26.ご報告
日本に戻ってきた俺たちは、アヤメのお母さんから熱烈な歓迎を受けていた。
「悠真君が来てくれたのも、結婚の報告なんでしょう。お宅の娘さんを僕にください! なんてドラマみたいであこがれちゃうわー。そういうときはやっぱり、ダメだ! 娘は貴様みたいな奴にはやれん! なんていうべきなんでしょうけど、ああ、ダメ、お母さんうれしすぎて二つ返事で判子を押しちゃうわ! はいこれ婚姻届よ」
「なんであるの!?」
大人しいアヤメが悲鳴のような声を上げた。
うんうん。仲のいい親娘だよな。なんていってる場合じゃない。
「いえ、おばさん、そういうのではなくてですね……」
「そんな悠真君ったら、私たちはもう他人じゃないんだから、おばさんなんて他人行儀な呼び方じゃなくて、お義母さんって呼んでくれないと寂しいわ」
ダメだ聞いてねえ。
誤解を解くのも難しそうだし、他にどう言い訳したのかもわからない。
とはいえまさか異世界に行ってましたなんていったところで信じてくれるはずもないし、うまいこと誤解してくれている今のほうが都合がいいといえばいいんだが。
「……うぅ~……」
アヤメがとなりで真っ赤な顔をテーブルに当たりそうなくらいうなだれている。
よっぽど恥ずかしかったんだろう。
いきなりこんなこといわれたら当たり前の反応なんだろうが。
アヤメには悪いがやはり今の誤解のままでいさせてもらおう。
あきらめたのか、ようやく恥ずかしさに慣れたのか、しばらくしてアヤメがおずおずと視線を前に向ける。
「お母さん、ところで、お父さんには……?」
「まだ出張中よ。大丈夫、彩芽のことは心配ないわっていってあるから」
「そ、そうなんだ……」
少しだけほっとしたように表情をゆるめる。
アヤメのお父さんは仕事が忙しいらしくて、だいたいいつもどこかに出張に行ってるからな。
年に数回しか帰ってきてないとかいってた気がする。
そんな中で一人娘がいなくなったなんて聞かされたら心配になるだろう。
だからおばさんもいわなかったのだろうか。
そう思っていたら、おばさんが急に真剣な表情になった。
「でもなんの連絡もなかったのはやっぱり感心できないな」
「うん、ごめんねお母さん……」
アヤメが悄然として謝る。
おばさんが怒るのも当然だよな。
人様の娘を無断で連れだしたんだから。
「心配ありません」
だから俺は、はっきりと宣言した。
「連絡できなかったことは謝ります。そのかわり、アヤメは必ず俺が守ると約束します」
「ゆ、ユーマ君?」
「アヤメは俺にとっても大切な存在なんです。それに、これは俺が巻き込んだこと。だからその責任はとります。例え俺が死ぬかもしれないとしても、アヤメには必ず傷ひとつつけません」
俺は俺の書いた小説の世界に入ってしまった。それはある意味では俺の責任だろう。
自分の書いた小説なんだから、まあそういうことも稀にはあるのかもしれない、と受け入れることができる。
でもアヤメは完全になんの関係もない。ただの読者であり、一方的な被害者だ。
俺に責任がある、のかどうかはわからないが、アヤメになんの責任もないことだけははっきりしている。
俺が守るのは当然のことだろう。
もしも俺とアヤメのどちらかが死なねばならないとしたら、俺は迷いなくアヤメを助ける。それだけの覚悟だ。
「それは本気で言ってるの?」
おばさんがいつになく真剣な口調でいった。
「こういっては悠真君に失礼かもしれないけど、悠真君はまだ高校生でしょう。責任をとる、といってくれるのは嬉しいけど、なにかあったときどうやって彩芽を守るつもりなの」
「確かに俺はまだ子供かもしれませんが……」
大人から見れば俺はまだまだ子供だろう。
頼りないって思われるのは自分でもわかる。
なにしろ半ニートだったからな。
「でも、アヤメを大事に思っている気持ちなら誰にも……おばさんにだって負けないつもりです」
それは俺の偽りのない本音だ。
気持ちだけではどうにもならないかもしれないが、それでも今の俺にできることは、俺の本心をぶつけることだけだ。
だからまっすぐな視線でおばさんを見つめた。
となりではアヤメがぼーっとした様子で俺を見上げていた。
髪から見える耳は真っ赤に染まっている。なんかさっきよりも顔が赤くなってるな。ホットココアの飲み過ぎだろうか。
「ちょっと意地悪なこと聞いちゃったかな」
正面に座るおばさんが柔和な笑みを浮かべた。
「悠真君のことを疑っていたわけじゃないんだけど、母親としてはやっぱり一応ね。でもそれも心配なかったわね。もう大丈夫。彩芽は悠真君に預けるわ。うちの彩芽をよろしくお願いします」
そういって深々と頭を下げた。
「とにかく今日はもう遅いから悠真君も泊まっていって」
アヤメのお母さんの言葉に、俺は素直に従うことにした。
俺の家はたぶん誰もいないしな。
それにまあ、俺も家に帰らないですむならそうしたい。親には会いたくもないからな。
案内されたのはアヤメの部屋だった。
まあそれはいい。他の部屋に案内されてもあれだし、まさかアヤメのお母さんと一緒の部屋で寝るわけにもいかないからな。
俺的にはリビングでもよかったんだが、この人がそれは許さないだろう。
アヤメも妙なところで頑固だから、ちゃんとしたお布団で寝ないとダメだよ、なんていってくるに違いない。
だからそれはいい。昔からアヤメの部屋に行くこともよくあった。いまさら遠慮するような間柄でもない。
だが問題は別にあった。
部屋に用意されていたのは一組の布団と、二つ並べられた枕。
「え?」
「うふふ。それじゃあごゆっくり~」
「え?」
おばさんが含みのある笑みを残して去っていく。
俺とアヤメは部屋の入り口でそろって立ち尽くした。
………………え?