24.裏技
薄暗い部屋の中で、俺はアヤメに重要な事実を告げた。
「日本に帰る方法が見つかったんだ」
「え……」
絶句するような小さな声が響く。
驚いたというより、意外すぎて理解が追いつかないって感じだな。
昔から一緒にいる俺だからこそわかるかすかな違いだがな。
「本当だ。ゲートのスキルがあっただろう。あれを使えば日本に帰れる」
「そ、そうなんだ……」
アヤメがどうにかそれだけを口にする。
きっとまだ理解が追いつかないんだろう。
それも無理はない。
まさか異世界から帰れるなんて思わなかっただろうからな。
俺だって思わなかったさ。
普通異世界から日本に帰るのは、最初から行き来ができる設定か、あるいは物語が終わるときだけだ。
もっとも、最後に日本に帰る話なんて俺は知らないんだが。
「最初の町にいたとき、アヤメにいったのを覚えてるか? 日本に帰る方法に心当たりがあるっていったのを。それがこれだ。あのときからすでにゲートを使えば日本に帰る道ができるんじゃないかと思ってたんだ」
「うん、覚えてるよ。あの日のことは」
「……できると思ってたけど、でも、途中で怖くなった。成功するかどうかじゃない。成功してしまうことがだ。でも、ここから先の危険を考えると、伝えないわけにはいかなかったんだ」
「そうなんだ。ありがとう、教えてくれて。
でも、本当にその……そんなことができるの? ユーマ君の小説でもそんなことを書いたことは一度もなかったのに」
「ああ、できる」
アヤメのもっともな疑問に、俺は確信を持ってうなずいた。
「それを今日試してきたんだ。ゲートを使って日本への道を作った。その先には見慣れた景色が広がってたよ」
ゲートは離れた場所同士をつなぐ門を作るスキルだ。
同じ世界はもちろん、違う世界でもゲートがつながることは、人間界と魔界を渡れることでも証明されている。
でも異世界と日本とはつなげられないかもしれないとも思っていた。
なんだかわからないけど次元の壁のような何かがあって、それが邪魔をするんじゃないかと。
でもそれはおかしい。
別宇宙だろうと別次元だろうと、存在してることは確かなんだから、ゲートはつながるはずだ。
そして、人間界と魔界という別の世界でも、結界さえ抜けられればゲートはつながる。ならば異世界と日本ともつなげられなければおかしいんだ。
もしかしたら、ひょっとしたらつながらないんじゃないかという思いもあった。ここが物語の中とか、夢の中とかだったら無理かもしれない。
だがそうではなかった。つながってしまった。
ここは現実だ。現実世界のどこかで俺たちは確かに生きているんだ。
「アウグストの城に乗り込むことは、本当に命の危険がある。だから俺はアヤメに聞かなくちゃいけない」
一拍を置いてたずねる。
「アヤメは日本に帰りたいか?」
これから命の危険がある戦いに望むというのに、帰る方法を伝えないのは最低の裏切り行為だ。
それをいうことにためらいがあったのも、アヤメが本当に帰ってしまうのではという思いがあったからだ。
もちろんアヤメには側にいてほしいと思う。
昔から一緒にいる幼なじみとして、この世界で唯一何でも話せる仲間として、なにより仲のいい友達として一緒にいてほしい。
でも俺はそれ以上に、俺アヤメを戦力としてみていたんだ。
アヤメの回復魔法は今や俺たちにとってはなくてはならないものだ。
なければきっと三回は全滅していただろう。
命を懸けて戦いに望む覚悟をしておきながら、やっぱり死にたくないからとかわいい幼なじみを危険にさらそうとしてるんだ。
自分の腰抜け加減に嫌気が差す。
俺はこんなにも最低な奴なんだ。
そしてそれ以上に許せないのが……。
薄い明かりの中で、アヤメが気丈にも笑みを作るのが見えた。
「大丈夫だよ。私はユーマ君と一緒にいるから」
「そう、だよな……」
アヤメならきっとそういうだろうこともわかっていた。
そう、わかっていたんだ。
それでも俺はアヤメにたずねた。
どんな結果になったとしても、少なくとも俺はアヤメに一度はたずねた、という逃げ道がほしいために。
本当にアヤメのことを思うなら、帰りたいかなんて聞かずに、帰ろうというべきなんだ。
いや、たずねることなんかせずに無理矢理にでも日本に送り返してしまえばいい。
アヤメは嫌がるだろうが、命の危険はなくなる。
彼女を傷つけたくない。大切に思っている。誰も死なせないし、死なせたくない。
なんていっておきながら、実際には命の危険がある戦いに向かわせようとしているんだ。
最低の自己矛盾だ。
「本当に俺は卑怯だよな……」
素直な思いがこぼれてしまう。
俺は結局、アヤメの優しさに甘えてるだけなんだ。
自己嫌悪に陥る俺の手を、小さな指がそっとつかんだ。
「ユーマ君は頑張ってるんだから、それくらいかまわないよ」
すぐそばの幼なじみがニッコリと微笑む。
「私じゃなんの力にもなれないけど、せめてユーマ君の気が楽になってくれるのならうれしい。それにユーマ君が私だけに素直な気持ちを打ち明けてくれたのもうれしい気がするし」
きっと本心からいってるんだろう。
アヤメは本当にいい子だ。
その優しさを当たり前と思ってはいけないのだろうが、今日のところは素直に好意に甘えておこう。
細い指を握ると、一瞬固くこわばったが、すぐに優しく握り返してきた。
指先に触れる小さなあたたかさが全身に広がっていく。
お互いベッドの端に腰掛けたまま、一人分のスペースを空けて座っている。
その距離が今は心地いい。
そういえば、こんな風に穏やかな時間を過ごしたのはいつ以来だろう。
ボスは小説以上に強敵となるし、物語の展開も予定をどんどんはずれていく。そのくせ肝心の戦争に向けては着々と進んでいくんだから気が抜けない。
いつもそんな状態だったからな。
こうしてアヤメと二人きりになるだけの、難しいことをなにも考えなくてもいい時間ってのは本当に久しぶりだ。
そうしているうちに、だんだんと気が楽になってきた。
同時に今までの悩みがバカらしく思えてくる。
なにを思い悩んでいたんだろう。
最終決戦を前にして頭が固くなっていたらしい。
物事をできるかできないかの二択でしか考えていなかった。
これはゲームの選択肢じゃない。
もっと柔軟に動いたっていいはずだ。
そう思ったとき、俺は実にあっさりとその言葉を口にしていた。
「せっかくだし一度日本に戻ってみるか」
自分でも驚くほどあっさりと出てきた言葉に、アヤメもまた驚いて俺のほうを向いた。
「え? いいの?」
「こっちから行けるなら、向こうから戻ってくることもできるだろ。ちょっと行ってすぐに戻ってくるくらいなら問題ないよ」
なぜか俺は、日本に戻ったらそれで終わり、と思い込んでいた。
少なくとも小説ならそれは禁じ手だっただろう。
最初から行き来できるならともかく、途中から行き来できるようになってしまったらまったく別の話になってしまうからな。
でも現実ではそんなことはない。
どんなに都合が悪かろうがなんだろうが、ゲートさえ開けばいつでも行き来できるんだ。
だったら行かない理由はないだろう。
アヤメは少しだけ間を置いてから、すぐにうなずいた。
「うん、そうだね。帰ろうか。お母さんたちもきっと心配してると思うし」