ。
アヤメの細い腕が俺の首にぎゅっと抱きついてきた。
両目をつぶって、振り落とされないように必死に力を込めてくる。
そのせいで、いくら控えめとはいえそれなりにはある女の子の部分が俺の胸に密着して……
いかんいかん。今はそんな場合じゃない。平常心だ。
邪念を払って、足を動かすことだけに全神経を集中した。
そのおかげなのか、街を飛び出してしばらくすると、先に行っていた二人の背が見えてきた。
気づいたシェーラが少し感心したようにいう。
「……へえ。あたしの足に追いつくなんてやるじゃない」
「魔法でめっちゃ強化してるからな」
身体狂化ハンパねえ。
こんなのを十も二十も重ねがけしてるんだから、そりゃ熊も素手で絞め殺せるよ。
「それにしても、こんなクエストがやってくるなんてよくわかったわね」
シェーラが走りながらたずねてくる。
「まあ、色々情報源があってな」
ぼかして答えておいた。
本当のことをいっても信じないだろうしな。
地響きを立てて走るダインがギロリと俺をにらみつけた。
俺、というか、俺にしがみついているアヤメを見ているようだ。
「妹を連れてきたことに免じて首の骨を折るのは許してやる」
……目がマジなんですけどこの人。
後頭部をわしづかみにしたときといい、ちょっと血の気が多すぎやしませんかね。
俺の考える百合姉妹っていうのはもっとこうゆるふわでお姉様ーうふふーって感じなのに、どうしてこいつはこんなに殺伐としてるんだ。萌える前に死んでしまうだろ。
殺気を放つ美女から離れるようにして走っていると、やがて道の先に留まる数台の馬車が見えた。あれが襲われたという隊商だろう。
馬車の周囲には護衛と思われる戦士たちが十人近くはいる。
その隊商を囲むように十数体の巨大な人影があった。
本来なら森の奥深くにいて、人里まではまずやってこないようなオーガの群れに運悪く遭遇してしまったのが今回の隊商だ。
そんな隊商をオーガの群れから守ること。
それが今回のクエストの内容だ。
元々は、魔王幹部退治へと向かおうとする主人公たちのところに緊急クエストが飛び込んできた、というかたちでこのシーンへとつながっていく。
なので冒険者ギルドにいなければこのイベントを避けることもできた。
それをあえて受けたのには、もちろん理由がある。
昨夜のシェーラとの騒動の結果、小説内にないイベントは起きたが、こうして次の日はやってくるし、起こるべきイベントも起きている。
これでは未来が変わったのかどうかわからない。
だから今度はもっとはっきりと結末を変える。
誰の目にもわかるほど確実で、起きれば二度と取り返しがつかないほど絶対的で、そしてそれが明日も明後日も、その先までもずっと続くほど決定的な変化。
小説では護衛隊の半分が命を落とした。
その数を0にする。
死ぬはずだった命を救うことができるのなら、そしてその人たちがその後も生き続けるのなら、未来は確実に変わったといえるだろう。
そしてそれができるのなら、この先に起こるもっと多くの死をなかったことにできるということだ。
「見えたわ! いくわよ!」
「いわれなくても!」
シェーラとダインがさらに加速して駆け抜けていく。
あれでもまだ本気じゃなかったのかよ。
驚く俺の目の前で二人の姿があっというまに小さくなり、二人同時に剣を構えると、オーガ達に向かっていった。
オーガはダインよりもさらに一回り大きく、二メートル近い身長がある。
熊のような筋肉の固まりの体に、牙を生やした獣の頭。武器は持っていないが、両手には鋭い爪が生えていた。
人間を遙かに超えた攻撃力と体力に加え、食欲や性欲よりも戦闘欲が勝るという超好戦的な性格のおかげで「戦鬼」とまで呼ばれる正真正銘の化け物だ。
冒険者協会が作成する魔物危険度ランクでも「見かけたら即逃げろ」を意味する「B」になっている。
もっとも、ランクは所詮ランクだ。
「フレアバースト!」
「フルクラアアアアアアアアッシュ!」
シェーラが伸ばした剣の先で巨大な爆炎が連続して響き、ダインの振り下ろした剣で大地が陥没する。
爆発の直撃を受けたオーガは跡形もなく吹き飛ばされ、豪剣の直撃を受けたオーガは文字通り真っ二つに両断された。
まさに瞬殺。
超がつくほど好戦的なオーガたちでさえ、二人を前に一歩後ずさるほどだった。
わかってたけど、やっぱ俺は必要ないな。
もしも魔物の世界に冒険者協会があれば、この二人の冒険者危険度ランクは「生き延びたら奇跡」を意味する「A」になるんだろうな。
とはいえ油断はできない。
今も目の前でシェーラとダインのあいだを抜けたオーガが、馬車へと向かっていくところだった。
シェーラの魔法は味方の近くでは撃てないし、ダインは気づくのが遅れて間に合いそうもない。
今この場でなんとかできそうなのは……俺だけだ。
「くそっ、しかたない!」
俺はアヤメを下ろすと全速力で駆けだした。
武器を構える余裕もない。
身体狂化Lv.21の力を最大限に借りた勢いのまま全力でぶん殴った。
「うおりゃああああああああああああああっ!」
振り抜いた拳がオーガの胸板を直撃する。
毛むくじゃらの体は見た目に反して鉄みたいに固かったが、握りしめた俺の拳も鋼鉄のように堅くなっていた。
ダインよりもさらに一回り大きい巨体が後ろへと吹き飛ばされる。
かなり重い衝撃が腕に響いたにも関わらず、痛みを全く感じなかった。
すごいな身体狂化。さすが狂戦士専用のスキルだ。
吹き飛ばしたはずのオーガは、数歩後ろに下がっただけで立ち止まった。
狼の頭に表情があるのかはわからないが、口元を歪めて牙をむき出しにしたのは、人間でいうところの「ニタリと笑った」みたいな感じなんだろうか。
そんな程度じゃ効かないと、そういいたいのかもしれない。
実際ただのパンチだしな。
オーガ相手にそんな程度の攻撃が効くわけもない。
凶悪な爪の生えた腕が持ち上がると、俺に向けて振り下ろされた。
「ユーマ君っ!」
「ユーマ!」
アヤメとシェーラ、二人の悲鳴が重なって響く。
が、心配ない。
オーガの振り下ろした爪は、俺に当たる直前、赤い光によって弾かれた。
腰に差したままの剣が赤い光を放っている。
こっちにはルビーの加護があるんでな。
一日に一度だけならどんな攻撃でも防げるんだよ。
「そして、お前を倒すには一度防ぐだけで十分だ」
俺の言葉がオーガに理解できたかどうかはわからない。
なにしろ鉄の塊がオーガの頭上に現れたかと思うと、頭から一刀両断にしたからな。
真っ二つに割れた巨体のあいだから現れたのは、同じくらいに巨大な刀を持った絶世の美女。
「助かった。ありがとうダイン」
「駆け出しの冒険者にしては根性を見せたな。ほめてやる」
めっちゃ上から目線でそう告げると、今度は俺にもはっきりとわかるほど、ニタリと凄絶な笑みを浮かべた。
怖えよ。完全にアドレナリン全開じゃないですか。
美女がこういう表情をすると、それはもう美しい表情になる。
だけど今は周りをオーガたちに囲まれ、目の前にも真っ二つになった死体が転がっているような状態だ。
そんな中で変わることのない美しさは、冷酷さが際だってよりえげつない笑みになるな。
俺の怯えに気づいた様子もなく、ダインは再び周囲を取り囲むオーガたちへと向かっていった。
まあいい。敵に回せば恐ろしいが、今は味方なんだ。
好きなだけオーガたちを掃討してもらおう。
それに今はそんなことに構っている暇もない。
「……っだあああ、疲れたああああ!」
突然に疲労感が全身を襲う。
身体狂化で強くなったはいいが、体力まで増えるわけではなかったらしい。
ギルドからここまで距離にしてどれくらいかわからないが、10キロとかそんな感じだろう。
それをほぼ全力疾走で駆け抜けてきたんだ。
正直、立っているのも辛いほど消耗している。
「って、泣き言ばかり言ってるわけにもいかねーな」
とりえずあとで体力増加のスキルも手に入れないとな、と心に決めつつ俺は馬車の周りにいる人たちへと駆け寄った。
まだまだクエストは終わっていない。
むしろ本番はこのあとだからな。
しばらく週1更新になります。