30.魔界
ゲートを超えて、俺とアヤメは日本から魔界に戻ってきた。
向こうにいたのはたった一日のはずなんだが、ずいぶん久し振りに感じるな。
部屋を出ると、ちょうど廊下にいた人物とばったりでくわした。
「お、シェーラおはよう」
さわやかに挨拶したつもりだったのだが、なぜだかあきれた視線を向けられた。
「おはようじゃないわよ。もうとっくに朝も過ぎてるわよ」
確かに窓から射し込む朝日もそこそこ昇っている。
アヤメの家で朝食までごちそうになってから来たからな。
それでなくても魔界の朝は早い。なにせテレビもなにもないからな。
やることがないせいで、日本から見たらまだ朝のニュースをやってるような時間でも、魔界の感覚からすればとっくにみんな起きて仕事をはじめてる時間だ。
「シェーラさんおはようございます」
「あれ、アヤメちゃんも一緒に寝坊なんて珍しいわね」
シェーラが一転してアヤメに心配するような表情を向ける。
ちょっと俺とアヤメに対する態度が違いすぎない?
「うーん、ちょっとだけ疲れたのかも。昨日はあまり眠れなかったから」
「………………ん? ちょっと待って。今アヤメちゃん、ユーマの部屋から出てこなかった……?」
シェーラがなにやらつぶやいているが、よく聞こえない。
まあいいか。
それよりも俺はアヤメの方に振り返った。
「ちゃんと布団で寝ないから寝不足になるんだろ」
そういってやったら、少しだけ不満そうな顔になった。
「ちゃんと寝られなかったのはユーマ君のせいなんだからね」
そういえば俺が布団で寝なかったから、アヤメも俺のとなりで布団にくるまって座りながら寝たんだったな。
「そういやそうだったな。悪かったよ」
素直に謝ると、アヤメも笑顔に戻った。
「ううん、冗談だよ。私がユーマ君と一緒にいたかっただけだから。悪いのはユーマ君じゃないよ」
「えっ、えっ、ちょっと待って」
シェーラが混乱したように俺とアヤメを交互に見ている。
「二人一緒に寝てたってこと……? 同じ部屋から出てきたし……ど、どういうこと?」
「それは……」
説明しようとしたが、日本のことをシェーラに教えるのはさすがにためらわれた。
今更秘密にするようなことでもないとは思うんだが、説明もややこしくなるしな。
「大したことじゃないよ。気にするな」
「うん。そうだよ。ユーマ君とお話ししてただけだから。大丈夫、なにもなかったよ」
「………………」
俺とアヤメの二人で否定したのだが、シェーラはなぜか疑わしい視線を向けてくる。
おかしいな。完璧なごまかし方だと思ったんだがな。
そしてやがて運命の日がやってきた。
「いよいよアウグストの城に乗り込む。みんな準備はいいか?」
そういう俺が一番緊張してるんだがな。
サウスの宿でまた会議室を借りて、みんなが集合していた。いつものメンバーに加えて、ラグナとフォルテもいる。
みんないつも通りの表情……だったり、妙に意気込んでたり、楽しそうだったり、殺気あふれる笑みを浮かべてたりと思い思いの態度だが、準備万端なのは確かなようだ。
頼もしい限りだな。
これから乗り込むのは魔王四天王の一人「最悪のアウグスト」の居城だ。
ネクロマンサーであるこいつは、自分の手下となる死体を増やすため、という理由で魔界と人間界の戦争を企てている。
二つの世界の間で戦争が起こるのは魔王のせいじゃない。ほぼこいつのせいなんだ。
思えば俺が魔界まで来たのも、二つの世界での戦争を止めるためだった。
戦争の結果百万もの命が失われる。
それは、俺が小説でそう書いたからだ。
ただのフィクションのつもりだったからなんの気もなく適当に書いた数字だったのだが、それが現実となろうとしているのなら、止めるしかない。
俺に責任はないのかもしれないが、それを知ってるのは俺だけだし、できるのにやらないなんて選択肢を取れるほど俺は薄情になれなかった。
その結果こんなところまで来たんだ。
何度も死にかけたし、実際死んだような気もするんだけど、まあみんなの力のおかげでどうにかここまでやってこれた。
アウグストを止めることができれば、戦争を止めることができる。この旅もようやく終わるんだ。
そう思ったら感慨深くなってきたな。
終わったあとのことは……まあ、そのときに考えればいいか。
とりあえず、こんな過酷な旅は二度としない。
今度こそスローライフを実現してやるんだ。
密かにそんな覚悟を決めた俺に、シェーラが話しかけてくる。
「ユーマ、出発前になにかいうことはないの?」
「なにかってなんだ?」
「一応リーダーなんだから、激励の言葉とかあるでしょ」
なるほど。
そういうのは考えたことなかったな。
改めてみんなを見渡してみる。
シェーラとアヤメ、ダインに、ラグナとフォルテがまっすぐに俺を見ていた。
今さら激励の言葉なんて、と思ったのだが、口を開くと意外にもすらすらと俺の口から言葉があふれてきた。
「俺は普通の人間だ。みんなみたいにレベルは高くないし、戦うこともできない。
俺は魔界との戦争を止めるためにやってきた。戦争になれば多くの人が死んでしまう。だからそれを止めたかったんだ。
でも俺一人じゃここまでこれなかった。いや、ここまでどころか、たぶん最初の町からも出られなかったと思う。
これから戦うのは魔王四天王の一人だ。強敵であるのは間違いない。でも、俺はこのパーティーで勝てない相手なんていないと思ってる」
誰もが頼りになる俺の仲間。人類最強といってもいいパーティーだ。
……ラグナともう一人、人類といっていいのか迷うのがいるが……まあ細かいことはいいだろ。
「俺たちならチートにもほどがあったあの魔王だって倒せるだろう。
ましてやたかが四天王なんて、魔王以下の雑魚だ。
でも俺一人じゃ絶対に勝てない。きっとたどり着くことすらもだ。だからみんな、力を貸してくれないか」
事前に考えていたわけでもないのに、すらすらと言葉が出てきた。
きっと俺の本心なんだろう。
実際俺の力じゃなにもできないのは分かり切ってるしな。
チート能力のひとつや二つあったところで、現実じゃ大して役には立たない。仲間の力が必要なんだ。
不安に思ってみんなを見ると、当然というようにうなずいてくれた。
「当たり前でしょ、今さらなにいってるのよ」
「私のほうこそ迷惑かけるかもしれないけど、がんばってお手伝いするから」
「おまえと一緒にいれば強敵に困らねえからな。今度も期待してるぜ」
「主のいくところなら我はどこにでも行くぞ」
「んふふ~、こんな面白そうなこと放っておけるわけないじゃない。ダメっていっても着いていくわ~」
「みんな……ありがとう」
思いはそれぞれだが、快く力を貸してくれるという。
こんなに心強いことはない。
「よし、いくぞ。アウグストの城へ!」