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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第21章 工場排水路(2)

「不用心だな。外の見張りは、みんなおネンネしてたぜ」


 悠然とした足取りで近づいてきた彼は、挑発的な姿勢を崩さずゾルフィンに嘲笑を浴びせた。


「きっさま……っ」


 満面に朱を注いで殺気立つゾルフィンに視線を当てたまま、ルシファーはわずかにかがんで少年の腕を取ると、そのままたすけ起こした。


「ボス……」

「案内、ご苦労だったな。パット」


 思いがけないその言葉に、少年はたちまち顔をクシャクシャにして大粒の涙を両眼から溢れさせた。


「ボス、オレ、オレ……」

「わかってる。いいから、あとは俺に任せておけ」


 低く言って、ルシファーは少年を下がらせた。すでに、ゾルフィンは取り巻きたちに自分の周囲をかためさせ、攻撃態勢に移りつつあった。


「たった2匹で敵地に乗りこんでくるとは見上げた度胸だが、そいつはふつう、無謀と呼ばれる行為だということを存分に思い知らせてやるぜ。ルシファー、生きてここから出られると思うな。貴様とは、ここで決着をつけてやる」

「望むところだな。俺の周りをうるさく飛びまわらなきゃ、見逃してやってもよかったんだが、おまえは見逃すには目障りすぎたな、ゾルフィン」

「ほざけっ、強がっていられるのもいまのうちだ。望みどおり八つ裂きにしてやる!」


 叫ぶなり、ゾルフィンは配下の少年たちに攻撃を命じた。異様なまでの熱をはらんだ濃密な気配があたりに満ちたのは、ほぼ同時のことだった。彼らの周囲、そして頭上の回廊沿いに現れた無数の人影。愕然としたのは、ゾルフィンのほうであった。


「さあて、尻尾を巻いて逃げ出すのはどっちかな、ゾルフィン」

「貴様、ラフッ!」

「ご名答。ついでに《自由放任レッセフェール》の面々もそろってるぜ。残念ながら、大将ジュール抜きだけどな」

「くっ…、この……っ」

単細胞バカはおまえだ。いくら俺が無謀でも、単身、敵地に乗りこんでくるわけがなかろう。見張りはすべて片付けた。ついでにセキュリティも、とうの昔に解除してある。迂闊だったな、ゾルフィン」


 憤怒ふんぬのあまり紫色に変色したその顔貌がんぼうを、ルシファーは淡然と見やった。凄まじい憎悪と激烈な瞋恚しんいが爆発寸前となっている。ゾルフィンは、最後の理性でその感情を抑えこむと、ルシファーの後方に立つ《黒い羊(ペコラ・ネーラ)》のトップに向かって話しかけた。


「ラフよ、貴様も堕ちたもんだな。ついにルシファーなんぞの軍門に下って手先と成り下がったか」

「そのとおりだ、ゾルフィン。俺は肝っ玉のちいせえ男だからな、長いものには巻かれるタチなのよ。けど安心しろよ。間違っても、てめえなんぞには巻かれねえ程度の羞恥心とプライドは持ってるからよ」


 豪語したラフの暴言が、ゾルフィンがかろうじて保っていた理性のたがを思いきりよく引きちぎった。


鏖殺みなごろしにしろっ!!」


 その一声を皮切りに、張りつめた空気が弾け飛んだ。静から動へ。少年たちはいっせいに戦意と殺意を剥き出しにした獣と化して、壮絶なバトルを開始した。

 黄泉よみの国より降り立った死神どもの大鎌が縦横にふるわれ、一瞬間ごとに無数の死者の魂を地底へと送りこむ。

 フィリス・マリンの裏切りによって、予定外の人的損害をこうむったゾルフィン陣営であったが、それでもまだ、《ルシファー》に対抗し得るだけの戦力は充分に維持していた。攻めるほうも真剣だが、迎える側はさらに必死である。ここで負ければあとのない彼らとしては、窮鼠に等しい心情で猛然と敵勢に立ち向かわざるをえなかった。


「なんだなんだ、やたらやる気満々じゃねえか」


 怯むことを知らないゾルフィン側の猛反撃に振りまわされ、ラフが呆れたように叫んだ。が、そのあいだにも、《黒い羊》の剛勇は襲いかかる敵の攻撃を躱して、雑魚どもを随時()ぎ倒していた。同時に、陣頭に立って配下たちを指揮しつつ、みずからももっとも有能な戦闘員のひとりとして、その雄勁ゆうけいぶりを余さず発揮した。


「そおら、生命が惜しくねえ奴ァどんどんかかってきやがれ。このラフ様が、かわりに地獄の門を叩いて、門前払いくわねえよう閻魔えんま様とやらに掛け合ってやらあ」


 愉しげに咆吼して、ラフはゾルフィン勢を蹴散らした。通常よりふたまわりも大きく、破砕力の強い愛用の銃は、最高値まで引き上げられたパワーレベルを全開にして、ここぞとばかりにその威力と性能を誇って主の期待に応えた。1発の銃弾でまとめて5人を吹き飛ばし、ついでに倉庫内の備品ガラクタをも粉砕して周辺に破片を飛散させる。鋭くとがった破片は凶器と化してさらなる犠牲者を出し、次々に戦闘不能者を生産していった。配下の少年たちも、ボスにつづけとばかりに勇猛な闘いぶりをみせて敵を圧倒していく。


「《ルシファー》のお墨付きだ、盛大に暴れまくってやれ!」


 弾切れとなった銃にエネルギーを装填する合間にも、接近戦を狙ってナイフを突きこんできた相手を銃身で殴り飛ばしながら、ラフは仲間たちを鼓舞した。奪ったナイフを口にくわえてエネルギーを装填し、襲いかかってきた複数の敵に向かって足もとの木箱を蹴りつけ、弾丸を1発お見舞いする。敵方の少年たちはまとめてその爆裂に巻きこまれて吹っ飛び、それを見届けるまもなく、ラフは咥えていたナイフのを握りなおして、振り向きざま手首を閃かせた。

 10メートル左上後方、階上の物陰からラフの背中を狙っていた少年の額ど真ん中に銀の凶器が突き立つ。少年は声もなく手摺りを越えて真っ逆さまに階下へ転落し、二度と起き上がることはなかった。


 流れるような動作と抜群の戦闘能力。

『鬼神』の異名に相応ふさわしい働きをしつつ、ラフの精神の核の部分は冷たく冴えわたっていた。そしてその注意は、絶えず戦闘の中心的存在であるルシファーとゾルフィンに向けられていた。


 苛烈な闘争の中、ルシファー、ゾルフィンもまた、常人を遙かに凌ぐ闘いぶりで敵勢を脅かしていた。


 ルシファーめがけて四方から襲いくる敵が、いっせいに攻撃態勢に入る。だが、狙った直後に左右の敵はそれぞれ銃弾と強烈な蹴りをくらって後方へと吹っ飛ばされた。

 照準を合わせた前後の少年たちが、攻撃を仕掛けるルシファーの防御に生じた隙をすかさずついて、同時に引き金を引く。仕留めた、と双方が確信した瞬間、彼らはともに鮮血を撒き散らして仰向けに倒れていた。標的の姿は、半瞬早い時点で狙った位置から消えており、それを認識するまもないまま、彼らは相打ちとなっていた。


 テレポートしたかのように眼前から忽然と消えた獲物を探して、数人があたりを見まわす。その中のひとりが、不意に顔を硬張らせて両手を挙げた。

 いつのまにか背後をとられていた大柄な少年は、背筋に冷たい汗が流れ落ちる不快な感触を味わいながら、助けを求めて仲間に視線を送った。少年たちはそれぞれに銃を構えつつ、わずかに逡巡する様子を見せた。膠着状態に陥ったか、と思われたそのとき、ルシファーは盾にしていた少年を右後方に向かって突き飛ばし、その場から飛び退いた。

 少年の頭部をひと筋のエネルギー波が貫く。声をあげるまもなく床に倒れこんだ顔の周辺に、みるみる鮮やかな紅がひろがっていった。


 取り囲んでいた少年たちのあいだに、大きな動揺が湧き起こった。

 体勢を整え、ルシファーは鋭い視線を向けた。その先に、不気味な笑みを顔中に張りつかせ、銃口を向けるゾルフィンの姿があった。

 視線が交差した時間はごくわずか。次の瞬間、彼らはそれぞれ、自分に仕掛けられた別方向からの攻撃に向かって戦闘を開始していた。


 みずからの能力を頼りに単独で攻防戦を繰り広げるルシファーとは対照的に、激しい乱戦が展開されてなお、ゾルフィンは己の周りを屈強な親衛隊にがっちりガードさせている。そのうえで、護りの弱い箇所を突いて、適確に敵勢を葬っていった。


《ルシファー》に対抗する勢力をまとめあげるだけのことはあって、ゾルフィン個人の能力も決して低いものではない。力で捩じ伏せるやりかたを好んだにしろ、統率力もあり、他者を魅きつけるだけのカリスマも充分に備えている。だが、覇を唱えるには、ゾルフィンはあまりに我欲が強すぎたのだ。


 自分を狙って間断なく攻撃を仕掛けてくる鬱陶しい雑魚どもを蹴散らしながら、ルシファーは冷静に、ゾルフィンとの距離を測っていた。直接対峙するには、周囲をかためる取り巻きたちの存在が目障りこのうえない。その数を削ぎ落としながら、ルシファーは徐々に間合いを詰めていった。

 気づいたゾルフィンが、ルシファーのまえにあらためて進み出ようとする。ちょうどそのとき、彼を護っていた最後の取り巻きたちが、銃弾の餌食となってたおれた。


 攻撃の楯となる者たちが、ひとり残らず潰された。


 状況を見て取るや、諦めるには早すぎる状況であったにもかかわらず、ゾルフィンは無言で身を翻した。ルシファーがすかさずそのあとを追う。そして、それに気づいたゾルフィンの配下もまた、複数それにつづいた。

 唯一《セレスト・ブルー》のメンバーである少年が、ボスを追って戦線を離れようとした。途端に彼は、背後から襟首を掴まれ、強い力で引き戻された。


「おまえはここにいろ、パット。かえって邪魔になる」

「けど、ボスが……っ!」


 振り向いた少年が抗議の声をあげようとするのを、ラフは悠然と遮った。


「あいつなら大丈夫だ。ゾルフィンごときに簡単に殺られるようなタマじゃねえ。だろ?おまえは最初っから俺が預かる約束だ。ボスの指示に従えよ」


 言うなり、ラフはエネルギー波から弾倉主動型に切り替えた銃を構えると、ルシファーたちが消えたドア付近に置かれていた積み荷めがけて派手に弾を連射し、地下に通じる唯一の出入り口を完全に塞いでしまった。


「おいっ、なにを…っ!?」

「よし、これで完璧」


 驚倒するパットを後目しりめに満足げに頷くと、ラフはおまけの1発で頭上のライトを落とし、かつてドアのあった場所を塞ぐ瓦礫の上に仕上げをした。


「さあて、ヤロウども、ちょいと呆気あっけねえが掃討戦に突入だ。ネズミ1匹逃すなよ!」


 総大将に見捨てられて、一気に士気が低下したゾルフィン勢の不安を、ラフは故意に煽った。相手の戦意が沮喪したところで手早くケリをつけ、ただちに次の支度にとりかからねばならなかった。


「ジュールのヤロウもとんだ貧乏くじ引いたもんだぜ。こんなおもしれえ戦争ことからはずされてんだからな」


 愉しげに言って、《黒い羊(ペコラ・ネーラ)》のボスは、対ゾルフィン戦の後片付けにかかった。

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