11.遭遇
手にしたクエストの紙をダインが読み上げる。
「こいつだな。街から半日ほどの森の中でオーガが目撃されたらしい。数は10体。より多くのオーガを倒したほうが勝ちだ」
「ふん、オーガね。まあいいでしょ。そんな近くに現れたんなら退治しないといけないでしょうし」
よし、予定通りだ。
これでドラゴンなんかと戦わなくてすみそうだな。
魔王軍幹部とはいっても、元々封印されてるんだから起こさなければ無害な存在だ。無理に戦う必要はない。
オーガだって強敵には違いないが、俺たちは本気を出せばドラゴンにだって勝てるんだ。オーガくらい楽勝だろう。
後はすきを見てこのクエストをこっそりボードに戻しておけばいい。
シェーラとダインが受付でクエストを受けているあいだに、こっそりボードに近づいた。
ではさっそく、バレないうちにこのクエストをボードに戻して、と。
……あれ?
ボードに張り付けようとしても、なぜかくっつかずに落ちてしまうんだけど。
「条件のいいクエストは奪い合いになることもありますから、先に手にした人の冒険者カードを読みとって優先権が与えられるようになってるんですよ」
受付のお姉さんが教えてくれた。
そういえばそんな設定だった、ような……?
さすがにそんな細かいところまでは覚えていなかったな。
「じゃあ、一度手に取ったクエストはクリアしないといけないんですか?」
「いえいえ、その場合はキャンセル処理をすれば元に戻せますよ。そのかわり、キャンセルは3回までです。それ以上はペナルティがありますので気をつけてくださいね」
そうか、それはよかった。
せっかく隠し持っていたのに、クエストを受けなくちゃいけないんなら意味ないからな。
「それじゃあこのクエストを……」
受付に向かおうとした俺の肩を、左右から同時に叩かれた。
「あら、あんたもクエストを受けるの?」
「駆け出しのくせに早速クエストを受けるとは仕事熱心だな。ほめてやろう。それでどんなクエストなんだ」
「あ、いや、これは……」
あわてて後ろ手に隠そうとしたが、圧倒的なレベル差のある二人を相手に隠せるわけもなかった。
あっというまに奪い取られてしまう。
「なにこれ、魔王幹部退治……!?」
「なかなかおもしろそうなクエストがあるじゃないか」
「いいじゃない。これにしましょう。正直、オーガごときじゃ瞬殺だから勝負にならないと思ってたのよね」
なんかあっというまにそういうことになってしまった。
「ではお三方で登録いたしますね」
受付のお姉さんまでそんなことを言ってくる。
もうちょっと止めてくれてもいいんですけど、というか三名って、それ俺も入ってるんですか?
「もちろんですよ」
えええ、そんな笑顔でいわなくても。
「パーティーには後から追加してもいいんだろ?」
ダインの問いかけに、受付のお姉さんがうなずく。
「もちろんです。リーダーの同意さえあれば構いません」
「リーダーって誰よ?」
「最初にクエストを手に取った方に設定されます。今回の場合ですと、ユーマ様になりますね」
シェーラとダイン、二人の目がそろって俺へと向いた。
あ、これは血を見るな。
負けず嫌いな二人のことだ。
俺なんかがリーダーになって耐えられるわけがない。
二人のどちらかにリーダーを譲るように見せかけて、こっそりパーティから抜けてしまおう。
よし。我ながら完璧な計画だ。
そう思っていると、シェーラがさっそく口を開いた。
「いいんじゃない。あたしは構わないわよ」
「勝負には公正な審判が必要だからな。オレも構わん」
「いやいやいや! 構うよ! 俺なんかがリーダーでいいわけないだろ! だいたい俺一言もこんな高難度クエスト受けるなんて言ってないし!」
「なに今更ビビってんのよ。クエスト取ったのはあんたでしょ。足さえ引っ張らなきゃ死ぬことだけはないから安心しなさい」
「貴様も男なら度胸を見せろ。相手が誰であろうと死ななければ死なん」
なんのアドバイスにもならないアドバイスをくれる二人。
これだから高レベル冒険者どもは!
だいたい死ななければ死なんってなんだよ。精神論ですらないじゃないか。
つまり死んだら死ぬってことだろ。知ってるよ。この世界には女神様がいないんだよ!
結局俺とシェーラ、そこにダインを加えたパーティで登録されてしまう。
クエストを先に取っておいたところまではよかったんだがな。
どうしても小説で書いた話の流れに向かってしまうらしい。
となるとこの後の流れも小説の通りになるんだろうか。
主人公たちは幾多もの魔物と戦い、死ぬような目にも何度も遭う。ていうか死ぬ。吹き飛ばされたり、噛みつかれたり、切りつけられたり。そのたびに女神様に生き返らせてもらうんだが。
いやだなあ。きっとすごく痛いんだろうなあ。
「シェーラ、結局おまえはそこの男と組んでるのか?」
「組んでるわけじゃないわ。行きがかり上しかたなく拾っただけよ。ユーマは漂流者なのよ」
ダインが興味深そうに俺を見つめた。
「外の世界からきたって奴か。はじめて見るな。そのわりにはあまり変わらないようだが」
それは俺の想像力が貧弱だからです。
結局この世界は俺の想像から生み出されたものだ。
異世界はきっとこうだろう、という俺の漠然としたイメージが色濃く反映されている。
だから俺の知らない文化や言葉なんかは出てこない。
言葉は日本語しかないし、シェーラも髪の色が赤いだけで、顔立ちは日本人だ。少なくとも日本製のアニメにすごく近い。
それはダインも同じだ。とんでもないめちゃくちゃな美人だが、よーくみればたぶんテレビかなにかで見たことのある女優に似ているんだろう。
「漂流者なんて意外とそんなものよ」
「他にもあったことがあるのか?」
と聞いたのは俺だ。
シェーラはうなずく。
「昔は王都にいたこともあったからね。といっても数人だけど。それでもみんな話は通じたし、普通の人だったわ」
ふむ。
実はこの先に出てくる重要キャラクターにも転移者がいる。
それはシェーラが言うように王都で会うことになるのだが。
しかし……「普通の人」?
あれを普通というのは正直どうかと思うんだが……。
「ダインは一人なの?」
「いや、連れがいる。もうすぐ来るはずだが──」
ちょうどダインが答えるのにあわせて、小柄な影が冒険者ギルドに入ってきた。
「もうお姉ちゃんったら、待ってくださいって言ったのに……」
息を切らせるようにして小さな声が響く。
あれ、今の声……?
「悪いな。シェーラが入っていくのが見えたんで後を追いかけていた」
「えっ、なにそれきもい」
シェーラがさらりとひどいことを言う。
「紹介しておこう。オレの妹だ」
「えっと、その、は、はじめまして」
そう。ダインには妹がいる。
長身の姉とは似ても似つかない小柄な女の子で、性格も温厚で優しい。
シェーラとは色々対照的で、身長は俺の胸くらいまでしかなく、体つきもあちこち控えめ。
回復魔法の使い手なので、服も修道服をベースにした白いローブだ。
髪は銀色のロングヘアー。さらさらとした細い銀髪が風にそよぐさまはまるで天の川のよう、とまで描写したほどの超絶美少女だ。
シェーラが世界一かわいいとしたら、この子は銀河一かわいい。
そう断言できるほどに理想の女の子だ。
だが。
目の前にいた女の子は身長こそ低いものの、髪は日本じゃどこでも見かける普通の黒髪だった。
顔立ちもかわいいことはかわいいが、銀河一かと言われるとさすがに自信がない。
なにより、その顔は俺にとっては誰よりも見慣れている。
向こうも俺の姿を見て驚いたようだった。
目を丸くして同時につぶやく。
「ユーマ、君……?」
「……彩芽か?」
そこにいたのは俺の幼なじみ、柊彩芽だった。