25.日帰り旅行
一度日本に帰ることになった俺は、さっそくスキルを発動した。
「スキル発動。<ゲート>」
ゲートのスキルは、頭で思い描いた場所に門を開く。
そこに距離の制限はない。
そもそも魔界と人間界という違う世界同士をつなげるんだからな。物理的な距離が問題になるはずがないんだ。
ゲートを開いたのは家から少し離れた公園だ。
いきなり人のいるところに出たりしたら騒ぎになりそうだからな。
こんな真夜中に公園なんかに来る奴もいないだろう。
とはいえ一応周囲を確認するか。
ゲートの奥を覗いてみる。
近所の公園は大して広くもないが、最近の色々な規制のおかげで遊具も撤去されており、ただ広いだけの空き地になっている。
かろうじて砂場だけはあるものの、他にはなにもなく、一本しかない電灯が寒々と照らし出していた。
おかげで見通しだけはいい。人影は見あたらなかった。
「よし、大丈夫みたいだな」
ゲートを超えて向こう側に降り立つ。
ついでアヤメもやってきた。
公園は住宅街の中にある。
周囲は立ち並んだ一軒家に囲まれており、ぽつぽつと街灯が並んでいた。
整然と並んだ家と、固く舗装されたコンクリート。
空の星明かりはほとんど見えない。それが一番異世界とは違うなと感じた点だ。
異世界には街灯なんてないからな。
街は夜になれば暗くなる。ランプを玄関先につるす店があるくらいだ。
日本の夜はこんなに明るかったのかと驚いたほどだ。
なんとはなしに立ち尽くす俺に、となりに並んだアヤメがぽつりとつぶやいた。
「なんか、帰ってきたって感じするね」
「実際帰ってきたんだからな」
アヤメが少し笑った。
「うん。そうだったね。……でも、なんか不思議。私たち本当に異世界に行ってたんだって、今初めて実感した気がする」
「そうだな」
それは俺も実感していた。
すっかり忘れていたが、今いるここが俺たちの故郷だ。
それを帰ってきた今になってようやく実感した。
日本に帰ってきて異世界のことを実感するってのも変な話だがな。
「とにかく帰るか。俺の家は別にいいから、アヤメの家に行くか」
「でも、ユーマ君のお母さんも心配してるんじゃ……」
「どうかな……。そういう母親じゃないしな。それにアヤメのお母さんのほうがきっと心配してるだろ」
俺の家と違って、アヤメの家は親子仲がよかった。
そんな一人娘がいきなりいなくなったんだ。心配しないほうがおかしい。
「と、そうだ。ちょっとコンビニに寄ってみていいか」
「いいけど、何か買うの? ……そういえば私たち、お金一円もないね」
「そういやそうだな。でも買い物をしたいんじゃない。ちょっと確認したいことがあるだけだ」
コンビニは探すまでもなくすぐに見つかった。
遠目からでもすぐにわかるほどの明るすぎる店内。
異世界では希少なガラスもこっちでは普通に使われている。入り口なんて自動ドアだからな。
ずいぶんなカルチャーショックを受ける、かと思ったが、案外そうでもなかった。
そういやコンビにってこんなんだったわ、と少し懐かしく感じたくらいだな。
なにしろ俺たちが異世界にいってたのは一ヶ月ほどだからな。
そう。確認したかったのはそれだ。
およそ一ヶ月くらいなのだが、時間の流れが同じなのかを見たかったんだ。
コンビニに入ってすぐに、手近な新聞を手に取った。
「どうかなユーマ君」
「ちゃんと一ヶ月経ってるな」
ということは、俺たちは一ヶ月ものあいだ行方不明になっていたということだ。
結構な大事になってるかもな。
もともと家の近くにゲートを開いただけあって、アヤメの家までは数分でついてしまった。
時刻は夜中の十二時を回っているためか、アヤメの家に明かりはついていない。ちなみにとなりが俺の家だが、やっぱり真っ暗だった。
アヤメが俺の服の裾をぎゅっとつかむ。
「なんか、ちょっと緊張するね……」
「そうだな……」
アヤメの緊張する様子に、俺まで緊張してしまう。
なにしろ長いあいだ行方不明だったんだ。
相当心配してるだろうし、なによりその理由をどう説明すればいいのかわからない。
本当のことをいうわけにもいかないしな。
もういっそこのまま異世界に戻ってもいいんじゃ……、なんて思いが一瞬芽生えたが、アヤメは気丈にも前を向いた。
「でも、やっぱりお母さんも心配してると思うから」
「……だな」
やっぱりアヤメは俺なんかよりも勇気があるよな。
どう説明するかなんて後で考えればいいか。一番伝えなければならないことは、俺たちが無事だということなんだから。
アヤメが少しだけゆっくりとした足取りで玄関へと向かう。
呼び鈴を鳴らそうとして手を伸ばし、その直前にいきなり玄関が開いた。
現れたのは寝間着の上にカーディガンを掛けた女性だった。
走ってきたのか、息を切らせながら俺たちを見つめると、やがてぽつりと声をこぼした。
「彩芽? ああ、彩芽なのね!」
感極まったようにアヤメを抱きしめた。
「お、お母さん? どうして……」
「なぜか急に彩芽が帰って気がしたのよ! よかったわ。無事だったのね」
おばさんの目に涙が光る。
つられるようにアヤメの目にも涙が浮かんだ。
「……うん。私は大丈夫だよ。なにもいわずに心配かけてごめんなさい」
「いいのよ。こうして元気な顔を見せてくれたんだから。どこも怪我とかはないのよね?」
「うん。ユーマ君も一緒だったし」
そのとき初めておばさんが俺の存在に気がついたようだった。
「あらあらまあまあ。悠真君も一緒だったのね。とにかく中に入ってちょうだい。外は寒いでしょう」
そういって俺たちを家の中に招き入れてくれた。
アヤメの家には何度か行っていたため、他人の家という感じがあまりしない。
俺の親は家にいないこともあるから、そういうときはアヤメのお母さんにご飯を作ってもらうこともあったしな。
だから第二の家という感じか。なんならこっちのほうが実家ということまである。
「はい、外は寒かったでしょ。これでも飲んで暖まって」
二人分のホットココアを差し出してくれる。
甘すぎるくらい甘いくて正直飲むのがしんどい、いつものホットココアだ。
ああ、なんか今すっげー帰ってきたって感じするわ。
並んで座る俺とアヤメを、おばさんが穏やかな表情で見つめている。
突然帰ってきた娘に対して聞きたいことはたくさんあるはずなのに、いきなり話したりはせず、俺たちが話すのを待ってくれているんだろう。
アヤメによく似た優しいお母さんなんだよな。
この親にしてこの子あり、ってやつか。
とはいえこのまま優しさに甘えているわけにはいかない。
どう説明したものかな。
さすがに、異世界に召還してました、なんて正直に言ったところで信じてもらえるわけがないだろう。
もしかしたら、本当のことをいいたくないから嘘をついている、なんて思われるかもしれない。
そうしたらきっとこの人はその嘘を許してくれるだろう。本当のことを話してもらえないほんの少しの寂しさと共に。
それはやっぱり、嫌だ。
悲しませるようなことはしたくない。
かといってじゃあどう説明したらいいかというと……。
思い悩む俺の横で、アヤメがちらりと困ったような視線を向けてきた。
きっと俺と同じことで悩んでいるんだろう。
これまでのことをどう説明しようか悩んでいると、おばさんが心配ないというように大きくうなずいた。
「大丈夫よ彩芽。お母さんちゃんとわかってるから」
「え?」
「二人同時にいなくなったって聞いたとき、すぐにピンときたの。ああこれは間違いないなって。だから捜索願も出さなかったし」
マジで?
やけにいきなり帰ってきた俺たちをあっさり受け入れてくれたなとは思ってたんだけど。
「あなたたち二人なら時間の問題だって思ってたもの。こんなに突然になるとは思ってなかったけど」
うっそ。俺たちそこまで異世界召還されそうに見えてたの?
俺が知らなかっただけで、世間では想像以上に異世界召還が普通だったのだろうか。
アヤメのお母さんが俺たちをいたわるような優しい視線を向ける。
「二人とも駆け落ちしてたんでしょ」
「「ちがう!!」」
俺とアヤメの声が見事にハモった。
「え? ちがうの? でもその格好は外国かしら? 外国に婚前旅行だなんてやるじゃない。若いっていいわねー。お母さんうらやましいわ。うちの人なんて何年も旅行じたいしなくってねえ。あ、そうそう。大切なこと忘れてたわ。挙式はいつなの?」
「おおおお、お母さん!? なにいってるの!?」
ああそうだ、思い出した。
アヤメのお母さんはこんな人だったわ。