32.対決
「嘘だろ……」
あれほどの波状攻撃を受けたにもかかわらずアウグストは生きていた。
だけど俺が驚いたのはそのことにじゃない。
なにしろあのラグナをドラゴンゾンビに変えたのは他でもないアウグストなんだ。
その実力は俺の想像を遙かに超えているだろう。
これだけの攻撃を浴びせても倒せない可能性だって考えていたし、攻撃を防がれるかもしれないとも思っていた。
だけど。
目の前にいるのは。
攻撃をくらい体のほとんどを失った男の姿だった。
原形をとどめていないどころじゃない。
二本の足は塵ひとつ残っておらず、床に落ちているのはかつて生命だったどうかすらも判別できないなにかの欠片のみ。
笑みを浮かべる口はかろうじて残っているものの、呼吸をすべき喉がきれいに消し飛んでいる。そんな感じだ。
どんなに好意的に解釈しても致命傷。
生きているどころか、存在の一部でも残っているのが奇跡的という有様だ。
にもかかわらず、アウグストは平然と立ち上がった。
足のない足で立ち上がり、開くはずのない口を開いて言葉を発する。
なにをいってるのかわからないかもしれない。
でもそうとしか言いようがない。
ボロボロになった体の欠片が動きだし、おそらくは生前位置していただろう場所へと浮き上がることで、かろうじて人の輪郭を形作っていたんだ。
その状態から、失った肉体が急速に盛り上がりはじめる。
まるで逆再生する映像のような早さであっという間に再生してしまった。
「先ほどのはゲートのスキルか? 影狼族しか使えないはずのスキルをどうしてお前等が使えるのか。なかなか興味深い」
「あらら~、すごい再生力ねえ」
フォルテが口調だけはのんきにつぶやく。
しかしその視線は険しく目の前の男をにらみつけていた。
「はっ! 一撃で死なれたら逆に興冷めだったぜ!」
ダインが歓喜に吠えて馬鹿デカい大剣の一撃を振り下ろす。
アウグストはよけるそぶりすら見せずに肩から斜めにばっさりと切り裂かれ、さらに内側から発生した真空刃によって粉々に切り刻まれた。
まさしくみじん切りという言葉がふさわしい粉々っぷりだったが、みじん切りにされた肉片が床に山を作るよりも先に元の位置に浮き上がり、瞬く間に再生してしまった。
このときになって俺は異変に気がついた。
いや、すでに異変だらけなのだが、その中でもとりわけ異質なことが1つある。
アウグストはどれだけ攻撃されても血の一滴もこぼしていなかったんだ。それだけじゃなく、燃やされても煙のひとつもたなびかせない。
まるで人形のように壊れ、元に戻ってしまう。
こんな人間がいるだろうか。
「やつは魔族じゃから人間と呼ぶかはちと怪しいの。だがそれを抜きにしても、あれを生命といっていいかは悩むところじゃ」
「そんなにやばいのか」
「我も生命とは呼べぬ存在だから確かなことはいえんが、主らと同じ存在ではないことは確かだの」
そのあいだにもダインやシェーラの猛攻が続いたが、アウグストを倒すには至らない。
いや、はじめから生きてはいなかったんだろう。
考えてみれば、アウグストがラグナをアンデッド化させたのは二百年以上も前になる。
つまりアウグストもまた同じくらい生きていたということ。
魔界の住民は人間と変わりないから、寿命も同じくらいのはずである。二百年なんて生きられるはずがない。なのに生きているということは、こいつもまた不老不死になっていたということだ。
おそらくは、ラグナをアンデッド化させたほどの強力な呪いを、自分自身にかけたんだろう。
自分が不死者になるというデメリットさえ受け入れれば、あのアンデッドドラゴンと同等の力が手に入るのだから、使わない理由はないだろう。
俺の設定の詰めの甘さを埋めるために、また新たな設定が追加されていたようだ。
アウグストはどんな攻撃を受けても決して死ぬことがない。
粉々に切り刻み、燃やし尽くして灰に変えても、ものの数秒でもとに戻る。
それはあの魔王のような超再生力だった。
しかし、魔王とは違う。
魔王は、そういう存在であるから、という理由だけで時間を巻き戻すかのように元に戻っていた。
あれは理不尽すぎて意味が分からなかったが、それに比べればアウグストには、自らに呪いをかけた、というれっきとした理由がある。
理由があるなら対抗手段もあるということだ。
「呪いなら解呪できるはず。フォルテ、できそうか?」
「そうねぇ~、ちょーっと難しいかなあ」
「フォルテでも無理なのか」
「普通、呪いをかけられると、魂はそれに対抗しようとするものなの~。解呪魔法はその抵抗力を最大限に高めて行われるのよ。でも、あれは呪いを受け入れている。一体化しちゃってるのよ。そうなると分離させなければならないから、今すぐにどうこうするってのは難しいわねえ。一時間くらい研究する時間をもらえればできるかもだけど~」
一時間でどうにかできるだけでもきっとかなりすごいんだろうけど、さすがに今そこまでの余裕はない。
となれば別の方法で倒しきるしかないか。
行われているのは肉体の再生だ。つまり攻撃が効いているってことである。再生力を上回る超火力で消し飛ばせばきっと死ぬんじゃないだろうか。
あるいは、倒さずに勝つか。
「よし。だったらこれでどうだ。スキル発動《大結界》!」
不可視の結界がアウグストの体を閉じこめる。
人間界と魔界を隔てる、すべてをすり抜ける影狼族でさえすり抜けることのできない最強の結界だ。
こいつで閉じ込めてしまえばいくら不死身でも無力化できるだろう。
「ほう、人間のくせに《大結界》まで使うか。ますます興味深い」
「絶体絶命のくせにずいぶん余裕だな」
倒せないのなら封印してしまえばいい。
太古より自分では勝てないほど強い相手に行われてきた鉄板の攻略法だ。問題の先送りともいうけどな。
しかし効果的なのも確かだろう。
だが。
「確かに《大結界》を解き明かした者は少ない。しかしそれが自分だけとは思わないことだ」
アウグストがその病的なほど白い手で《大結界》に触れる。
次の瞬間、《大結界》は音もなく砕け散った。
「バカな……!」
驚愕しながらも、俺は瞬時に悟った。
元々俺の小説でも、アウグストが《大結界》を解除して戦争がはじまるのだから、解除できて当然じゃないか。
「私の防御結界を解除するだけでなく、ゲートから大結界まで使うとは。さすがは人間側の勇者というところか」
「勇者……?」
その単語に俺は反応した。
「おまえ、なにを知ってるんだ?」
勇者という言葉だけなら、単に英雄とかその程度の意味しかないかもしれない。
だがこいつは「人間側の」といった。
この世界には女神が呼んだ勇者と、魔王が呼んだ勇者がいる。そのことを知っているということじゃないのか。
「悪いが私は忙しくてね。答える義理はない」
アウグストの病的な白い指が空間をなでると、丸く切り取られた。
その先には別の空間が見えている。
こいつもゲートが使えるのか!
「逃げる気かよ!」
真っ先にダインが反応して地面を蹴る。
「ああ、そうさせてもらおう。代わりにこいつと遊んでいくといい」
地面が盛り上がり、巨大ななにかが床を突き破る。
アウグストめがけて振り下ろされた大剣は、地面から現れた、より巨大な戦斧に受け止められた。
舞い上がる土煙のせいでその姿は見えないが、なにか禍々しい存在がそこにいるのは確実だ。
「……ちっ」
あのダインが剣を引く。
土煙の中から現れたのは、体長5メートルはあるだろう毛むくじゃらの獣人だった。
筋骨隆々の肉体に、猛牛のような頭と、鉄塊と呼ぶにふさわしい諸刃の戦斧。ミノタウロス、といわれれば誰もが思い浮かべそうな二本足で立つ猛牛の魔神。
「ちったあ骨のあるやつが出てきたみたいだな」
愉悦の笑みを浮かべるダインとは対照的に、俺は思わずうめいた。
「最悪だな……」
その特徴的な姿を見間違えるはずもない。
俺たちの前に立ちはだかったのは、魔王四天王の一人にして史上最強の生命体「最凶のジャガーノート」だった。