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35.光

 アウグストの呼び出したアンデッドたちが、苦悶の声を上げて迫り来る。


 痛い。

 死にたい。

 殺してくれ。


 耳を覆いたくなるような怨嗟の声が幾重にも場内に反響していた。


「……くそったれが!!」


 ダインが罵声と共に大剣を振り回す。

 直撃を受けた肉塊が粉々に弾け、傷口から凍り付いていく。


「せめて一瞬で燃え尽きなさい。<ロイヤルフレア>!」


 摂氏1000度を超える白色炎柱がゾンビたちを文字通り消し炭へと変えていく。

 せめて痛みを与えないようにという配慮だろう。

 最大火力での攻撃が次々とゾンビたちを倒していく。


 だが漆黒の闇からは、無限とも思える量のゾンビたちが這いずりだしてくる。

 そのたびに心をえぐるような悲鳴が幾重にも重なって聞こえてくる。


「こんなの……ひどい……」


 アヤメが嗚咽のような声を漏らす。


「お姉さんたちも手伝ったほうがいいんじゃないの~?」


 確かにフォルテの魔法もあればシェーラたちの助けになるだろう。

 救いを求めるゾンビたちもその分だけ早く解放してあげられる。


「……いや、フォルテたちは魔力を温存しててくれ」


「ふむ。主がそういうのなら我は構わぬが」


 ラグナが気遣うような視線を向けてくる。

 俺とラグナは文字通りの一心同体だから、俺の内心はお見通しなんだろう。


 握りしめた俺の手のひらから血がにじみ出す。

 俺だってできるなら今すぐにあのクソ野郎をぶっ飛ばしてやりたい。

 しかしそれではダメだ。


 アウグストの実力は本物だ。

 ここで余計な力を消費してしまっては、やつとの決戦で勝機を失ってしまう。

 たとえ辛くとも、ここは耐えてなんとか奴の隙を見つけないといけない。


 一瞬でいいんだ。

 準備はできている。

 しかしそれは向こうもわかっているようで、ゾンビたちを召還し続けながらも、薄い笑みを浮かべるその目は油断なく俺を見つめている。


「くそっ、ユーマ、あいつをなんとかしろ!」


「こっちの魔力も無限じゃないわよ!」


 前線で戦うダインとシェーラから怒声が飛んでくる。

 最大火力で戦い続けているから、いつも以上に消費が早いんだろう。あのダインが俺を頼っていることからもそれがわかる。


 どうにかしなければ、と思うものの、どうすればいいかまるでわからない。


 そもそもこんなシーン小説じゃ一度もなかった。

 アウグストはただのネクロマンサーで不死身じゃなかったし、アンデッドの軍団を呼び出すものの、ここまで強くもなかった。


 俺が今まで様々な強敵となんとか渡り合って来れたのは、それが俺の書いた小説だから、攻略法もわかっていたからだ。

 しかしこんなシーンは一度もない。似たような場面すらなかったんだ。


 どうすればいいのかなんて見当も付かない。

 ただ歯がみするだけの時間が続く。


 そのときだった。


「どうして……」


 か細い、震えた声が聞こえる。

 それはやがて爆発するような叫びになった。


「どうしてこんなひどいことができるの!」


 アヤメだった。

 俺でもはじめてみるアヤメのマジ切れに驚いてしまう。

 同時に、白い光がアヤメの体から立ち上った。


「な、なんだ!?」


 光の柱はまっすぐに真上へと伸び、天井に当たって四方八方に拡散した。

 あたりを白一色で染めるような、だけどまったく眩しくない、優しい光が周囲を包む。

 その中心に立つアヤメだけが、鋭い視線でまっすぐにアウグストをにらみつけた。


「もう謝ったって許してあげないんだから! 花開け<祈りの樹>よ!」


 アヤメから立ち昇った光の柱は、真っ白な光の樹だった。

 四方八方に広げた枝に数え切れないほどの花が咲く。

 花は開くと同時に砕け散り、無数の白い花びらを舞い踊らせた。


 舞い落ちる光の花びらが辺りを優しく染め上げ、ゾンビたちを一人一人優しく包み込んでいた。

 苦悶の声はもうひとつも聞こえない。

 腐っていた体が瞬く間に元の血色を取り戻し、やわらかな光の中に包まれるようにして消えていった。


「これは……なんという魔法じゃ……」


「すごい、こんな魔法があるなんて……」


「魔素すらもが、消えていく……」


 ラグナとフォルテがそろって言葉を失っている。

 この二人が驚くってことは、相当なんだろう。


「ばかな……こんなことが……!」


 清浄な光の奥で一人だけが苦渋に顔をゆがませる。


「この光は、あの方の……。なぜ、なぜ人間ごときが……!」


「その『あのお方』ってのが誰なのか実に気になるが……」


「……──ッ!」


 アウグストが驚いて振り返る。

 アヤメの魔法に気を取られたのが命取りだったな。

 その隙にゲートの魔法で背後にワープさせてもらった。


「人間ごときが調子に乗るな……!」


 アウグストがなにかをしようと杖を振りかざす。

 が、ワープしたのは俺だけじゃない。

 フォルテとラグナも一緒に来ている。そしてこの二人が、アウグストなんかに後れをとるはずもなかった。


「その呪い、解呪させてもらうわあ」


 アウグストがなにかをするよりも早く、フォルテがラグナの魔力を練り上げてアウグストへと流し込む。


「あっががががががああああああああああががあがががががっがあがっ!!」


 なにかが体内で激しくせめぎ合うように、激しい光がスパークする。

 アウグストの強力な呪いを解呪する専用魔法だ。

 アウグストが、がくりとひざを突く。


 荒い息と共にこちらをにらむ顔は、さきほどまでの病的なまでに白い顔ではなく、樹の幹のように深い溝が刻まれたものになっていた。


「貴様ら……このようなことをして、ただで済むと思うなよ……!」


 数百年も生きただろう呪いの反動だろうか。

 その声は石と石をこすりあわせるような錆付いたものだった。

 目にもすでに光はなく、落ちくぼんだ眼窩があるのみだ。


「不老不死を得た私の英知を、このようなところで絶やしてなるものか……!」


「それはちがうわあ。あなたのは不老不死じゃない。ただ呪いで魂を縛り付けていただけ。本当の不老不死はラグナちゃんみたいな子のことをいうのよぉ」


「なにを……」


 水分を失い干からびた目がラグナを見る。

 その目がわずかに見開かれた。


「お前、あのときのエンシェントドラゴンか……!?」


「そうじゃ。よく覚えておったの」


「復讐にきたというわけか……!」


 アウグストの言葉に、ラグナがくつくつと笑う。


「くくっ。それも悪くはないがの、今は我が主の元で動いておる。その方が楽しそうでな」


「主……? まさか、この人間が……?」


 再度驚いた目が俺を見る。

 ま、そうだろうな。

 俺にはなんの力もないんだから。


「ふん、今さら私をどうこうすることはできない。すでに私の魂は変質し、生命の理を超越している。不老不死となった私を殺すなど不可能だ!」


「ああ、そうらしいな」


 得意げに語るアウグストに、俺は肩をすくめてみせた。


「それはこの二人から聞いたよ。それに俺は誰も犠牲にしないという誓いをたてている。だからお前を殺しはしない。むしろ助けてやるよ」


「助ける? なにをいっている。貴様ごときが私になにをできるというんだ!」


 フォルテの解呪魔法でもアウグストの呪いは完全には解けなかった。

 それほどに強力なものだったんだろう。

 フォルテやラグナにどうにかできないものを、俺なんかに破れるわけがない。


 それはその通りだ。

 そんなことは俺が一番よくわかっている。

 俺にできることはいつも同じ。仲間の力を借りることだけなんだから。


 俺は干涸らびたアウグストに右手で触れ、左手で舞い散る光の花びらをつかんだ。


「合成。<魂><祈りの樹>」


「な……っ!?」


 驚きの声が漏れる。


「馬鹿な……それは、あのお方の合成魔法……! それを、なぜ……いや、なんだ、これは……私の、体が、魂、が……」


 アウグストの枯れた体が光に包まれ、白い一本の樹に変わる。

 樹上から光の粒を発散させると、白い樹が光の中に薄れて溶けていった。


「どうやら魂の呪いが解けていくようだの」


「見て~、アンデッド達も消えていくわ~」


 床に広がっていた漆黒の闇は消えてなくなり、ゾンビ達も安らかな顔で光の中に溶けていく。

 アウグストが消えたことで、彼らもまた呪いから解放されたんだろう。

 そして、やつが展開していた人間界とのあいだに駐屯している魔王軍もいなくなるはずだ。


「やっと、終わったか……」


 思わずつぶやきが漏れる。

 まだすべてが終わったわけではない。

 しかし、これでようやく戦争を回避することができたんだ。

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新シリーズはじめました。
優しさしか取り柄がない僕だけど、幻の超レアモンスターを助けたら懐かれちゃったみたい
助けた美少女モンスターとのまったり日常二人旅(の予定)。こちらもよろしくお願いします。
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