33.決闘
床が割れ、二足で立つ巨躯の雄牛が俺たちの前に立ちはだかった。
「……るううがああああああああああああっっっ!!」
耳をつんざく声が場内にこだまする。
魔王四天王の一人にして史上最強の生命体「最凶のジャガーノート」の咆哮だ。
アウグストが口元に嘲笑を浮かべる。
「あいかわらず品性の欠片もないな。だが、お前たちの相手にはちょうどいいだろう」
病的なほど白い手が空間をなでると、開いたゲートの中へと去っていく。
追いかけようとしたが、すぐにジャガーノートに道をふさがれた。
「がああああああああああああああああああっ!!」
「くそっ、どうやら倒すしかないようだな」
構えながらも、俺は不思議に思う。
暴虐の獣といわれるジャガーノートであるが、それは見た目から付けられた名前であり、実際は義を重んじる武人だ。
こんな獣そのままの咆哮なんてしないはずなのだが。
「細かいことは気にすんな! 要は倒せばいいんだろ!」
ダインが地面を強く蹴って突撃する。
自分の身長以上もあるでかい剣を片手で軽々と振り回す。
しかしジャガーノートは、ダインの猛攻をことごとく防いでいった。
5メートルを超えるでかい図体に似合わず、目にもとまらない早さで連打するダインの猛攻をひとつ残らずさばききった。
ダインの猛攻が途切れた間隙を縫うようにして、ジャガーノートの巨体を炎の柱が包む。
「まったく、一人で突っ走るんじゃないわよ」
どうやらシェーラの魔法のようだ。
「オレの獲物を横取りするんじゃねえよ」
「横取りされたくなかったら倒せばいいでしょ」
「はっ、言うじゃねえか!」
二人が軽口をたたき合うあいだにシェーラの炎が消える。
中から現れたのは全身を炎で焼き尽くされた獣の姿だった。
「ちっ……。こりゃ終わったな」
ダインがそう吐き捨てた直後、真っ黒に焼き焦げた体がみるみるうちに再生していった。
「あああああああああああああああああああああああああっ!!」
獣の叫びが響きわたる。
しかしそれは威嚇や自身を鼓舞するようなものではなかった。
まるで痛みに耐えるような、苦悶の咆哮だった。
傷ついた肉体が崩れ落ち、内側から新たな肉体が盛り上がる。
自らを傷つけて強引に再生させるそれは、再生というにはほど遠い。
屈強な武人であるジャガーノートすらも悲鳴を上げていた。
「こんなの……っ」
アヤメがうめくように声を漏らす。
暴虐の獣といわれる彼は武人でもあり、戦士の魂を冒涜するネクロマンサーを毛嫌いしている。
本来彼と戦うのも、強敵と戦うことをなによりの喜びとするからであり、決してアウグストを守るためではなかった。
そんなジャガーノートがアウグストを守なんておかしいと思ったのだが、どうやらアンデッド化させられて操られていたようだ。
やがて再生を終え元通りになったジャガーノートが、荒い息と共に俺たちをにらむ。
赤く血走った目が狂気の光をたたえ、半開きの口からかすれるような声を漏らした。
「殺セ……我を、殺してくれ……」
「……ふん」
ダインが竜殺しを肩に乗せ、無造作に歩き出した。
「お姉ちゃん……!」
アヤメが魔法の詠唱を開始する。
耐アンデッド用の光属性付与しようとしたんだろう。
それをダインが手で止めた。
「やめろアヤメ。それは必要ない」
「え、でも……?」
「戦士にとって死は怖くねえ。怖いのは戦わずに死ぬことだ」
ジャガーノートがぴくりと反応した。
「おお……人間の戦士よ。このような姿になった我をまだ戦士と呼んでくれるのか」
「あんた、強いんだろ。戦う理由なんてそれで十分だ」
「感謝する。ならばここを我が死地としよう」
ジャガーノートのつぶやきに、ダインが嘲笑を返した。
「おいおい、つまんねえこといってんじゃねえよ。死ぬ気で戦うやつなんか倒しても面白くねえ。オレを殺す気でこい。でなきゃオレには勝てねえぜ」
「フッ……ガハハハハハハハハハハッ!」
空気が震えるほどの哄笑が響きわたる。
ジャガーノートが大声で笑っていた。
「なるほど。非礼を詫びよう。確かに我はお主をたかが人間と侮っていた。お主を恩人と思うからこそ、我が奥義を見せてやろう」
丸太のような両腕の筋肉がさらに膨れ上がり、諸刃の戦斧を上段に持ち上げる。
ただでさえ巨大な体が、さらに倍以上も膨れ上がったように見えた。
「だが……なにぶん力が抑えられぬ。手加減などできぬ上、人の身が受けるには過ぎた技。命奪うこととなろうとも恨むでないぞ!」
「構わねえぜ。殺せるもんなら殺してみな!」
「ぬううううううううん! 奥義<パンツァーガイスト>!」
大上段からの振り下ろしの一撃がダインに襲いかかる。
技も魔力もない、ただただ力任せの一撃。
だからこそ、そこには小細工の介在する余地はない。
地面に刺さった釘を打つかのごとく、ダインの体を強烈に打ち付けた。
単純な力比べの一撃を、ダインはよけることなく真正面から受け止めた。
受け止めた大剣が軋み、両足で踏ん張る地面が砕け、粉塵と共に爆散する。
「お姉ちゃん……!」
アヤメの悲鳴がこだまする。
その視線の先に立っていたのは、受け止めた大剣を額に受けて血を流しながらも、凄絶に笑うダインの姿だった。
「悪くない一撃だ。久々に効いたぜ」
「フ……。我が生涯最高の一撃をたやすく受け止めただけでなく……」
がくりと、ジャガーノートのひざが地面を付く。
丸太のように膨れていた両肩が鋭利な断面をさらし、弾き返された戦斧と共に天高くを舞っていた。
「あの一瞬の中で反撃まで行うとは……。もはや我に敵なしと思っていたが、世界はまだまだ広い。お主のような者がまだまだいるのかと思うと、それだけが心残りだ……」
「安心しろ。オレが最強だよ」
ジャガーノートの巨体が斜めにずれる。
まるで体が今切られたことを思い出したかのように、斜めの斬線にそって巨躯が両断されていく。
「最期に……貴殿とまみえたこと……感謝する……」
「このオレと戦えたんだ。誇りに思って死にな。<フロストバイト>」
傷口から凍り付き、全身が真っ白な氷に覆われていく。
足先まで隙間なく凍り付くと同時に、粉々に砕け散った。
いくら再生能力の高いアンデッドといえども、凍り付いた状態では再生できない。
やがて氷の破片の中から、一掴みの光が浮き上がった。
それは宙を漂い、ダインの前へと移動する。
「ふん。いいだろう。もらってやるよ」
ダインの手が光を無造作につかみ、自分の胸に押し当てる。
光は体の中に溶けるように沈み込んでいった。
「……それ、なんだ?」
俺の問いにダインが肩をすくめる。
「さあな。知らねえよ」
正体不明なものを体内に取り込んでなんで平然としていられるのか不思議で仕方ないが、俺の心配をよそにダインが歩き出す。
どこに行くんだ、なんて聞くまでもなかった。
「いくぞ。いますぐあのクソ野郎をぶっ倒さないと気が済まねえ」
戦闘狂のダインだが、怒ることは滅多にない。
そのダインが怒りを露わにしていた。
もっとも、その気持ちは俺たちも同じだ。
ジャガーノートと会うのはこれが初めてだし、そもそも敵同士なんだから感情移入もなにもない。彼の死に俺たちが心を痛める理由は何もなかった。
だがそれでも、彼にあんな呪いをかけたアウグストだけは許してはいけない。
それだけは確かだ。
「ラグナ。あいつの位置はわかるか」
「当然じゃ。まだ城内にいるようだの」
ラグナに場所を聞き、俺はゲートのスキルを使用した。
やつを守るものはもういない。
ここで決着をつけてやる。