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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第21章 工場排水路(3)

 ゾルフィンを追って地下へ下りたルシファーは、その最下層の入り組んだ迷路に足を踏み入れた。

 かつて、工場排水溝として使用されていた下水路は、いまなおドーム内の排水路の一部として活用されている。その経路は複雑を極め、ほぼ工場地帯全域にも等しい面積に、幾層にもわたって網の目のように地下深く張り巡らされていた。


「ハッ、ばかな奴だ。まんまとひっかかったな。これで貴様の悪運も尽きたも同然。望みどおり、たっぷりと遊んでやるぜ」


 薄闇の中、姿を隠したゾルフィンの不気味な笑い声だけがあたりに反響する。ルシファーは、周囲に気を配りながら殊更なんでもなさそうに肩を竦めた。


「べつに望んでねえよ、そんなこと。おまえと悠長に遊んでるほど、こっちも暇じゃないんでね」


 その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、ルシファーめがけて無数のエネルギー波と銃弾が撃ちこまれた。かろうじてそれらの攻撃を避け、壁ぎわに身を寄せたルシファーは小さく息をついた。


「口ほどにもねえ。強がってねえで、命乞いでもしたらどうだよ。え? ルシファー。ママァこわいよお、神様助けてーってよ。泣いてごめんなさいすれば、ちっとは楽に死なせてやらねえでもねえんだぜ。俺は慈悲深い人間だからなあ」

「ごめんだな、おまえに慈悲を乞うようになっちゃ、この俺も終わりだよ。ご託はいいから、さっさとケリつけるぞ、ゾルフィン」

「……いいだろう。そのセリフ、最後まで後悔しねえでいられることを、せいぜい祈っててやるよ」


 嗤いを含んだ声が消えると、静寂の中にいくつもの足音が響いた。7人。追っ手の人数を確認してルシファーは身を翻した。しかし、ほぼ同数の足音が前方からも近づいてくることに気づいた彼は、すぐにその足を止めた。

 抜け道のない狭い水路での前後からの挟み撃ち。ほんのわずか思案した彼は、ほどなく向きを換え、来たみちをとって返した。そしてそのままスピードを上げ、前方から向かってくる敵にみずからつっこんでいった。


 鳴り響く銃声が、壁面に反響して幾重いくえにもひろがる。銃口から飛び出したエネルギー波が、細い線を描いて薄闇を数条貫いた。交錯した光は一瞬で消え去り、もとの闇が、より濃さを増してあたりを覆ったとき、追跡する者たちとルシファーの位置は入れ換わっていた。


 攻撃を受けるより半瞬早く先頭にいたひとりを仕留めたルシファーは、倒れこむ犠牲者の背後にいた人物の肩口を踏み台に、柔軟なバネを活かして高く跳躍した。上層階へ繋がる換気口は、ちょうどその真上にあった。その天井部の蓋を掴むと、彼は振り子の要領で大きく反動をつけ、驚異的な身体能力を発揮して少年たちの上を跳び越えたのである。


 一瞬の後に敵の背後に身軽く着地したルシファーは、そのまま地を蹴り、全速で追っ手をふりきって走り出した。


 後方から追いついてきた少年たちが、仲間と合流してただちにそのあとを追う。背後から自分を狙って飛んでくる弾やエネルギー波が躰をかすめても、時折応戦するのみで、ルシファーはとにかく逃げることに専念した。


 闇雲に逃げ惑う獲物を、狩人ハンターたちは残虐性を剥き出しにして追いまわす。優勢を誇って、たった1匹の獲物をなぶる少年たちは、相手が必死になればなるほどサディズムを煽られて、悦楽をもたらす対象を追いつめることに夢中になった。彼らの獲物が、ほかでもない《ルシファー》当人であったことが、なおさらその嗜虐嗜好しぎゃくしこうを増幅させたことは言うまでもない。

 彼らは、ときに分散し、挟撃を試みつつ、次第、次第に工場跡地の南方へと逃れていく獲物を追いつめていった。


 ――決して逃しはしない。


 追っ手の少年たちが送ってくるリアルタイムの追跡映像を眺めながら、ゾルフィンは心中で呟いた。

 必ず息の根を止めてみせる。そして、これまでルシファーに従ってきた愚かな連中に思い知らせてやるのだ。おまえたちが神とも崇め、忠誠を果たした存在は、所詮、幻影にすぎなかったのだ、と。


 生ぬるい仲間意識など吐き気がする。弱い奴らが強い者に組み伏せられ、従うのは当然のこと。下っ端の分際で、大手を振ってグループの一員なのだと思い上がること自体が間違っているのだ。虫けらに、生きる権利を主張する資格などありはしない。それが嫌ならば、どんなことをしてでも這い上がるしかないのだ。

 実力のない者は、激しいせめぎ合いの中で生き残ることなどできはしない。ただ、それだけではないか。

 頂点に立つ者はふたりも要らない。最後に笑うのは、この自分。

 偶像は、所詮引きずり下ろすためだけに存在する。


 ――ルシファー、己の無力を呪い、より無様に、惨めに朽ち果てろ。



「どうやら無事のようだね、ゾルフィン」


 手下の少年たちとの通信を割って、突如、強引に入りこんできた画像に、ゾルフィンは殺気立った眼差しを向けた。


「てめえ……」

「おっと、誤解されちゃ困るな。あんたを裏切ったわけじゃないんだから」

「だったら、この事態はどういうこった。なんで事前に情報を流さねえ?」

「そう言われても、こっちもなかなか身動きのとりづらい身でね。なんせ、うちはうちで最前線に置かれてるんだから。セレストの動きまでは、なかなか把握しづらいんだよ。へたに表立って探りを入れて、あんたに通じてることがバレちゃ、それこそまずいじゃないか」

「調子いいことばっか言ってんじゃねえ。てめえが橋渡しして手を組まされたフィリス・マリンのヤロウにも、ついこないだ、裏切られたばっかだからな。てめえの言うこた信用できねえんだよ」

「それを言われると痛いな。でも、あれはあっちが勝手に暴走したことだからね。まあ、その件は、いずれあらためておとしまえをつければいいじゃないか。いまはルシファーとの戦いに専念してくれよ。奴を叩き潰せるのは、あんたをおいてほかにはいないんだからさ。少なくとも俺はあんたを信用してるし、頼りにしてる。裏切るつもりは毛頭ないよ」


 セレストの傘下にありながら、ひそかに接触を図ってきた人物。自分以上に貪欲な野心をもって今回の計画にひと役買った裏切り者。

 自分もまた、ただの小物にすぎないこの男に、ルシファーを排除するための駒として利用されていることは解っていた。だが、利害が一致しているあいだは、おとなしく使われてやってもいいとわりきることにした。信用はできなくとも、充分利用価値のある人間だったからだ。

 ルシファーとの決着がつけば、内通者は同盟関係を一方的に打ち切って敵にまわるつもりだろう。そのまえに、駒のひとつと見做していた相手じぶんに叩き潰されることになろうとは、おそらく想像もしていないに違いない。


「――しかたねえな。もう少しだけ、てめえに踊らされててやるよ、ヴィンチ(・・・・)

「相変わらずあんたは恐いね、ゾルフィン」


 通信は、阿諛あゆを含んだ相手の下卑た笑顔を残してプツリと切れた。

 己が小物であることにさえ気づかない愚か者――《夜叉》の副将、ヴィンチ。

 それまでは、せいぜい影の支配者という自分に割り当てた役どころに浸って、酔いしれているがいい――

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