10.クエスト
「ゴブリン退治か……。おまえほどの力があればもっと上級のクエストをこなすこともできるはずだ。もちろんオレと組めば上級のダンジョンをクリアすることも夢じゃない」
世界各地には様々な遺跡やダンジョンが存在する。
危険度に応じてランクわけされ、上級になるほど敵が強くなり、そのぶん人の手が入っていないためお宝が手に入る可能性も高い。
中には超級とか地獄級とかいうのも存在する。
「このゴブリン退治はね、難易度でいえば低の上といったところかしら。初心者卒業のためのクエストみたいなものよね。でも受ける人は誰もいなかった」
シェーラが語りはじめる。
その口調は真剣なものだった。
「元々は他の街へつながる街道にゴブリンたちが住み着いたから退治してほしい、というものだったのよ。
被害報告からゴブリンたちが数十匹いるとは思われたけど、正確な総数はわからない。しかもその報告も調べてみれば半年以上前のもの。今どうなってるかわからないけど、安全に倒すならその倍の人数はほしいわよね。だけどこんな田舎の街にそうそう冒険者が集まるわけないし、数十人も雇うような賞金を街が用意できるわけもない。
難度の割に報酬が安く、しかも敵の数はさらに増えている可能性もある。
そんなクエスト誰もやるわけがないわ。
だけど危険は差し迫っていた。数十匹のゴブリンの大群が、街からわずか半日のところに現れるくらいには」
シェーラの言葉を、ダインは押し黙ったまま聞いている。
「どうしてこのクエストを受けたのか、だったわね。
理由は簡単よ。
街の人が困っていたから。それだけよ」
シェーラは怒るでもなく、まるで当然のことのように話していた。
だけど、それはきっと誰にでもできることではない。
あの数十匹の大群にたった一人で挑むなんて、まさしく正気の沙汰じゃないだろう。
「あんたみたいにお金と名声のために上級クエストに挑戦するのが悪いとは思わないわ。そういうのも冒険者の重要な役割なんだし。
でもあたしにはあたしの目的があるの。だからアンタとは組まない。悪いけど他を当たってくれるかしら」
シェーラのまっすぐな言葉に、ダインもまた真剣に答えた。
「納得いかないな。力のあるやつには、他のやつ以上の力を持って生まれた責任がある。誰にでもできることをする必要はない。より強力な魔物を退治したり、遺跡から過去の遺産を持ち帰るのが、オレたち高レベル冒険者の義務だ。少なくともそれは他の奴らにはできないんだ。ゴブリン退治なんて他のやつでもいい。より凶悪な驚異から人々を守れるのは、より強力な力を持ったやつだけだ。そうは思わないか?」
俺は二人の話を黙って聞いていた。
面倒ごとに巻き込まれたくなかったからとか、そんな理由じゃない。
二人の言葉に、考えに、圧倒されていたんだ。
ここは俺が作った世界だ。
シェーラも、ダインも、俺の中から生まれたキャラクターだ。
小説とまったく同じというわけではないが、少なからず俺の中のなにかが反映されている。そういう意味では俺の分身ともいえるだろう。
だけどその二人から出てきたのは、俺の中にはまるでなかった考えだった。
二人には二人の人生がある。
昨日いきなりこの世界に出現したわけじゃない。
年齢と同じだけの年月を経て成長し、考えを育み、冒険者という道を選んだ。
そこには、そこに至るだけの道があったはずだ。
命を懸けて戦うんだから、適当な理由でなるはずがない。
長い道のりのほんの一端でしかないのだろうけど、俺が妄想の中で作り上げた世界なんかじゃない、二人が歩んできた世界に触れた気がして、俺は立ちすくんでいたんだ。
二人の口論は続いている。
「どうしてもオレのいうことが聞けないってんだな」
「さっきからそう言ってるでしょ。犬だって躾れば覚えるわよ?」
完全に売り言葉に買い言葉で口調がケンカ腰になっていた。
この辺の会話には聞き覚えがある、というか、書き覚えがある。
となれば、この先の展開は決まっていた。
「このまま話しても埒があかないな。勝負で決着を付けよう。負けたほうが勝ったほうのいうことを聞くってことでどうだ」
「勝負で決めるのは賛成だけど、決闘ならお断りよ」
「パーティーに入れようってのに殺し合いなんてするわけないだろ。勝負は、クエストで行う。
ここにある最難関のクエストを同時に受け、先に達成したほうが勝ちとする。これでどうだ」
「それならいいわよ」
ご都合主義丸出しな会話を繰り広げた後、二人は並んでクエストが張られたクエストボードへと向かった。
しかたないな。俺が書いた小説だからな。構成力のなさが露呈しまくってる。
このころはまだ書き始めたばかりだったから、慣れてなくてちょっと強引なところがいくつかあったんだよ。
……じゃあ書き慣れたはずの後半は上手くなってるんだな、とかいうのは無しな。
読み返すと死にたくなるからあまり読み返さないんだが、まさかリアルに再現されて見せつけられるとは。
穴があったら入って上から土をかぶせて誰にも見られないまま死のうそうしよう。
俺が密かに悶絶している間にも、二人はクエストボードに貼られた紙を吟味していた。
クエストとは、簡単にいえば依頼のことだ。
街の人や冒険者協会から寄せられた様々な依頼はここ冒険者ギルドに集められる。そして内容や報酬などからランクわけをして、ここに張り出される。
簡単なものなら迷子になった犬探しや、臨時のバイトなど。
シェーラが受けたようなゴブリン退治もあれば、オーガの群を退治するため百人単位の討伐隊を結成する、なんてものもある。
オーガといえば戦鬼と呼ばれることもある強力なモンスターで、並の冒険者なら十人がかりでも一匹倒せるかどうかである。
そんなオーガ退治でも十分に高難度のクエストだが、実はここアインスの街には、世界でも極めて稀なSSSクラスの超高難度クエストがある。
それが「魔王軍幹部退治」である。
いきなり上級どころかラスボス級のクエストだが、それにはわけがある。
ここから十日ほど進んだ山奥に魔王軍の幹部が住んでいるという噂がある。
実はこのクエストはこの街の住民が生まれる前からずっとこのクエストボードに貼り出されている。
すべての住民が口をそろえて、自分が生まれる前からここにあった、というため、百年以上は前からここにあるんだろうな。
まあそのあたりは、はっきりとは決めてないんだけど。
とにかくそれくらい昔からあるため、真偽のほどは定かではない。
しかし実際クエストに記されている場所近辺の魔力を調査すると、すさまじい力を放つ存在が感知できる。
そのため、少なくとも強力な何者かがいることだけはまちがいないとされていた。
過去に何度か腕に覚えのある冒険者が挑戦するのだが、もともと強力な魔物たちの住処である森を十日も歩かねばならないため、まず辿り着けるものがいない。
無事についたとしても、今度は対象の存在を発見出来ずに終わっている。
なので、魔王軍の幹部なんてのはいないとする噂もあるくらいだ。
単なるネタだと思うものから、むしろ観光資源にするべきだなんて言い出すものまでいる中で、さまざまなしがらみの中で今日もクエストボードにはり続けられている。それがこの高難度クエストだ。
先にネタバラしすると、魔王軍の幹部はいる。
その正体は邪悪なアンデッドドラゴンであり、とある山脈の奥地に半ば封印されるかたちで眠っているため誰にも発見出来ずにいた。
そしてそれは、ダインが探していた伝説の竜でもある。
ダインが竜殺しの異名を持つのがその伏線だ。
アンデッドドラゴンとの戦いは熾烈を極める。
ドラゴンとしてだけでも強すぎるくらいなのに、アンデッドの不死性も備えているため、まったく歯が立たないのだ。
仲間たちの成長と絆によってなんとか打ち倒すのだが、そんなことは俺にとってはどうでもいいことだ。
重要なのは、アンデッドドラゴンとの戦いは熾烈を極める、という点。
それはもう本当に熾烈を極める。きっと痛いなんてもんじゃないだろう。それこそ本当に死ぬかもしれない。
そんな戦いなんて俺は絶対にごめんだ。
シェーラとダインはクエストボードで一番高難度のクエストを探している。
俺は二人に気づかれないように、そっと服の中に隠した紙を見る。
実はその「魔王軍幹部退治」は、すでに俺が持っていた。
複数の冒険者が同じくエストを受けないように、ひとつのクエストに対して貼り出される紙も一枚だけだ。
だからこうして先に取ってしまえば、二人がこのクエストを受けることもない。
くくく、さすが俺。
先の展開を知っていればこうして対策もとれる。
シェーラとダインは残されたクエストの中で最も高難度だった「オーガ退治」を選んだ。
次は明日の20時更新予定です。