1.異世界召還
魔界崩壊を目の当たりにした俺たちは、ひとまず人間界へと戻ってきた。
今はアメリアの王宮にある客室を借りている。
室内にいるのは俺だけだ。色々と考えたいことがあったんで一人にしてもらった。
広い室内に俺だけとなって、深く考え込んだ。
もはや俺の小説とは展開が違いすぎていて、わからないことだらけだ。
そもそも、の段階から考え直さなければならない。
そもそも大結界とはなんなのか。
そもそも魔界はいつどうやって生まれたのか。
それを知らなければ、なぜ今になって魔界が崩壊しようとしているのかを知ることはできないだろう。
とはいえそれは遙か昔のことだ。
何百年、あるいは何千年という昔の話を知っているとしたら、それは一人しかいない。
「ラグナ」
「なんじゃ」
短い呼びかけにこたえて、誰もいない室内に小さな女の子の姿が現れた。
「魔界はどうやって生まれたんだ?」
「生まれたいきさつは知らぬ」
あっさり返ってきた答えに俺は思わずうろたえてしまう。
「そうなのか? ラグナならてっきり知ってるかと思ったんだが」
「我にもわからぬことはある。世界が生まれた理由となるとさすがにな。しかし、主が聞きたいのは魔界と人間界が今の状態になった理由じゃろう」
「あ、ああ。そうだな。確かにそうだ」
「それならもちろん知っておる」
俺は魔界が生まれた理由を知らない。
ましてや、人間界と魔界が大結界を隔ててつながっている理由もろくに考えていなかった。
だってファンタジーなんてそんなもんだろう。
なぜ魔法があるのか、なぜ魔力があるのか。そんな設定まで詳細に作り込む小説はまずない。
まあ中にはあるのかもしれないが、それは極めて少数派だろう。
だから俺も設定は作らなかった。
それは魔界についても同様だ。
人間界が在ることに理由がないように、魔界が存在する理由もない。
でもそれは本来ならおかしいことなんだ。
あり得ないはずのことが起こっている。
それには理由があるはずだ。俺が設定しなかった矛盾を補完するための、物語が作った設定が。
「なつかしいの。あれは我が知る中でも人類史上最大の愚行じゃった」
「人類史上最大の……?」
「そうじゃ。魔界は、人間が召還したのじゃよ」
そうしてラグナは語り出した。
「遙かな昔、人類は繁栄を極めていた。今よりもはるかに高度な文明と魔法技術を持ち、人口も増え、ついに世界の端にまで自分たちの領土を広げた。
だが人間達はそれでは満足できなかった。おそらく、もう立ち止まれなかったのじゃの。人は増え続け、文明の発達はとどまるところを知らぬのに、これ以上広げる領土はない。ならばどうするのか。それが限界だとあきらめればよかったのじゃが、当時の人間達は満足しなかった。土地がないなら新たに生み出せばいい。そう考えた彼らは、別の世界を召喚したのじゃ」
「まさか、それが……」
「当時の王族が行った人類史上最大の愚行。この世界に別の世界を召還する、まさしく文字通りの<異世界召還>。その結果呼び出されたのが今の魔界じゃ」
「世界を丸ごと召還したってことか……? そんなことができるのか……」
「人を一人召還するのも、世界を一つ召還するのも、理屈の上では同じよの。規模が違うだけじゃ。もっとも、当時の人類は世界召還の衝撃でほとんどが滅んでしまったため、その生き残りは数えるほどしかいないようだがの」
「生き残りがいるのか!?」
「世界にたった二人だがの。それが影狼族じゃ」
「ヤシャドラ達が、当時の人類の子孫ってことか……?」
確かに影狼族がなんなのかは俺も考えてはいなかったから、後から設定をつけようと思えばいくらでもつけられるだろう。
とはいえ、まさかそんなつながりが生まれるとは思ってもいなかったが。
「ゲートの魔法は、本来ならつながるはずのない世界同士をつなげるためのもの。本来の用途は世界を丸ごと呼び寄せるためのものじゃよ」
「確かに日本にもつながったしな。あのゲートを超大きくすれば、地球をこっちの世界に持ってくることもできるのか」
「空に浮かぶ二つの月はそのときの残骸での。月はうまく世界に適応したが、世界そのものはそういかなかった。二つの世界はお互い引かれあい、衝突しようとしたのじゃ」
ああ、それはなんとなくわかる。
星には重力があるからな。目の前に現れればお互いの重力で引かれあい、衝突してしまうだろう。
直径数十キロ程度の隕石でも世界は滅亡するといわれているんだ。それが惑星がまるまる一つとなれば、世界を滅ぼすには十分すぎる質量だろう。
「人類は、それはもう大慌てじゃった。なにしろ新たな新天地を呼んだつもりが、世界の崩壊まであと数時間もないという状況になったのじゃからな。さすがに当時の魔法技術を持ってしてもその破滅を逃れるすべはなかった。もう一度送り返そうにも、準備に数ヶ月はかかるような大規模魔法じゃったからな。そんなとき、衝突しようとする二つの世界のあいだに強大な盾が現れた」
「それが《大結界》か」
「その通りじゃ。すべての世界には、世界を守ろうとする「意志」がある。その意志が人間の世界を守るために力を使ったようじゃの」
「てことは、《大結界》を張ったのは女神様ってことか!」
「女神とやらは我は知らぬが、主をこの世界に呼んだのと同一の存在じゃの」
そうだったのか。
でも確かに、結界がこの世界を守るためのものならば、女神様が使ったとしても不思議じゃないな。
「盾のおかげで人間界は守られた。しかし、魔界は人間界よりも一回り小さな世界での。盾で直接の衝突は避けられても、世界の崩壊は避けられなかった」
ああ、そういえば聞いたことがある。
地球に住んでいる俺たちには実感がわかないが、惑星は非常に強い重力を持っているという。
惑星同士が近づくと、その非常に強い重力によって星が割れてしまうんだそうだ。
「なにが起こったのかは当時の我にはわからなかったが、魔界でフォルテとやらと共に調べたことで大体のところはわかった。滅びの運命を防ぐため、魔界側の「意志」も力を使ったようじゃの。
運命をねじ曲げ、滅びの未来そのものを書き換えようとしたようじゃ。じゃがさすがにそこまでの力はなかった。世界を守ろうとする神のごとき存在じゃが、神そのものではないからの。
破滅の未来を先延ばしにし、ねじれた因果の残滓として魔素が生まれた。それが今の魔界じゃよ」
「だけど、その《大結界》がなくなってしまった……」
「アウグストはその大結界解除の術式を完成させていたようだの。どういう魔法だったのかはもはやわからぬが、やつの死と共にそれは起動し、大結界が解除されてしまった。世界は再び衝突するじゃろう」
二つの惑星の衝突。
結果がどうなるのかは想像するまでもない。
「……どうしたらいい?」
「考えられる方法は2つある。ひとつが《大結界》を再び張ること。もうひとつが、魔界を元の場所に送り返すことじゃ」
「《大結界》を再び張るのは……難しいだろうな」
女神様は力を使い果たしているため、再び結界を張る力は残されていないだろう。
俺はラーニングで《大結界》を使えるとはいえ、その力は本家には遠く及ばない。星の衝突を防ぐなんて不可能だろう。
ならば魔界を送り返せばいいということになる。
要は超巨大なゲートを開けばいいのだから、ものすごく頑張れば不可能じゃないかもしれない。
そう考えて、しかしすぐに問題に行き当たった。
「召還される前の魔界ってどこにあったんだ?」
「それはわからぬ」
ラグナがすまなそうに答えた。
魔界をどこか別の場所に送り返すだけならできるかもしれない。
しかし、それはどこでもいいというわけではない。
地球に生命が生まれたのは、太陽との距離や他の天体とのバランスなど、奇跡的な偶然が一致したからだという。
魔界を適当な場所にワープさせても、極寒の宇宙の中で全滅するだけだ。
召還される前の場所に正確に送り返さなければならない。しかし元の場所がわからない以上、それは不可能だ。
冷や汗が流れた。
他に方法がない。詰みだ。
あとはもう、なにか都合のいい奇跡が起きてこの危機を救ってくれるのを待つしかできない。
「うむ。当時の人間達もそう考えた。もはや奇跡を願う他はないと。じゃが幸いというべきか、当時の人間達は繁栄を極めていた。高度に発達した魔法は神の奇跡と区別が付かない。だからこう考えた。奇跡くらいなら自分たちでも起こせるだろう」
「なんだと……?」
「その結果2つの禁呪が生まれた。それが《未来視》と《デミウルゴス》じゃ」