4.真髄
古い魔道書を開き、シェーラが禁呪についての説明を読み上げる。
「禁呪は絶大な力を持つため、軽々しく使ってはならないといわれていたわ。王家にしか伝えられていないのもそのため。一般に普及したらどんな被害が出るかわかったものじゃないから。
《デミウルゴス》は、世界のどこかに存在する神の力を借りる魔法なの。ただ、それが何者なのかまでは書かれてないわ。
いちおう魔力の源は「創造主」と書かれてるけど、それもおそらくはそういう存在がいるだろう、という理屈でしかないみたい。創造主はこの世界を作った神であり、過去も未来もすべてを自在に書き換える力を持っている、って書かれてるけど、そんな存在がいたという証拠もないわ。
この世界が存在するのは、この世界を作った創造主がいるからだ、という宗教みたいなものかしら。それをいったら、神という存在自体、未だに誰も会ったことはないんだけど……。
とにかく、そう呼ばれている高位の存在の力を使って、運命を書き換えるための魔法が《デミウルゴス》みたいね。
そういう意味じゃ、本当に神の力を借りてるのかはわからないのよね。少なくとも、膨大な魔力を持った何者かがいることは間違いないみたいだけど、もしかしたらそれはラグナちゃんみたいな存在なのかもしれないし」
確かにその可能性はあるんだよな。
俺もその辺の詳細な設定は詰めていなかったからな。
もっともこの場合、力を借りる相手が何者であるかはあまり関係ないんだけどな。
膨大な魔力を使って二つの世界の衝突を回避できればいいんだ。
そのためならば神だろうと悪魔だろうと利用してやる。
たぶん制作者はそういう気持ちだったんだろう。
藁にもすがる代わりに、悪魔にでもすがってやろうということだ。
だからその「創造主」とやらに対する考察も曖昧なままなのかもしれないな。
魔法がなぜ使えるのか、ということを知らなくても望む結果は起こせるのと基本的には同じだろう。
ともあれ、目標は決まった。
世界を救うための奇跡を起こす魔法を完成させることだ。
その方法さえわかれば世界を救えるだろう。その見当が全く付いていないんだけどな。
「《未来視》についてはどうでしょうか」
「どうやら基本的には同じみたいね。創造主の膨大な魔力を使い、未来の一端を切り取って術者に見せる魔法みたい」
「未来を切り取る……」
「どうしたの?」
「いえ、いままでそうした風に考えていなかったので。今まで未来はそこにあるもので、こちらから見に行くという感覚でした。だから見えない時はあきらめるしかなかったんです。でもそうではなく、自分で持ってくるものだとしたら、もしかしたら今までは見えなかった未来も見えるようになるかもしれないです」
「このままだといつか二つの世界は衝突するだろう。それがいつなのかがわかるだけでもだいぶありがたいな」
アメリアが強くうなずく。
「はい。任せてください。ようやくわたくしもユーマ様のお役に立てるのですね」
「アメリアには今でもじゅうぶん助けられてるけどな」
「そんなことはないです。わたくしは、ユーマ様やお姉ちゃんが戦うのを見守ることしかできませんでしたから」
「アメリアはアタシ達が帰ってくるまでのあいだこの国を守るのが仕事でしょ。それはアタシやユーマにもできないことなんだから、気にすることなんてないわよ」
「わたくしだってユーマ様と一緒にいろいろな世界を旅したりしたいのに……」
「ん、なにかいったか?」
「いいえ! なんでもないです!」
アメリアが真っ赤な顔でぶんぶんと首を振る。
なにかちらっと俺の方を見ながらいってた気がしたんだけどな。
「そ、それにしても、それだけの魔法を一体誰が作ったのでしょう」
アメリアの疑問に、シェーラは首を振る。
「誰がどうやって開発したのかは書かれてないわ。というより、これより古い資料は禁呪に関わらずどこにも残っていないのよ」
「そのころに二つの世界が衝突する危険に見舞われたからだろうな。当時の王家もそれで滅んだらしいと聞いたが」
そういうと、シェーラとアメリアがそろって俺に目を向けてきた。
「……それ、国家機密の情報なんだけど。なんで知ってるのよ」
「ラグナから聞いたんだよ。あいつは当時から生きてたらしいからな」
「ああ、なるほど……」
シェーラが納得したような、あきらめたような口調でこぼす。
当時から生きてた奴がいるなんて思わないだろうからな。
何百年も前から生きている、というだけでも、情報面では相当なチートができるよな。
「ユーマ様、今のお話は他の方にはいわないようお願いいたします。本来の王家の血筋はすでに絶えていて、今の王家が実は偽物であると知られたら、ただでさえ混乱している国内がさらにパニックになってしまいます」
「その心配はないと思うけど……まあ、わざわざ言いふらしたりもしないよ」
当時の王家といっても何百年も前の話だ。今さら偽物もなにもないだろう。
それに今の王家だからこの国はこんなに平和だったんだ。
そのことは国民ならみんな知っているだろう。アメリア王女は国民から愛されている。偽物だとかいわれたところで非難の声を上げる奴なんていないと思うけどな。
「それより、アメリアの《未来視》で衝突がいつになるのかを見てくれないか」
「そうですね。ここでは用意ができませんので、一度王宮に戻りましょう」
宝物庫の長い道のりを通って、俺たちは再びアメリアの部屋に戻ってきた。
「では、いきます」
イスに深く腰掛けたアメリアが、集中するように目を閉じる。
「今までは、望んだ未来が見えるのを待つだけでした。ですが、この力が未来を切り取るものだというのなら……。未来は自らの手でつかむものだとするならば……だとすれば、きっと……」
深い集中に入ったのか、言葉が小さくなり、やがて途切れる。
俺もシェーラもなにもいわない。アメリアの邪魔をしたくなかったからな。
だがその直後、アメリアが急に目を見開いた。
「ユーマ様、お姉ちゃん! 逃げてください!」
「えっ」
一体何事なんだと思う暇もなく。
「時は来たようだな」
底冷えのする声が室内に響く。
決して大きくはない、まるで蚊が鳴くような声なのに、脳の奥底に直接響くような威圧感を持って聞こえてくる。
何の前触れもなくその男は俺たちの目の前に現れた。
表情らしい表情をいっさい見せない冷たい瞳。
そこにいるだけで心臓を鷲掴みにするような圧倒的なプレッシャー。
それになにより、そいつの存在そのものが「死」を体現している。
人類の仇敵であり、殺戮の代弁者であり、そして、誰よりも世界の救済を願う存在。
「魔王、ケリドウィン……!」
そいつはまたしても何の前触れもなく俺たちの目の前に現れた。