15.緊急クエスト
目が覚めると俺とシェーラは、ベッドの中で抱き合っていた。
……ええと、これは。
ほぼ同時にシェーラも目を覚ます。
「ん、もう朝……?」
まだ目ぼけているのか目をこすった後、布団をかけ直そうと腕を動かした。
それは普通だ。朝とはいえまだ少し肌寒い。布団をかけ直したくもなるだろう。
問題なのは、それが布団ではなくて俺だったってことだ。
抱き寄せるようにむぎゅっと押しつけられる布ごしにもわかる柔らかくて丸いこれふおおおおおおおおっぱああああああああああああああああああああああいっ!
至福の感触に意識が昇天する。
これは、これはもうヤるしかない……っ!
俺は両手をシェーラの豊満な胸へとのばそうとして。
「………………あれ、ユーマ?」
シェーラの意識が覚醒した。
真正面の俺の顔を見つめ、次に抱きしめる自分の腕を見つめ、最後に中途半端に伸ばされた俺の腕を見つめた。
「待て。落ち着け。話し合おう」
冷や汗を大量に流す俺に向けてシェーラは、にっこりと微笑んだ。
「あたしいったわよね。次は上級魔法をぶっ放すって♪」
「ちょ、ま、誤解──っ!」
ゴゥン!
宿屋全体が震えるほどの衝撃と共に、俺の体が壁にたたきつけられる。
……よかった。生きてる。どうやら中級くらいで許してもらえたようだ。
ベッドのほうを見ると、冷たく冷え切った目が俺を見下ろしていた。
「次やったら骨も残さないから」
そういって部屋から叩き出された。
どうやら着替えをするから出て行け、ということらしい。
俺のほうに非は……ちょっとしかなかった気がするが。
それでも腹が立たなかったのは、自分の中にあったモヤモヤが消えていたからだろうか。
それに、とても大切なものを教えてもらった気がする。
それがなにが、とはいわないが。
やわらかくて大きいものは、いいものだよな。
朝食をすませた後は、ダインたちと冒険者ギルドで合流した。
後ろにはアヤメもいた。
目が合うと、小さく手を振ってくる。
俺も小さく手を振り返すと、はにかむような笑みが返ってきた。
うーん、やっぱりこういう何気ないやりとりはいやされるな。
「じゃ、さっそく魔王幹部退治にいこうか」
やる気満々のダインだったが、俺が引き留める。
「もうちょっと準備してからにしたいんだが」
鋭い目が俺をにらみつけるように見下ろす。
「ふん。まあいいだろう。仮にも魔王幹部といわれてるんだ。準備はしすぎて困ることもない」
ダインは戦闘バカだが、本当にバカなわけではない。
少なくともなんの策もなく強敵につっこむようなことはしない。
そうでなければ、竜殺しなどと呼ばれることもなかっただろうからな。
「それで、なにをするつもりなの?」
シェーラの声が少し冷たい気がする。
まだ怒ってるのだろうか。
「今日はひとつクエストをこなしたいと思う」
「別のクエストってこと?」
「そうだ。いきなり強敵退治ってのも急ぎ過ぎっていうか、準備運動もなくいきなり全力疾走するようなものだろう」
「えっと、そうですね。まだみなさんとも仲良くなってないですし、それがいいと思います」
アヤメも賛成してくれる。
だからなのか、ダインも大きくうなずいた。
「連携確認は重要だからな。オレの足を引っ張られても困る」
「あんたこそあたしの邪魔をしないでよ。それで、どのクエストにするの? あんまり簡単なのじゃ意味ないわよ」
「それなんだが、そろそろ来るはずだ」
「来る?」
首を傾げるシェーラ。
それとほぼ同時に、冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれた。
全員の視線が一斉に同じ方向を向く。
入ってきたのは、鎧を身につけた戦士風の男だった。
相当急いできたのか、入ってくるなり崩れ落ちるようにひざを突き、荒い息を吐き出した。
「大丈夫ですかっ」
受付のお姉さんが駆け寄って水を渡す。
男は一息にそれを飲み干して息を落ち着かせると、ギルド中に響くような大声で叫んだ。
「助けてくれ! うちの商隊がオーガの一団に襲われている!」
突然の事態にギルド内がざわつく中で、俺が誰よりも早く一歩前にでた。
「そのクエスト、俺たちが受けよう」
条件も内容もなにも聞かないまま即断した。
ま、必要ないんだけどな。
最初からこの緊急クエストを待ってたんだから。
「……っ! す、すまねえ! だが……」
勢いよく顔を上げた男だったが、俺の姿を見てすぐに顔を曇らせた。
オーガは強い。駆け出しの冒険者じゃまず勝てない相手だ。
だから、どう見ても駆け出しの俺を見て不安になったんだろう。
「心配するな。俺のパーティーにはシェーラとダインがいる。オーガくらいならあの二人が倒してくれるさ」
「シェーラとダイン……? まさか『緋炎』と『竜殺し』か!?」
さすが高レベルプレイヤーの二人。
名前を出すだけで不安を振り払ってしまった。
「あの二人はめちゃくちゃ仲が悪いことで有名だったはず! その二人が手を組むなんて……!」
あ、そっちの驚きか。
確かにめっちゃ仲が悪いからな。
俺が言うより、本人たちにいってもらったほうが早いだろう、と思って二人を振り返ると、すでにシェーラが俺のとなりに並んでいた。
「色々あってそうなってるのよ。それで、襲われた場所はどこ?」
「あ、ああ。ツェール村に続く南の街道の途中だ」
「そう。わかったわ。安心しなさい。このあたしが行くんだから、あんたの隊商はもう助かったも同然よ。今夜はオーガの丸焼きよ」
美味いのか、それ?
俺が疑問に思うあいだに、あっというまにギルドを飛び出して行ってしまった。
もうちょっとくらい仲間と連絡を取り合ってもいいだろうに。連携もなにもあったもんじゃない。連携確認が重要といったのは……ああ、ダインだったか。
まあ緊急事態だからしかたないといえばそうだが。
「ふん。そういうことならオレも手を貸してやろう。肩慣らしにちょうどいい。おい、ユーマといったか。おまえはそこの男と報酬の相談をしておけ」
そう命令すると、遅れてダインも後に続く。
風のように去っていったシェーラとは対照的に、乱暴に床を鳴らしながら駆けていった。
シェーラに遅れたとはいえ、迷う素振りも見せずに後を追っていく。
なんだかんだであいつも正義の冒険者なんだよな。
俺は苦笑しながら助けを求めてきた男に向き直る。
「と、いうわけだ。報酬は、まあギルドのお姉さんと相談しておいてくれ。シェーラはともかく、ダインのほうは金はきっちりと取るタイプだが、だからといって法外な値段を請求したりもしない。正当な報酬なら金額で文句は言わないはずだ」
俺の説明に、男が目を丸くする。
「もしかして……あんたがリーダーなのか? あの二人の?」
「そうだ。なりゆきでな」
「『緋炎』と『竜殺し』を従わせるなんて……。あんた、何者なんだ?」
「別に大したことじゃない。ちょっと事情に詳しかっただけだよ」
むしろ本当は組ませたくなかったんだがな。
受付のお姉さんに後のことを任せると、俺とアヤメも外に出た。
先に行った二人を追わないと……って、二人ともめっちゃ早っ!
なんかもう街の向こう側まで走っていってしまっている。
ほとんど米粒みたいな小ささだ。
身体強化の力とはいえ、レベル差が開いてるとここまで違うものなのか。
となりでアヤメも目を丸くしていた。
「は、早いね二人とも」
「アヤメは支援魔法が使えるんだろ? 速度を上げる魔法はないのか?」
アヤメは回復魔法の使い手であり、防御や攻撃力上昇などの支援魔法も使える。
その中にはもちろん移動速度を上げる魔法もあるはずだ。
だけどアヤメは首を振った。
「ある、とは思うんだけど、まだ使い方がよくわからなくて……」
申し訳なさそうに下を向く。
まあしかたないか。こっちに来てまだ二日なんだしな。
なにか使えるスキルはないかな、と思って冒険者カードを眺めてみる。
いくつかある取得可能スキルの中に、新しいものがひとつ増えていた。