34.最終決戦
命の尊厳を冒涜するアウグストをこれ以上のさばらせておくわけにはいかない。
俺はラグナからアウグストの位置を聞き、ゲートを開いた。
ほとんど同時に飛び込む。その先にはアウグストが待っていた。
「思ったよりも早かったな。もう少し時間が稼げると思ったが、所詮は獣にそこまで求めるのも酷か」
「ジャガーノートはお前の仲間だろうが。どうしてあんなことができる!?」
「仲間だからこそ利用してやったんだ。やつも私の役に立てて本望だろう」
「貴様……!」
「やめろ。こいつにはなにをいっても無駄だ」
ダインが俺を止める。
確かに、こいつはヤシャドラの妹を人質に取っていたくらいだ。
同じ四天王に仲間意識なんてないんだろう。
ダインが剣を構え、シェーラも無言で剣を引き抜く。ラグナとフォルテもいつでも魔法を放てるよう身構えていた。
「貴様等を蹴散らすなど造作もないが、その前に聞いておこう。なぜ私を狙う」
「魔界と人間界で戦争を起こさせないためだ」
「ほう。なぜ私がそのようなことすると思う。人間界と戦争をしたところでなんのメリットもないが」
「とぼけるのはよせ。ネクロマンサーの死体を調達するために戦争を起こすつもりなのは知っている」
俺が指摘すると、アウグストの表情がはっきりと変わった。
新しいおもちゃを前にした子供のような笑みに。
「そのことは誰にもいっていないのだがな。人間ごときがゲートを使えることといい、貴様に興味がわいてきた」
アウグストが病的なほど白い両腕を広げる。
足下から黒い染みが広がり、そこから骸骨の群が這いだしてきた。
「ああ、協力してくれる必要はないぞ。死体だけ手に入れば十分だからな」
「はっ! 今さらこんな雑魚で足止めできると思ってんのかよ!」
ダインが巨大な剣を担いで骸骨の群へと猛ダッシュする。
走る勢いに横なぎに振るうと、数体の骸骨がまとめて吹き飛んだ。
「燃え尽きろ! <フレアインパクト>!」
シェーラの声と共に骸骨の群れの中心で爆発が起こり、数十体もの骸骨がまとめて消し飛んだ。
「お姉さんもお手伝いするわよ~」
「この程度なら造作もないの」
フォルテとラグナも骸骨の群れに魔法を放つ。
骨が粉々になって次々に飛散していくが、それでも骸骨たちは次々と黒い染みの中から這いだしてくる。
その数は……ちょっと数える気にはならないな。倒す数よりも増える数の方が多い。すでに百は確実に超えてるだろう。
確かに骸骨一体一体は弱いのだが、とにかく数が尋常じゃない。
わき水のように際限なくあふれてくる。
もはやアウグストの姿さえも、骸骨の海に隠れて見えなくなっていた。
「ちっ! 雑魚のくせに数だけはありやがる。歯ごたえがねえ一番つまらない戦いだぜ」
いつのまにか俺たちの周囲を取り囲むほどに増えた骸骨を、ダインが片っ端から蹴散らしていく。
反対側ではシェーラが同じように群がる骸骨の群れを消し炭に変えている。
二人なら骸骨の群れに後れをとることはないだろう。とはいえいつまでもこうしてるわけにはいかない。
「ラグナ。アウグストの位置がわかるか」
「それがどうも骸骨はやつの魔力で作られておるようでの。おかげであやつの魔力が隠れてしまい、正確な位置がわからぬ」
「だいたいの方角ならわかるか?」
「なんとなくでよければの。あっちの方角じゃ」
「それだけわかれば十分だ。あとは俺の秘密兵器に任せておけ」
「なにか方法があるの?」
シェーラの問いに俺はうなずいて答えた。
「ああ、こんなこともあろうかと準備しておいたものがある。俺が道をあけるから、二人はアウグスト本体を頼む!」
俺は叫びながらゲートを開いた。
その先につながっているのは宿屋にある俺の部屋。
そこに用意しておいたものを掴むと、引きずり出すようにして持ち上げた。
「えっ、ユーマ君、それ……っ!」
アヤメが驚いた声を上げる。
無理もない。まさかこんなものがここにあるなんて思ってもいなかっただろうからな。
それは金属の筒みたいな形状をしていて、先端には紡錘円状の弾頭が取り付けられている。
正式名称はM107榴弾砲。
日本の陸上自衛隊が持つ榴弾の一種だ。
大きさは俺が両腕で抱えなければならないほど大きい。
日本から持ってくるときは持ち上げるだけで精一杯だったんだが、今は強化の魔法があるからな。
両手で頭上に持ち上げると、ミサイルを打ち出すように骸骨の群れに向かって投擲する。
同時にスキルを発動した。
「スキル発動! <サンダー>!」
指先から放たれた電が榴弾砲の底をたたく。
サンダーは雷属性の最下級魔法だが、雷管を着火させるには十分だ。
内部の火薬が炸裂し、盛大な衝撃波と共に骸骨の群れを一撃でなぎ払った。
本来は広範囲の車両をまとめて破壊するためのものだからな。
もろい骸骨の群れなんて一瞬で粉々に消し飛んでしまう。
日本に一度戻ったときに、アヤメが寝てるあいだにこっそりと自衛隊基地にゲートの魔法で転移していた。
一度行った場所ならいつでもゲートが開けるようになるから、その場所を覚えるためにな。
そして、アウグストが死者の軍勢を召還することはわかっていたから、昨日のうちに自衛隊基地にまで行って、こっそりと俺の部屋に持ち運んでおいたんだ。
危険な弾薬が紛失したことで今頃自衛隊内部では大騒ぎになってるかもしれないが……これも世界を守るためだ。許してほしい。
「なかなかイカスもん持ってんじゃねえか!」
榴弾砲の一撃は骸骨たちだけでなく、黒い染みが広がっていた地面ごと吹き飛ばした。
地面の黒い染みはすぐ元に戻ってしまうが、その一瞬の時間があれば問題ない。
シェーラとダインが駆ける先には、驚いた表情を見せるアウグストの姿があった。
まさか魔法でも何でもなく、爆弾で自分の軍勢が吹き飛ばされるとは思ってなかったんだろう。
もしかしたら骸骨たちには魔法的な攻撃に対する耐性があったのかもな。
しかし榴弾砲は火薬と爆発時の破片による物理攻撃だ。残念ながらそんな耐性は効果がない。
走るシェーラとダインの剣に白い光が宿る。
アヤメのエンチャント魔法だろう。
通常の物理攻撃ではアンデッドはすぐに再生してしまうが、聖属性が付与された攻撃なら別だ。
シェーラとダイン、二人の斬撃がアウグストの体を交差するように斜め十字に切り裂いた。
聖なる光を浴びた一撃はアンデッドの体を内側から蝕んでいく……はずなのだが、病的な白い体は崩壊することなく、何事もなかったかのように元に戻ってしまった。
アウグストが薄い笑みをみせる。
「なるほど。少し甘く見ていたようだ。どうも死ぬことがない体になるとそういうことに疎くなってしまうのが問題だな」
足下に黒い染みが広がる。
先ほどよりもさらに濃い漆黒の闇の中から現れたのは、腐った腕だった。
「うぅ……ぁぁぁ……」
かすれた呻き声のようなものがいくつも聞こえてくる。
ずるりずるりと這いずるように、全身が腐った体で構成されたゾンビたちが現れた。
それだけならば問題はなかったかもしれない。
雑魚が何体現れようと俺たちの敵じゃない。
実際、ダインの剣が即座にゾンビたちを両断した。
しかし、祝福のエンチャントを受けたダインの攻撃でも滅ぼすことはできず、すぐに再生してしまった。
「ちっ、まためんどくせえ敵か!」
どうやらこのゾンビたちはアウグストと同じ呪いを受けているらしい。
しかも。
「ぃたい……いたぃよ……」
「殺してくれ……もう嫌だ……こんなのは、もう嫌だ……」
「あたし……どうなってるの……どうして死なないの……?」
腐り落ちた肉の隙間から骨が見えるもの。
再生が中途半端なままいつまでも治りきらないもの。
むき出しになった視神経で眼球を振り子のように揺らすもの。
そのどれもが怨嗟の声を上げ、苦悶の表情で襲いかかってくる。
俺は小説では、アンデッドについては描写しなかった。
しかし、死んだ者を生き返らせるというのは、想像以上に辛いことのようだ。
先ほどまでの、魔力で作られたという骸骨たちとは違う。
目の前から襲ってくるのは、かつては生きていた者たちだ。
死ぬ直前の不完全な状態のまま、死ぬこともできず、肉体を操られて俺たちに懇願しながら襲ってくる。
「……この外道が!」
シェーラが怒声を上げる。
もちろんアウグストは薄ら笑いを浮かべるだけで意に介さない。
苦悶の声を上げて迫り来るアンデッドたちを前に、俺たちは攻撃をすることができなかった。