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37.もう一人の勇者

 意識を失った俺が目を覚ますと、そこは真っ黒な世界だった。

 光もなく、上も下もない世界。

 女神様の世界だ。


 目の前には小さな女の子がいる。

 この世界の主である小さな女神様は、いつもは悲しげな瞳をつり上げていて、見るからに怒っていた。


「わざと力を使って気を失いましたね」


 俺は無言のまま両手をあげて降参のポーズを取る。

 どうせ隠し事をしても無駄だろうしな。


「女神様に聞きたいことがあってここに来たんです」


「だからってあんな方法を取ることはないでしょう」


「いや、他に方法を知らなかったので……」


 女神様に会えるときは、いつも力を使いすぎて意識を失ったときだけだ。

 だから自分から来ようと思ったら、わざと力を使い果たして意識を失うしかなかったんだ。

 小さな女神様がため息を付く。


「わかりました。そのことについては起きたときにあの二人に怒ってもらうとしましょう」


 あの二人……シェーラとアヤメだろう。

 確かにわざとやったってバレたらめっちゃ怒るだろうな。

 黙っていよう。うん、それがいい。


「それで。そうまでして私に会いに来た理由は何ですか」


「ひとつ聞きたいことがあったんです。俺がこの世界にきたのは女神様が召還したからですよね」


「そうです」


「なら……」


 前からずっと疑問があった。

 女神様はすべての力を使って俺を呼んだといっていた。

 だから勇者は一人だけだと。


 ならアヤメは誰が呼んだんだ?


 俺の召喚に巻き込まれただけだったのなら、アヤメはアヤメとしてこの世界に存在しただろう。

 だが実際には、アヤメはダインの妹の代わりとしてこの世界に召喚された。


 偶然、と考えるにはおかしなことが多すぎる。

 あまりにも強すぎる白魔法もそうだ。

 人一人を生き返らせる魔法なんて、どれほど魔法が強くなったとしてもたどり着いてはいけない境地なんだ。


 アヤメは、誰かに召喚されたんだ。


 答えはわかっていた。

 それでも聞かずにはいられなかった。

 もしかしたら違うかもしれない。俺がまちがっているのかもしれないという淡い期待を込めて。


 女神様が静かに答える。


「魔王ケリドウィン。彼が呼んだ魔界を救う勇者。それこそが柊彩芽様なのです」


 魔王が呼んだもう一人の勇者。それがアヤメだったんだ。


 驚きはなかった。

 ただ……なんていえばいいのかな。

 諦めのような覚悟が決まった、といえばいいだろうか。


「……どうして魔王は、アヤメを召還したんだ」


「あなたと共にこの世界を作り、時にはその形を変えてみせた存在。この世界を作れる唯一の存在があなただとしたら、この世界を作り替えられる唯一の存在が彼女なのです。

 あなたの行動は、物語からの激しい抵抗にあう。しかし彼女の行動は物語の抵抗を受けません。それは彼女が世界を変えるために呼ばれたからです」


 ああ、そうか。確かにそうだ。


 信じたくなかったはずの俺は、女神様の説明で簡単に腑に落ちてしまった。


 俺はこの小説の作者だ。

 だからこの世界の創造主といえる。

 それは絶対の存在であり、その力に干渉することはできない。普通ならば。


 だけど、俺にはそう、いつでもとなりで助けてくれる存在がいた。

 俺の小説の一番の読者であり、時にはすばらしいアドバイスをくれて小説をより良い方向に変えてくれる人がいた。


 物語を作るのが俺なら、物語を変えるのがアヤメだ。第二の作者ともいえる存在だったんだ。


 俺の行動はいつだって「物語の修正力」とでもいうべき力によって干渉され、結局は物語と同じ道筋をたどっていた。

 結末を変えていたのはいつだってアヤメだ。


 誰かを助けようとした俺の行動はいつだってうまくいかず、結局は誰かを傷つけていた。

 死にそうになった人を助けていたのはいつだってアヤメの回復魔法だ。

 あの異常なほどの回復量を誇る回復魔法がなければ俺たちはもう何度も全滅していただろう。


 いつだったかラグナがいっていた。

 女神とは「この世界を守ろうとする意志」であり、魔王は「この世界を変えようとする意志」であると。

 その意味が今ならば分かる。


 小説では人間界は救われる。

 だから人間界を統べる女神様は「この世界を守ろうとする意志」だ。


 しかし魔界は滅ぶ。

 だからその未来を回避しなければならない魔王は「この世界を変えようとする意志」なんだ。

 魔素を消してみせたことがアヤメの力を証明している。


 守るために俺が呼ばれ、変えるためにアヤメが呼ばれた。

 変えながら守ることができないことは、魔界の今の現状が証明している。


 その二つは相容れない。

 守るために呼ばれた勇者と、変えるために呼ばれた勇者。

 ならば、俺とアヤメは、戦うしかないのだろうか。


 もしも……もしも俺とアヤメのどちらかが死なねばならないとしたら、俺は……。


 うなだれる俺の両頬を、小さな手が優しく包んだ。


「悲観しないでください。私はあなたを信じています」


「でも……」


「世界はまもなく滅びを迎えます」


「………………え?」


 思わず顔を上げる。

 目の前で小さな女神様が優しくほほえんでいた。


「私たちではどうやってもこの結末を変えられませんでした。ですがあなたなら……あなた達なら、この先の未来を変えてくれると信じています」


「なにを……」


「私とあの人が示し合わせたわけではなかったのですが、結果的に召還されたのがあなたと彩芽様であったことはきっと偶然ではありません」


 そういって、女神様が俺の額に口づけをした。


「女神の祝福を、あなたに」


 光のない世界に光が満ちていく。

 俺の意識が薄れ、女神様の姿がぼやけていった。






 俺は意識が覚醒すると同時に飛び起きた。

 まず最初に見えたのは宿屋のうす汚れた壁だった。

 どうやら倒れたあと宿屋のベッドにかつぎ込まれたらしい。


「ユーマ!」

「ユーマ君!」


 そばにいたシェーラとアヤメが同時に駆け寄ってくる。


「どうしてあんな無茶なことしたのよ!」

「そうだよ! すっごい心配したんだよ!」


「いや、わるい……」


 二人同時に責められてつい反射的に謝ってしまう。

 だがすぐにそれどころではないと思い出した。


「そんなことより何か変わったことはないか!?」


「変わったって……なによ?」


「いや、何かはわからないんだが、なにかが起こるはずなんだ」


 そのときだった。

 俺たちを急に地震が襲った。


 だけど地面が揺れるような地震ではない。

 空間そのものが揺れるような、体が骨ごと波打ち平衡感覚を失うような、奇妙な揺れだった。

 だからこそ、確信した。


 窓を開いて空を見る。

 空に大きなひびが入り、隙間から荒れ狂う空間のゆがみが見えた。


「なに、あれ……」


 シェーラがおびえた声を漏らす。

 他の仲間達もまともな言葉を出すことができず、呆然と、あるいは愕然として空を見つめるしかできなかった。


『世界はまもなく滅びを迎えます』


 女神様の言葉を思い出す。


 しかし、一体なぜこんなことになってしまったのか。

 タイミング的にはアウグストを倒したからだろう。

 しかしなぜあいつを倒すことがここまでの崩壊につかながるのか。


 ありえるとしたら、それは……。


「《大結界》だ……」


 俺は小説内の最大の矛盾に気がついてしまった。


 今更だが、大結界とはなんなのだろうか。

 設定では二つの世界を隔てる壁ということになっている。

 戦争を回避するために、魔界と人間界の境界に不可視不可浸食の結界を張ったのだと。


 しかし考えてみればそれはおかしい。


 戦争を起こそうとしているのはアウグストだ。

 奴は二百年以上も前から生きていたが、結界はそれよりも昔からあった。

 戦争を回避するために結界を張ったわけではないんだ。


 この国に伝わる伝説では、魔界が現れると同時に魔族が侵攻してきたということになっている。

 しかし、何百年前の伝説がいっさい変わることなく伝わるなんてあり得ない。

 脚色されたり、都合よくねじ曲がるなんてことは日常茶飯事だろう。


 だったら、いったい誰が何のために張ったというのか。

 そのことは俺はあまり考えていなかった。そんな細かい設定を気にする奴はたぶんいないだろうと思ったんだ。実際連載中でもツッコミはなかったしな。


 そういうときは物語側が自動で設定の不備を埋めるための新たな設定を作り上げる。

 その結果が大抵ろくなことにならないのは、これまでの経験からよくわかっている通りだ。


 どういった設定が追加されたのかは今の段階ではわからない。

 だけど目の前で起こっていることはわかる。


 アウグストを倒したことで戦争は回避した。

 その代償として大結界が解除され、世界の終わりが近づいていた。

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新シリーズはじめました。
優しさしか取り柄がない僕だけど、幻の超レアモンスターを助けたら懐かれちゃったみたい
助けた美少女モンスターとのまったり日常二人旅(の予定)。こちらもよろしくお願いします。
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