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29.朝帰り

 目が覚めると部屋の中に朝日が射し込みはじめていた。

 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

 腕に軽い体重を感じてとなりを見ると、アヤメが俺の体に体重を預けたまま小さく寝息をたてていた。


 昨日は夜通しアヤメと昔の思い出話をしていたのだが、どうやらその途中で寝てしまったようだな。

 起こさないようにそっと立ち上がり、布団をかけ直してやる。


「さて、と」


 軽く伸びをして体をほぐす。

 アヤメより先に起きれたのはちょうどよかった。

 これからちょっとやりたいことがあったんでな。


 これからやるつもりのことは、誰かの迷惑になるようなことではないと思うが、たぶん軽犯罪に含まれるだろう。

 そんなのにアヤメを巻き込むわけにはいかないからな。


「スキル発動。<ゲート>」


 なにをするのかって?

 せっかく日本に戻ってきたんだ。

 ちょっと観光してこうと思ってな。




 色々と「観光」を終えてアヤメの部屋に戻ってくると、いきなり小さな影が飛びついてきた。


「なんだ、どうしたアヤメ」


「だって……朝起きたらユーマ君がいなくて……それで私、心配で……」


 細い腕で精一杯に抱きついてくる。


「私のこと置いて一人で行っちゃったんじゃないかって……」


「そんなことするわけないだろ」


 俺の本心からの言葉に、アヤメは抱きしめる力を強くして答えた。

 アヤメを置いて黙って出て行くなんてそんなことはありえない。そんな心配はするだけ無駄って奴だ。


 でも、アヤメの意志次第では、そうなることもあるだろう。

 むしろそうするべきなのかもしれない。

 せっかく日本に戻ってきたのに、わざわざまた危険な異世界にいく必要なんてないはずだ。


「アヤメ、やっぱり……」


「嫌だ」


 俺が言い終えるよりも早く、きっぱりと拒否された。


「一緒に帰るって約束したじゃない。ユーマ君が一緒じゃないと嫌だよ。私一人だけ置いてくなんて、そんな寂しいこと言わないでよ」


「そうだな……。悪い」


 アヤメがそういうのはもう分かり切っていたはずだ。

 それでもアヤメのことを考えるのなら、それこそ黙って自分一人で魔界に向かえばいい。

 でも、それはしないと決めたはずだ。アヤメを置いていかない。そのかわり命をかけて守る。


 そう決めたはずなのに、今になってまた心が揺らいでいる。

 俺は本当に弱いよな。


「悪かった。もう二度とこんなことは聞かない」


「約束してくれる?」


「ああ、もちろんだ」


「帰るときは一緒だからね?」


「わかってるよ」


「帰ってからもユーマ君一人だけでどこかに行ったらダメだからね?」


「わかったよ。……ん? それだとつまりずっと一緒ってことにならないか?」


 アヤメが照れたようにほほえんだ。


「えへへ。約束したからね」




 アヤメの家で朝食もごちそうになり、いよいよ家を出ることになった。


「もう行っちゃうの。もう少しゆっくりしていけばいいのに」


 アヤメのお母さんが名残惜しそうにするが、そういうわけにはいかない。


「色々と待たせているので」


 思わずこっちでゆっくりしてしまったが、魔界では時間がない。

 こっちと向こうで時間の流れは同じだから、向こうでも朝になっているはずだ。

 今すぐにどうこうということにはならないはずだが、だからといってゆっくりしていいってことにはならないだろう。


「そうなの。それじゃあと五分だけでいいから待ってくれないかしら」


「それくらいならいいですけど……」


「私も待たせてる人がいるのよ。もう少ししたら来ると思うから」


 アヤメのお母さんが呼んでる人か。

 ふむ、誰だろう。

 お父さんとかかな。


 俺が推測していると、今一番聞きたくなかった声が響いた。


「悠真!」


「げ……。待たせてた人ってお前かよ……」


 ついお前よわばりしてしまったが、現れたのは俺の母親だ。

 うちは父親がいないため、母親が女手一つで育ててきた。

 そのせいだかなんだか知らないが、家にはいつもいないし、俺への興味もほとんどない。


 だから今さら俺がいなくなったところで心配なんかしないだろう、と思っていたのだが、目の前の母親はものすごく怒っていた。


「悠真、あんた彩芽ちゃんと駆け落ちしたそうだね」


 どうやら怒っていた原因は、アヤメを巻き込んでしまったためらしい。

 駆け落ちではない、といいそうになったが、そうなると説明がややこしくなるのでぐっとこらえた。


「別に何でもいいだろ」


 本当のことをいうわけにはいかないが嘘というわけでもない、どっちつかずな発言でうまくごまかす。

 しかしそれがいけなかったようだ。


「何でもいいわけないだろ!」


 怒鳴り声が響く。

 俺の胸ぐらをつかみ、頭突きを食らわせそうな勢いで目の前にまで引き寄せた。


「人様の女の子を一ヶ月も勝手に連れ出して、本当ならすぐにでも警察に連絡すべきなのに、彩芽ちゃんのお母さんはあんたを信じて待っててくれたんだ。それなのにあんたのその態度はなんだ!」


 至近距離から一方的に怒鳴られても、俺はなにも反論できなかった。

 悔しいがこいつのいう通りだ。

 俺はまたしても人の優しさに甘えてしまっていた。それを当然だと思ってしまっていたんだ。


 母親のことは好きか嫌いかでいえば、どちらかというと嫌いなほうだが、言ってることは正しい。


「あの、ちがうんです。悪いのはユーマ君じゃなくて……」


「ありがとうアヤメ。でも大丈夫。悪いのは俺だ」


 かばおうとしてくれたアヤメを優しく制し、目の前の母親をにらみつける。

 以前の俺なら、相手の迫力にビビっていたかもしれない。

 すぐ怒るのもこいつが嫌いな理由だったな。


 でも今の俺はもう、この程度怖くもなんともなかった。

 もっと怖い目に何度もあってきたし、死にかけたことも一度や二度ではない。

 ダインの相手をするほうが何倍も死の危険を感じるからな。今さら怒鳴られたくらいどうってこともない。


 それになによりアヤメのためだ。

 こんな程度で引くわけにはいかない。


「黙って出て行ったのは謝るよ。でもこっちにも事情があったんだ。でなけりゃ黙って出て行ったりしない」


 目を見つめて真正面から言い切ってやった。

 母親は俺の胸ぐらをつかんだままにらみ返してくる。


 半引きこもりだった昔の俺ならここで目をそらしたかもな。

 だってこえーんだもん。絶対こいつ昔はヤンキーとかだったに違いない。

 でも今はもう違う。この程度でビビるような俺じゃないさ。


「……ふん」


 俺をつかんでいた手が離れる。


「いっちょ前に男の目になりやがって。童貞捨てたからっていい気になってんじゃないよ」


「な、なにをいきなり言い出してるんだよ!」


 思わずどもってしまった俺を見て、母親が小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「はッ! なんだまだなのか。意気地がねえな。そんなんじゃまだまだ男とは呼べないね」


 うるせえな。ほっといてくれ。


「で、もう行くのかい」


「ああ」


「彩芽ちゃんに迷惑をかけるんじゃないわよ」


「んなこといわなくてもわかってるよ」


 俺は母親の手を払いのけた。


「アヤメは俺が連れてくんだ。その責任くらいちゃんととる」


「……ん。ならいいわ」


「というか、そういうときは自分の息子と心配するもんだろ」


「あんたは彩芽ちゃんを守るっていったんだ。自分の身に何かあったら彩芽ちゃんが心配することくらいわかってんだろ」


「……そりゃあな」


「ならあたしからいうことなんてなにもないよ。彩芽ちゃんを泣かせるようなことをしたら承知しないからね」


「いわれなくてもわかってるよ」


 ぶっきらぼうにいってやったのに、なぜかこいつは優しげな目をして俺を見つめてる。

 普段そんな表情絶対しないくせに。俺の何をわかってるつもりなんだ。

 だから嫌いなんだようちの親は。




「ユーマ君のお母さんって、かっこいいよね」


 家を離れてしばらくした頃、アヤメがそんなことをいってきた。


「そうか?」


 そういやアヤメはうちの母親をなぜか気に入ってるんだよな。

 俺にはわからんが、そういうものなんだろうか。

 となりの芝は青いって奴かな。


 俺にはアヤメの家のほうが親子仲がよくてうらやましいが、アヤメからしてみれば距離が近すぎて困惑してるんだろうし。


 やがて俺たちは、日本に戻ってくるときに使った公園に着いた。

 夜と違って周囲は明るいため見晴らしもよくなってしまっているが、朝も早い時間のため人通りは少ない。

 そそくさと木陰に隠れると、周囲に人がいないをの確認してからスキルを発動した。


「スキル発動。<ゲート>」


 空間に穴が開き、なんだかずいぶん見てなかった気がする魔界の宿屋の部屋が現れた。


 ここを超えたら平和な日本とはまた別れることになる。

 本当にいいのか、とアヤメに聞こうとして、すぐにやめた。

 そんなの聞くまでもないことは、アヤメの目を見ればわかったからだ。


 お互いこくりと一度だけうなずき、俺たちはゲートの向こうへと足を踏み入れた。

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新シリーズはじめました。
優しさしか取り柄がない僕だけど、幻の超レアモンスターを助けたら懐かれちゃったみたい
助けた美少女モンスターとのまったり日常二人旅(の予定)。こちらもよろしくお願いします。
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